2014/08/07

憧れの五能線(その9)…金木・津軽平野・津軽南田温泉

龍飛崎を後にして、今度はしばらく津軽半島の東海岸を通り、南下していきました。途中、車窓から来年には新幹線も走るようになる青函トンネルの入り口を眺めたり、青函トンネルの工事が始まるまで使われていた、人1人がやっと通れるくらいの道の跡を見たり、奥州の平泉で自害したとされる源義経が実は生きて平泉から脱出して蝦夷地(北海道)へ流れたという場所を見たり、JR津軽線の終点もある三厨(みんまや)の小さな町並みを見たり…と、見処満載でした。よく晴れていたこともあり、穏やかな津軽海峡は群青色の美しい海の色をしていました。

三厨から津軽半島中央部を南下し、いったん一度通った道を通り、十三湖をかすめるようにして、さらに南下。金木(かなぎ)に到着しました。この金木は現在は平成の大合併により五所川原市に編入されていますが、かつては津軽半島中央部の中心地でした。また、文豪・太宰治や歌手・吉幾三さんの出身地として知られ、津軽三味線の発祥地でもあります。

その文豪・太宰治記念館『斜陽館』を訪れるのがツアーの基本コースだったのですが、それ以上に、鉄道マニアにとって、金木と言えば津軽鉄道(^^)d 私は迷わず単独行動に出て、金木駅に行くことにしました。

斜陽館

津軽鉄道は青森県の津軽五所川原駅~津軽中里駅間20.7kmを結ぶ鉄道路線を持つ民間旅客鉄道会社(民鉄)で、北海道の民鉄が全て廃止されて以来、日本最北の民鉄として頑張っています。創業は1928年(昭和3年)ということですから、かなりの歴史を有する民鉄です。

金木駅1
金木駅2
金木駅3
金木駅4
金木駅5



津軽半島の中央部を南北に縦貫している津軽鉄道線は全線非電化・単線で、かつてはディーゼル機関車が国鉄から払い下げられた旧式の客車を牽引して、冬の津軽半島を雪を蹴散らしながら走っていた光景が有名でしたが、その後旅客運送はディーゼルカーに取って代わられ、今は、軽快気動車と呼ばれる最新のレールバスが、基本1両のワンマン運転により運行されています。また、冬季には客車内の暖房に石炭焚きのダルマストーブを用いる「ストーブ列車」が運行されることでも知られています(今は観光列車化されています)。夏期はその「ストーブ列車」に使用される昭和20年代に製造されたレトロな客車とディーゼル機関車を用いて、「風鈴列車」が運行されています。

津軽鉄道線のほぼ中間に位置しているのが金木駅。文豪・太宰治も利用したであろう金木駅の駅舎を訪ねること(できれば、今の列車や「風鈴列車」を見ることができればベスト)、これは太宰治記念館『斜陽館』を訪ねることよりも私には興味があることでした。時刻表を見ると、上り下りとも1時間以上も列車がないことが分かり、列車を見ることはかないませんでしたが、豊かな田園風景のど真ん中を伸びる津軽鉄道の線路と駅舎を見ることができただけで満足しました (このあたりの感覚、よせばいいのに金木駅までつい て来た妻には到底理解できないようで、「どこが面白いの?」 そろそろ夫の価値観というものを理解して欲しい!)。

また、前述のように、金木は歌手、吉幾三さんの出身地です。吉幾三さんは演歌系の歌手では数少ないシンガーソングライターで、大半の楽曲を自ら作詞・作曲しており、特に青森県津軽地方の出身のため「津軽」を題材とした曲が多いのが特徴です。代表曲『俺ら東京さ行ぐだ』、『雪國』、『酒よ』、千昌夫さんへ提供した楽曲にはズバリ『津軽平野』なんてのもありましたよね。このあたりは夏の季節はこのような豊かな田園風景が広がっていますが、冬は雪が2メートル近くも降り積もり、一面真っ白な銀世界に変わり、人々はそんな中で春が来るのをじっと耐えて待つことになります。そんな津軽の季節感を知れば、吉幾三さんの作る楽曲の素晴らしさがさらに分かる感じがしました。

金木を出て、この日の宿泊地は津軽南田温泉のホテルに向かいます。金木以北は道路の両側は水田だったのですが、金木から南に進むにつれ、リンゴの畑が目立つようになってきました。津軽平野と言えばリンゴです。このあたりは日本一のリンゴの産地です。弘前が近づくと一面のリンゴ畑になりました。

津軽平野1
津軽平野2


観光バスのガイドさんの案内によると、リンゴは明治維新後の廃藩置県により職を失った旧弘前藩士の方々が始めたのだそうです。藩がなくなって(すなわち、それまで給料を出してくれていた会社(役所)がなくなって)自力で食い扶持を確保することが求められた元武士達に農民と同じように米を作れと言われても無理というもので、ならば…と目をつけたのが、西洋から持ち込まれた“リンゴ”という果実の栽培。このリンゴの栽培方法を学ぶため、藩士の中から有志を募り、「青年よ、大志を抱け」のクラーク博士で有名な北海道農学校に学びにいったのが最初のようです。その後、独自に栽培方法を確立したり、この津軽の気候風土に合った新しい品種を産み出したりと工夫を重ねながら、今のように日本一のリンゴの産地になりました。

日本の果物の代表と言えば、ミカン(柑橘)とリンゴ。私は日本一の柑橘の産地である四国・愛媛県の出身ですが、リンゴも大好きで、この一面に続くリンゴ畑は大変に興味深いものがありました。ミカン(柑橘)は太陽の光がいっぱい必要となるので、主に山の南側の斜面で栽培されるので愛媛県のように山が多い地形が適しているのですが、リンゴは津軽平野のように水捌けのよい丘陵地帯が栽培には適しているようです。さらに夏と冬との気温差が大きいほうが美味しいリンゴができるのだとか。まさに、“適地適作”ということですね。

津軽南田温泉は津軽平野の奥深く、弘前市と黒石市の間に位置する温泉です。すぐ目の前には雄大な岩木山の姿が間近に見えます。この岩木山、青森県弘前市および西津軽郡鰺ヶ沢町に位置する標高1,625 mの火山です。津軽平野の どこからでも見ることができる独立峰で、青森県の最高峰。山頂部は3つの峰から形成されています。日本百名山及び新日本百名山にも選定されている青森を代表する山で、円錐形の成層火山(コニーデ型)であり、その山容から「津軽富士」とも呼ばれているほか、しばしば「お」をつけて「お岩木(山)」とも呼ばれています。

その「お岩木山」と言えば、かつて演歌歌手・松村和子さんが歌って大ヒットした『帰ってこいよ』。その歌詞の中にも「お岩木やま」の文字がありました。伴奏で使われる津軽三味線の音色が素敵な楽曲でした。私にとって岩木山と言えばこの松村和子さんの『帰ってこいよ』で、彼女の歌が頭の中でリフレインしていました。

こんな火山があるくらいですので、津軽平野には幾つも温泉が湧き出しているところがあり、この津軽南田温泉もその一つです。南田温泉、正式名称は南田温泉ホテル アップルランド。聞けば、このホテルのオーナーは青森県でも有数のリンゴの仲買業者の方で、リンゴ農家のための保養施設を作ろうと自分の土地をボーリングして掘ってみたところ、温泉が吹き出て、このホテルを開業したのだとか。どうりで、地方の温泉ホテルにしては立派なコンベンション施設が整っています。おそらく、ここで地元の方々が大好きな演歌歌手のリサイタルなんかの娯楽が開かれるのでしょうね。

南田温泉1
南田温泉2


で、『南田温泉ホテル アップルランド』のその名の通り、名物は大量のリンゴを浮かべた露天風呂。リンゴには保湿作用や血行促進作用があるとかで、妻なんか「すっごぉ~い!」って大騒ぎしていましたが、確かに甘酸っぱいリンゴのほのかな香りと温泉のちょっとだけトロ~リとした弱アルカリ性のお湯が相まって、なんとも言えない幸せなひとときを過ごすことができました。

津軽の夏の夜空を彩る祭りと言えば『ねぷた』。今年の弘前の『ねぷた祭り』は8月1日~7日に開催されるようで、ホテルにはその弘前ねぷた祭りのポスターが貼られ、パンフレットが置かれていました。楽しみですね(^^)d

弘前市に隣接するここ平川市でも同時期に『ねぷた祭り』が開催されるようで、ホテルの前にはその『ねぷた』で使われる山車が置かれていました。『ねぷた祭り』まではあとわずか。祭りの準備は着々と整っているようです。


【追記】
津軽南田温泉のある青森県平川市ですが、今年1月に行われた市長選挙に絡み、前の市長と20人の市議会議員のうちの15人が現金買収で逮捕される異常事態となっているということで、先日、全国ニュースでも大きく取り上げられていました。観光バスガイドさんも「青森県の恥」とバッサリと切り捨ててました。その出直し市議会議員選挙がこの日公示されたようで、市内は選挙カーが数台、走っていました。この選挙は是非クリーンにやっていただきたいと思います(^-^)

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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越智正昭

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