2015/01/27

災害時における情報伝達手段の確保について(余談集・その1)

【余談1】
現在、この国中を見渡してもトイレが水洗でないところを見つけるのは苦労すると思います。そういう状況の中で、水の供給が停止してしまったらどういうことになるのか……?。

我々が前線基地とした兵庫県庁の建物の内部でも、それはそれはおぞましい光景が見られました。大便器から溢れるウ○コの山。水が流れないのですから当然のことですね。県庁の建物の中に入った時、まず鼻をついたのは、トイレから漂ってくる強烈なウ○コの匂いでした。強烈すぎてハエも寄ってきませんわ。真冬でしたので、それがせめてもの幸いだったかも。あれが夏なら……、想像するだけで恐ろしいことです。

排泄はするんだけれど、それを下水に流すことが全くできないんです。かと言って、排泄を我慢することは生理的にできないから、どうしても出さないといけない。食料の供給は十分あったから、それを排泄しないと人間は生きていけませんから。

ホント、おぞましいほどのウ○コの量でした。山になっていて、見るとウッ!って思うのですが、それでもどうしても自分も排泄しなきゃならないから、我慢してその山の上に自分のウ○コをまた積み上げるのです。しゃがむと尻に他人のウ○コが付くくらいでしたけれど…。

ですから、用を足すのは中腰の状態。緊張を少しでも緩めると他人様のウ〇コが尻につきますからね。そうそう、足の下だって便器からはみ出したウ〇コですから、油断すると…。

でも不思議とそれほど臭くなかったですね。外は小雪が舞う冬空で、県庁という建物の室内と言っても窓ガラスは全部割れて、寒風がモロに吹き込んでくる状態。おまけに大理石の床や壁ってメチャクチャ冷たいんです。ですから朝なんか深夜の寒さでウ○コがカチンコチンに凍っているんですね。ですから、あの量のわりには不思議と臭わなかったですね。(と言っても、もちろん臭いましたよ。特に気温が少し上がる昼からは強烈に)

で、男ってこういう時、今から考えると馬鹿馬鹿しいような摩訶不思議な行動に出るんですよね。あの日は暖房もいっさいない寒風が吹き込む室内にいたので、見かねた県庁の職員が熱いコーヒーやらお茶やらを次々差し入れていただいたんですが(外の焚き火でお湯を沸かしていました)、そうするとすぐにオ〇ッコに行きたくなるのです。そうしてまたトイレへ。

その時、小便器にそのままやればいいものを、なぜかそうしないんですよね。妙な義侠心(?)を出して、そうだ自分のオ〇ッコで少しはあのウ○コの山を流してしまおうって考えるわけなんです。

で、そのウ〇コの山めがけてシャ~~~~~ァ。臍に力を入れて、「ウン!」と勢いよく発射。でも、そのくらいで流れる量じゃあありませんでした(笑)。水圧も絶対的な水量も足りず、凍った山に空しく跳ね返されるだけ。で、便器の周囲がベショベショになっちゃうんです。水圧を高めるために、オ〇ッコをある程度我慢して、一気に放水するってのもやったりしましたね。

今になって話を聞くと、この馬鹿馬鹿しい行動って私だけがやったわけじゃあなかったんですよね。現地に行った関係者全員が一度はそういう行動を取っていたってことが後で話を聞いて発見したんです。妙に嬉しかったですね(笑)。この図を思い浮かべると笑っちゃうでしょ。

(女性なら間違いなく汲み出して、地面に穴でも掘って廃棄しちゃうんでしょうけれど、こういうところが男の馬鹿さ加減なのかもしれません。ああいう非常時にトイレ掃除のオバサンなんていませんでしたし。職員の皆さんの大多数だって被災者だったわけですから)

別の角度から考えて、ここで思うこと。日本人ってつくづく恥じらいってものが強く、社会性のある国民なんだなぁ~ってことです。便所がこういう状態なら、夜中に野糞でもなんでもやればいいところなんですが、そういう跡って町中どこでもほとんど見かけませんでしたね(少なくとも私はそうでした)。

こういうエピソードって、本にもテレビドキュメントにもどこにも載っていませんよね。でも現実にあったことで、これが被災地ってものの真の姿でしたね。こういうエピソードが今後の防災や被災地救援を考える上で非常に参考になることだと思うんですけれど、どうやったらこういう真実の光景を記録に残せるものなのかと思います。

お食事前の方、尾籠な話で失礼いたしました。


【余談2】
兵庫県庁の前に予約したタクシーを停めて、道路交通情報を得るためタクシー無線を使わせていただいたことは前述のとおりです。その際のタクシー運転手との実際のやり取りは以下のとおりのようでした。

越智「よろしくお願いします。実は“かくかくしかじか”でタクシー無線を使わせていただきたいんです。タクシー無線だけでいいんです。もちろんメーターは倒してください。時間でお支払いいたします。そういうことなので、1メートルも走っていただかなくて結構なんですが、よろしいでしょうか?」

と言って、トランシーバーを渡しちゃいました。この運転手さん、私が意図したことをすぐに理解してくれて、大いに戦力になりました。それどころか、随所で神戸の道に不慣れな我々のワゴン車をその付近を走行中のタクシーが先導してくれたのですが、それもこれもこの運転手さんが無線で手配してくれたから。ホント助かりました。

設置作業を終えた最後の一台のワゴン車が夙川の橋を渡って安全圏に脱出した後、我々は前線指揮本部とした兵庫県庁を後にして大阪に戻ることにしたのですが、実は当初我々は歩いて戻ろうくらいに考えていたんです。

その際の運転手さんとのやり取りも忘れられませんね。

越智「ありがとうございます。料金は請求書払いしますから、ここに送ってください」

と私の名刺を手渡したところ、

運転手「ワテら神戸のためにここまでやっていただいて、カネはうけとれまへんわ。」

越智「そうは言わんと受け取ってください」

運転手「いや、受け取ったらバチが当たる」

越智「う~ん、困ったなぁ~。じゃあ、わかりました。運転手さんの本来業務で、これから我々を大阪まで送ってくれますか? もちろんメーターを倒し直して」

運転手「よっしゃ、ほれならエエでぇ~。おおきに! しっかりあんたらを大阪まで無事に送らせてもらいまっさ」

いい話でしょ。こういう時には自分でも思いもかけない名言が出るものです。


【余談3】
そうそう、神戸からタクシーで大阪に戻る途中、危機管理という面で「広域暴力団・〇〇組おそるべし!」って思ったことがありましたので、紹介しますね。

このタクシーの運転手さん、避難所への設置を予定通り完了してよほど機嫌が良かったのか、大阪までの道中、阪神淡路大震災の様々な裏話をしてくれました。喋る喋る(笑)。

帰りの車中は、さながら観光タクシーの様相でした。コンテンツ提供を担当していただいた毎日新聞の記者も同行していたので、被災地神戸の真実の姿を伝えようとしているのか、いろいろと寄り道をしていただきました(空いている道路を選んで迂回しているうちに、そうなった部分もありますが)。

全国各地から集まったボランティアの人々の活躍ぶり、避難所になっている小学校の運動場の中央には倒壊した家から持ってきた木材(瓦礫)を燃やして暖をとっている様子、入り口に「入浴タダ」の表示が出て被災者に一部の部屋を開放していたラブホテル、夙川の川岸に停めた右翼の街宣車がやっていた炊き出し(そこで食べた素うどんの味は、これまで食べたうどんの中で一番美味かったです。被災地では温かい食べ物なんて食べられませんから)・・・・などなど。

そういう中でも一番印象的だったのは、あの広域暴力団・〇〇組の東灘区にある本部前の光景です。

いつもは恐い顔のおニイさん方が、半ばテレたような笑顔で市民の皆さんに無料で配給していたブツ。それは何だったか皆さん分かりますか??? その光景を見たとき、私は正直「広域暴力団・〇〇組おそるべし!」って思い唸りましたね。

なんとそれは「女性用生理用品」と、紙オムツ!!

あの光景を目の当たりにした時、私は日本一危機管理がしっかりしているのは、もしかしたら〇〇組なんじゃあなかろうかとさえ思っちゃいました。運転手さんの話によると、彼らはいざ(もちろん“抗争”のことです)と言う時に女房子供を東灘区の組本部に匿うため、ふだんからそういうモノを大量に本部の倉庫に備蓄していたってことなんだそうです。籠城せざるを得なくなった時、なにが困るかをたぶん経験から心得ているってことですね。もしそうだとすると、これって凄いことですわ。また、物騒な集団ではありますが、神戸の東灘区の地域住民とこうした接点を持つことによって、彼らはこの場所に本拠地を構えていられると言うこともできます。こういうのって一つの危機管理能力ってやつです。さすがさすが!!

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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越智正昭

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