2016/06/24

戦局眼(決断後の状況変化への対応)について

1 はじめに
 大規模災害に対応する際、災害対策本部は、大小、様々な状況判断を、連続的・同時並行的に実施します。その間の状況判断を支える情報活動は困難を極めることが予想されます。
今回のテーマは、決断後、ある行動を実行中の問題発生に対応する「戦局眼」と効果的な対応について、採り上げます。
今回取り上げる場面は、じっくり検討して重要方針を練り上げる場面ではありません。大事なことが決定された後の、どちらかと云うと余り注目されていない「行動中の状況変化」に対応する場面です。
ここでは、時間が決定的な要素になります。此処での対応は、単なる情報収集作業ではなく、情報の収集・分析・評価・対応といった作業が、短時間に、ギュッと詰まった活動です。それだけに、スタッフ組織に全面的に依存することは難しく、本部長のリーダーシップが問われる場面です。本部長はスタッフ活動の動きをよく把握し、本部長自身が求める結果を、短時間で効率的に得られるように、目指すべき方向を示し、業務活動の配線をし直し、自ら陣頭に立つ場面です。
以下、決断後の状況変化への対応について、お話します。

2 決断後の状況把握の必要性
 巨大災害発生直後のような危機状況下では、状況は不確実性に満ち、そこで起きる事象は足が速く急速に変化します。
そのような状況下において、将来のある時点の変化を予測し、何かを決断すると云う事は大変なことです。それだけに、大きなことを決断した後の本部には、「この問題は片付いた。後は、現場に任せたぞ。」と云うある種の弛緩した空気が漂います。
「状況の変化が十分予測される不確実な状況の中で、敢えて決断した。」と云う事情は、すっかり忘れてしまいます。一方、現場指揮官は、今受けたばかりのミッション遂行の前提条件が、簡単に変化するとは思ってもいません。ここに油断が生じます。
「意志決定後、ほっとしている本部」と「行動にのめり込み、周囲の環境変化に対する注意深さが足りない現場」と云う組み合わせは、よく見かける構図です。
危機においては、決断の前提となった環境条件が、行動が終了するまで不変ということはありえません。現場で行動を指揮するリーダー達は、其々の立場で、状況の急変に適切に対応しなければならないのです。
例えば、サッカー競技はどうでしょうか? 素人選手がボールを保持すると、ドリブルするボールしか目に入らず、周りの敵・味方の選手がどういう動きをしようとしているか、全く目に入らない。一方、卓越したサッカー選手は、ボールをドリブルしながら同時に、「誰に、何処に、どういうタイミングでパスしたら、ゴールに繋がるか」を、常に考えています。そのため、「今、コートで何が起きているか」「敵味方双方の選手はどう動いているのか」を瞬時に観察しているという話を聞いたことがあります。
卓越した軍隊指揮官は、目の前の敵を攻撃している最中でも、攻撃を決断した時の敵情と今の敵の動きに変化はないか、このまま攻撃を継続できるか、そのために何かの処置対策が必要か、又は、ここで、一旦、攻撃を中断すべきか、と云う判断を、常に、頭の中のある部分で巡らせています。このため、前線に進出して率先垂範に努める傍ら、時には、高台に立って戦場全体を俯瞰し、敵の動態情報に目を向け、戦場の変化を注意深く観察します。
危機的状況下では、外的環境は不確実性に満ち溢れています。
意志決定した後でも、前提とした環境条件は目まぐるしく変化します。
本部長や現場指揮官は、其々の立場で、決断後、行動の最中においても、現場と高台の間を行ったり来たりしながら、動態情報を的確につかみ、共有し、「今、此処で、何が起きているか」を判断し、新たに発生する問題に適切に適応しながらゴールを目指し、状況によっては、ゴールを変更する等の対応をしなければなりません。
急速に変化する状況に適応してミッションを遂行するのはリーダーの責務です。

3 戦局眼について
 戦局眼という言葉があります。戦場(災害対応現場)の状況を一瞥し、「今、何が問題か」、「今、何をすべきか」「今、何が出来るか」を一瞬で把握する能力です。軍隊で名将と呼ばれる人には、優れた戦局眼が備わっていると聞いたことがあります。
「戦局眼」というものは、多分、「自分にできる事」と「できない事」を正確に認識した上で、行動決定に必要な要素だけを視野に収める事ができる目線なのだと思います。
自分にできる事とできない事を仕分ける条件がキチンと把握できていなければ、行動を決断するのに、そもそも何を見ていいのか分からないことになります。それが分からないなら、どれだけ沢山の情報を集めても、それを行動に転化できません。
また、「戦局眼を持った人」というのは、多分、自分自身を把握する能力に長けていて、莫大な情報を前に、今の自分に出来る事に視界を限定することで、余分なことに注意を奪われることなく意志決定の速度を速めているのだろうと思います。
そこには、凡人のリーダーが学ぶべき教訓が、多々、あります。

第1の教訓は、各種災害事象の拡大メカニズムについての理解を深め、時間の経過と共に、災害事象がどのように変化拡大する可能性があるかについて、組織として、日頃から研究しておくことです。
第2の教訓は、組織としての継続的な情報活動を習慣づけることです。
行動中に起こりそうな状況変化は、「想定内に収める」心掛けが必要です。
行動開始後に予想される問題事象の発生パターンを理解し、シグナルをキャッチできるように必要なセンサーを必要な場所に配置しておく注意深さが大切です。
第3の教訓は、「今の自分に出来ることは、何か?」、「今の自分に出来ない事は、何か?」「今出来ない事も、将来できるようになる条件は、何か?」という視点で問題を整理する習慣を身に付けることが大切です。このような習慣が身につくことにより、問題に直面した時の、「眼の付け所」が変わってきます。
凡人リーダーのやることは、直感力に優れた人が一瞬で見破るだけの眼力を、組織として、身に付けることであろうと思います。

4 把握した問題への対応
(1)問題の性質の見極め
 そのようにして把握した状況変化の中には、技術的問題、戦略的問題と云った、レベルが異なる問題が混在しています。それらの問題レベルを見分けることが肝要です。
技術的な問題は、現場リーダーが権限の範囲内で対処すべき問題です。
戦略的な問題は、本部長が対応すべき問題です。基本方針や作戦の枠組みの再構築が必要な類の問題です。一方、災害対策本部には、「行動中に発生する戦略的問題に、どのように対応するか」という指揮課題があります。
よく見かけるのは、問題の重大性(戦略性)に気付かず、放置してしまうケースです。或いは、重大性に気付いてもそれを無視し、対応を現場指揮官に任せるケースです。
この様な対応は、本部長の意思決定責任を回避するものであり、問題の根本的解決には繋がらず、その場しのぎの対応になります。
ここで、戦略的問題に戦略を持って対応する事の是非を考えてみる必要があります。
戦略という解決手段は、重たい手段であり、実行に時間がかかります。いつでも軽易に使用できる手段ではありません。その手段の使用に当たっては、TPOを考慮する必要があります。技術的問題には、一般に、マニュアル等により明確な解決策が準備されています。
従って、いつでも、軽易に使用できる手段です。
戦略問題に戦略で対応することが、「常に最善の方法である」とは言えない場合があります。ここに、行動中の問題対応の特性があります。
行動中に重大な危機に遭遇した場合、危険な状態から早く脱出するために、本部長が、問題の技術的側面からの対処を現場責任者に命ずることは、妥当性があります。
現場の迅速な対応により、燃え盛る炎を一時的に沈静化すると云う効果を期待することに合理性があるからです。効果の持続時間は一時的かもしれませんが、その時間を利用して問題の拡大を防止するために出来る事は色々あります。そのような趣旨から、目前の重大問題の対応を現場責任者に任せると云うこと自体に誤りはありません。
ただ、現地が時間を稼いでいる間の戦略的対応は、本部が行う最高難度の指揮調整です。
本部長のリーダーシップが最も重視される場面です。
情報の分析評価、基本方針の再構築、関係機関等との調整等、リーダーが避けたくなる厄介な問題を切り抜ける方法を考えておかなくてはなりません。

(2)作戦の選択肢の保持
 ある問題に対応している最中に、新しい問題が発生する事は良くあります。
それによって、「今の行動を続けるのか、中断するのか」「新しい問題に、直ちに対応するのか、しばらく様子を見るのか」等々、危機状況下における決断には、朝令暮改を是認する柔軟性が担保されていなければなりません。計画面で、この柔軟性が担保されているならば、本部長のリーダーシップは、格段に補強されます。
特に、予想される問題ごとに、それに対応する代替案を準備しておくことが重要です。
例えば、本部が、事態対応をしている最中に、新たに発生する緊急事態に、柔軟、かつタイムリーに対応するための手段として、予め、「予想緊急事態=オペレーションプラン=担任組織」の図式を準備しておくことが効果的です。
これにより、行動中の本部長の判断指揮は格段に軽快になります。

(以上)