2015/05/25

戦略的対処について
~目的への戦略アプローチ~

1 はじめに

戦略とは、未来を実現するアートです。
戦略テーマについて、これまで2回取り上げました。
1回目は、未来を実現するための「戦略の手段」についてお話ししました。
2回目は、未来に向かって実現すべき「戦略の目的」についてお話ししました。
今回は、未来を実現するための「戦略のアプローチ」についてお話します。
ザックリとした云い方をすると、戦略のアプローチには、「計画的アプローチ」と「現実的アプローチ」の2種類があるようです。
様々な戦略問題に対し、どちらが有効なアプローチであるか、私には、中々、言い切れません。その時々に直面する問題によって、アプローチの仕方を使い分けてきたように重います。
以下、二つのアプローチの手法・特性について説明し、その後で、戦略アプローチの使い分けについて、掘り下げて考察したいと思います。


2 戦略のアプローチ

(1)計画的アプローチ
 ア 概要
計画的アプローチとは、以下のような手順で将来の問題に対処する戦略手法です。

① 問題対応行動についてのモデルを創造する。
② モデルに準拠して、過去から現在に至る状況を詳しく分析する。
③ 分析結果に基づき、未来を予測する。
④ 予測した未来を根拠に、詳細な計画を立てる。
⑤ 立てた計画を確実に実行することにより、現実の問題を解決する。

 イ 特性
(長所)
・誰でも計画に参画できる。関係スタッフの知恵を計画策定に集中できる。
・人智の及ぶ範囲で将来を予想し、対策を周到に検討することが出来る。
・計画を作成することにより、目的と手段の整合性を確保できる。
・計画に準拠して行動することは、混乱の中で、現場に自信と落ち着きを与える。

(欠点)
・想定外の出来ごとの発生は、現場を混乱させ、自信と落ち着きを喪失させる。
・現場責任者の臨機応変な対応が出来ない場合は、現場活動の継続は困難になる。
・新しい事態に対する柔軟な対応力が不足している場合、あるいは、状況の変化に
合わせて計画を修正する能力が不足している場合は、作戦指揮活動が硬直し、作戦は目標から逸脱し目的の達成を困難にする。

(2)現実的アプローチ
 ア 計画的アプローチに対する問題意識
 現実的アプローチは、計画的アプローチの有効性に対する次のような問題意識から生まれました。
① 予測は難しい。
・世界は、我々の予測能力を超えた複雑さを持っている。
・将来何が起きるかは、完全に予測する事は出来ない。
② 予測に基づく計画の実行を前提とする手法には無理がある。
・戦略計画は予測に基づいて策定するしかないが、将来を予測する事が難しいため、計画には限界がある。
・計画を作る事と計画を実行する事は別次元の話であり、あらゆる状況で、意図通りに実行できる戦略計画の策定は難しい。
③ 良い戦略は、現実の状況に適応(学習)する事なしには生まれない。

イ 現実的アプローチの戦略手法
① 全体状況を俯瞰する。
・戦略を実行する過程で、達成の障害となる大小様々な出来事が生じる。
・当初は想定していなかったチャンスが到来する可能性もある。
② 問題を認知する。
 ・潜在的問題領域に兆候やデータを収集するための測定システムを配置する。
③ 認知した問題とそれを取り巻く状況の特質を見極める。
④ 状況に特質に合致した手段を選択し、タイムリー、且つ、創造的に反応する。
・起こった出来事に反応する事は、優れた戦略を創る最善のチャンスであり、計画を立てる事と同じくらい重要である。
・良い反応は、優れたリーダーによってもたらされる。
良い反応こそが、優れた戦略を創る源(みなもと)である。
⑤ 優れた戦略は、良い対応の蓄積(学習)から生まれる。

 ウ 特性
(長所)
・問題予想領域に配置したセンサーにより、問題認知を効果的に実施できる。
・柔軟な対応力(選択肢)を持つ事により、状況の変化に軽快に反応出来る。
・過去の事例の学習する事により、優れた戦略を実行できる。

(欠点)
・センサーの不足・誤配置により有効な測定が出来ない場合、問題発見が出来ず、めくら滅法の対応になる。
・問題の特性に合った選択肢の準備がない場合、タイムリーな対応が出来ない。
・優れたリーダーが不在の場合、良い反応は生まれない。
・目先の対応に終始し、俯瞰的な視点を欠き、その場しのぎの対応を繰り返す場合、全体の調和や連携が損なわれ易くなり、目的の達成を危うくする。

3 私の経験(陸上自衛隊の戦略戦術教育)

ア 計画的アプローチ主体の戦略戦術教育
私にとって、自衛官時代の戦略アプローチの基本は、計画的アプローチでした。
初級~中級~上級と続く陸上自衛隊の戦術戦略教育の中で、以下の事を徹底的に叩き込まれました。

① 過去から現在に至る状況を詳細に分析し、将来、起こり得る事態を予想する。
② 起こり得る事態の中でミッションを達成する方策を判断する。
③ 判断結果に基づき、実行可能な作戦計画を策定する。

陸上自衛官のための戦略戦術教育の主眼は、「計画的アプローチによる戦略戦術能力の向上」であったと記憶しています。
勿論、将来予測の精度を高める分析手法の教育は重視されていました。
予測通りにいかない場合を想定した柔軟性ある計画の作成要領も教育されました。
しかし、基本は、「優れた計画に準拠し、強い意志力を持って、主動的に作戦を実行することによってミッション完遂の道は、自ずと拓ける。」と云う考え方に、いささかの揺るぎもなかったように思います。

イ 原案至上主義の教育
作戦計画の作成教育の最後に、被教育者に対し教官が用意した原案が示されます。
教官は絶対的権威を持ち、そこで示される原案に対し質問は許されても批判は許されません。
長年に亘る、その種教育の反復を通して、見積(予測)と計画の無謬性神話が形成され、計画の実行イコール任務の完遂(=問題解決)という戦略アプローチが、私達、幹部自衛官の頭脳に滲みわたって行きました。

ウ 極端に少ない実行教育
これに拍車をかけるのが計画教育と実行教育の比重です。
実行教育は、特別の準備が必要なため、あまり行われなかったと云っても言い過ぎではないと思います。
その結果、実行場面で起こる様々な問題に対する関心は薄かったように記憶しています。
反省の念を込めて云うならば、「世界は、我々の予測能力を超えた複雑さや意外性を持っている。」と云う認識に乏しかったと思います。

エ 私の好きな訓練
自衛官時代の私は、「対抗演習」という敵味方に分かれて実施する訓練が大好きでした。
この訓練では、敵になる相手指揮官が何をしようとしているのか、見当がつきません。ここでは、任務遂行のために作成する計画の有効性も然ることながら、計画段階では予想もつかなかった状況の変化に適切に対応する能力が試されます。実戦を経験する機会がない自衛官の戦略能力は、このような場面で鍛えられると思います。

4 災害対応のための戦略アプローチ

(1) 戦略アプローチの使い分け
状況により、戦略アプローチは使い分けが必要と思います。
被災地、又は、災害の発生が切迫している地域の状況が激しく動いている最中、変化の荒波を乗り越えて物事を達成しようとする場合、計画変更のタイミングを捉えようとする場合は、現実的アプローチをとるべきと思います。
逆に、被災地の状況が落ち着き、状況変化が緩やかな場合は、計画的アプローチが有効であると思います。
危機対応と云う場面では、計画に固執するよりも状況への適応の方が、より重要であると思います。

(2)戦略アプローチの統合
 ここで、以前のブログを思い出して下さい。「作戦指揮の循環図」です。
この循環図は、計画の実行と変化への対応を同時並行で行う戦略アプローチの統合を描いています。
未来を具体化するために明確な意図をもった計画を実行しつつ、同時に眼の前の新たな機会に反応し、計画を修正すべきタイミングを探ります。
この方法によって戦略は「予測に基づいて作成した当初の計画が、実行を通じて改善する」と云う「学びのプロセス」を完成します。
循環図で示したような、計画主義と現実主義の両方の戦略を取り込むプロセスを制度として導入することが、今後の重要な課題になると思います。

5 おわりに (災害対応戦略アプローチに活かす学びのプロセス)

我々の目の前に発生する自然災害の多くは、決して新しいものではありません。
ある自治体が、他の自治体が経験した事のある同じタイプ災害に襲われる事は良くあることです。
自治体が、活動中に出会う不測事態に適切に対応することで完成した対処戦略を記憶として保存し、他の自治体と共有することが大切です。
この記憶を活用することにより、例えば、発生する気象パターンから将来の気象変化を早期に読み取り、対応の時間的余裕が残っている段階で、問題の認識(おぼろげであっても)が出来るようになる事を期待しております。


以上