2014/10/09

広戸風

広戸風
平成26年台風第18号が各地に暴風や大雨をもたらして三陸沖へ遠ざかった。この台風で東日本では接近前から前線による雨が降り続き、10月6日には台風の直撃を受けて激しい雨が追い打ちをかけることとなり、記録的な雨となったところがあり、各地で土砂災害や洪水、浸水害が発生した。 ここではテレビの台風報道に上らなかったが、特殊な現象の発現について解説する。実は過去の気象予報士試験(平成24年第2回)にも出題されたことのある有名な局地風が発生したのである。「広戸風」と呼ばれるもので、岡山県東部の一部限られた地域に現れる暴風現象である。

地上天気図によると台風第18号は紀伊半島の南海を北東に進んでいる。アメダスの風の分布を見ると、大阪湾岸地域では台風に近いこともあって、15m/sを超える強風が吹いている。ここからかなり離れた岡山県東部の内陸部に位置する奈義町で20m/sの非常に強い風か吹いている。これは日本海側に15m/sの強風が観測されているが、この風が中国山地を超え、谷に沿って吹き降りる地域に現れた、「広戸風」を捉えたものである。10分間隔の観測資料で風の変化を見ると、3時頃から6時頃にかけて、風が強まっており、ピーク時の5時前後には、最大風速21.5m/s、最大瞬間風速33.7m/sの暴風を観測した。この暴風が吹いている時の風向きは北から北北東であった。気温の変化はほとんどなく、弱い降水があったがピーク時にはなくなっている。

広戸風_2
この「広戸風」は、台風が近畿地方南部付近を北東に進む時に発生するもので、昭和34年9月の伊勢湾台風のときには暴風により大きな被害が発生した記録がある。
他にも同様な経路を通った台風では、強さの違いはあるが度々発生している。類似した経路を進む台風の時に、この地域にのみ暴風警報が出されたときには、この局地的な風が起こると見て良い。


今回も勝央町、奈義町、津山市に対して暴風警報が発表され、同時に、岡山県気象情報が発表され。見出しには「広戸風による暴風になっています。」と書かれ、この地域の方々に警戒を呼び掛けている。

広戸風_3
広戸風を語るには、昭和34年(1959年)9月26日の伊勢湾台風を外すことができない。
気象庁発行の『伊勢湾台風調査報告(気象庁技術報告第7号:1961)』に、この時発生した広戸風の調査報告がある。その一部を以下に引用する。


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広戸風_4
最も被害のはなはだしかった地域は奈義町豊沢並びに同町滝本を中心とした地方で、南北5km、東西10kmに及んでいる。広戸風の影響範囲については適当な観測資料が無いので明確ではないが、農作物その他の被害状況からして、西は津山市高野の一部から東は奈義町関本まで東西15km北は那岐山麓から南は勝央町植月まで南北約10kmにわたるものと推定される。



当時の奈義町役場の報告
● 9月25日夕刻から台風15号の接近に伴い「広戸風」が発生した。風速8~10m/s、瞬間風速20m/sを記録する。同日午後9時頃風力衰え無風状態となる。
● 9月26日午前3時、広戸風の前兆である山鳴りが凄まじく響く。午前5時現在大枝を動かし風速8m/s記録する午前9時半瞬間風速20m/sとなり、この時気象台は発表の情報をラジオで聞く。
● 午後1時。台風の中を状況調査を行う。風速25m/sくらいの突風と雨が車の前進を阻む。見渡す限りの稲田は倒伏し豊作の夢も吹き飛んでしまった状態である。
● 午後5時。最大40m/sを記録する。庁舎の北側の窓ガラスが破損して飛散する。職員5名待機配置につく。
● 午後5時半。電灯線故障、付近の屋根瓦が飛散し、電柱が傾く。昭和9年の室戸台風を回想させるように吹き付ける。
● 午後7時。風速38~45m/s、瞬間風速60m/sとなり猛烈な風雨が荒れ狂い広戸局電話不通となる。ローソクの中、トランジスターラジオを頼りに情報を収集していた。付近の老朽家屋は危険となり避難を開始する。高圧線切断。闇夜の中でごう音凄まじく家屋が破損しかける。
● 午後8時、行方局電話線不通。農林事務所との連絡を絶つ。警察電話も不通となり、全く町外との連絡が不可能となり、孤立状態に陥る。職員は手分けして深夜の中を続いて調査に出発するも走行全く不可能にして調査できず。
● 午後10時半、風力次第に衰える。平均30m/sとなる。
● 9月27日。午前2時風力とみに衰える。
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この地域での住宅及び一般施設の被害は全壊61棟、半壊132棟、大破1,786棟、中破3,260棟と甚大なものであった。
広戸風_5

ここに示した地上天気図は昭和34年9月26日19時のもので、台風5915号(伊勢湾台風)は紀伊半島に上陸し北北東に進んでいます。中心気圧935㍱の非常に強い勢力を持ったままの上陸です。台風はこの後伊勢湾の西を通過し、伊勢湾沿岸部に高潮を引き起こし、甚大な災害となりました。 この天気図では、広戸風の影響域にある津山測候所の観測値が記入されている。これによると北北西50kt(約25m/s)の暴風が観測されていることがわかります。

今回の台風18号のほか、最近の発生事例では、平成23年台風第2号(気象予報士試験に出題された事例)や同年台風第15号もある。
平成23年台風第1102号の時の気象の変化を下に示すが。今回と同様雨は少なかった。伊勢湾台風の時も広戸風の吹き荒れた時間帯はやはり雨は少なかった。
しかし、この雨の少ないのは、山越えの風のためで、日本海側の地方では大雨となっている例が多い。伊勢湾台風のときには、隣の兵庫県の日本海側に位置する、豊岡市では市内を流れる円山川などのはん濫が発生する大雨となった。
広戸風_6

日本列島に台風が接近上陸すると、様々な気象現象が発生する。その中には、今回上げたような局地風や竜巻等、危険な風も発生することを知っておいて欲しい。