2015/02/23

大人の修学旅行2015 in 土佐の一本釣り(その11)

明けて1月12日、楽しい時間はすぐに過ぎ去るもので、今日は『大人の修学旅行』の夢のような世界から、現実世界の連続線の中に戻らねばならない日です。昨年、『大人の修学旅行2014 in 伊勢神宮』の2日目に三重県の近鉄宇治山田駅で解散してから1年間、楽しみにしていた今回の『大人の修学旅行』も終わりが近づいています。

朝の露天風呂に入りたくて携帯電話の目覚ましアラームで午前6時半に目を覚ましたのですが、経度的に西に位置しているのでまだ外が暗いのと、外は寒そうなのと、昨夜の余韻にもうちょっと浸っていたかったのとで、お布団の中でしばし微睡(まどろ)んでいたのですが、それを破ってくれたのがまたしてもオネエでした。

「さぁ~、朝だよ朝だよぉ~! 朝風呂、入りにいくんでしょ! 起きた起きた!」

布団をひっぺがすところまではされなかったのですが、我々男性陣が寝ているコテージにズカズカ入ってきて、起こしてくれました。

見ると、もういつチェックアウトしてもおかしくないような準備万端の格好をしています。お化粧もバッチリ!

「オネエは、朝、お風呂にいったの?」

「もちろん、入ってきたわよ。朝5時に起きて、露天風呂に入って、塩水の浸透圧で体内の余計なものもバッチリ流して、もう準備万端整ってるから」

(浸透圧って、さすがは理系!)

「エッ! ウソだろ!?」

前日は朝まで仕事して、徹夜明けで遠路はるばるここまでやって来て、日付が変わるまで我々と飲んで騒いで、寝たと思ったらまたすぐに起きて、朝風呂まで入って…、超人か、この人は…!?(@_@) その驚きで、いっぺんで眠気が覚めちゃいました(笑) テーブルの上には前夜の“強者どもが夢の跡”が、ほとんどそのままの形で残っています(^^;

寝崩れた浴衣を整え、丹前(たんぜん)を羽織って本館へ。う~~、さぶい(+_+) ここの丹前は厚手のウール生地で作られているのですが、中に綿が入っていないので寒い。“どてら”が欲しい…。(南国の高知県なので、“どてら”までは用意していないのでしょう)

露天風呂から見る朝の太平洋の景色も素晴らしいものがありました。眼下に見える土佐久礼漁港に停泊している漁船の数が前日の夕方に比べて減っています。おそらく早朝から漁に出ているのではないでしょうか。遠くの沖に漁をしていると思われる漁船の姿が小さく見えています。

全員揃っての朝食を済ませ、前夜の“強者どもが夢の跡”を片付けて、午前10字に『黒潮本陣』をチェックアウトしました。

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帰りは前日に私が中村から乗ってきた特急「あしずり6号」に乗って帰る予定なので、土佐久礼駅発は14時17分です。それまでは土佐久礼の町をブラブラと散策することにしました。散策すると言っても、土佐久礼は小さな田舎町なので、見処がいっぱいというわけではありません。

まずは『黒潮本陣』のマイクロバスで2陣に分かれて町の中心部にある『大正町市場』に出掛けました。

この「大正町市場」は明治時代の中頃に漁師のおかみさん達が旦那が獲ってきた魚を売り出すようになったのがきっかけで出来た市場です。『黒潮本陣』で貰った案内図によると、この大正町は、大正天皇に因んで名付けられた町名なんだそうです。大正4年、このあたりはそれまでは地蔵町通りといわれていたのですが、市場周辺一帯の約230戸余りが大火事で焼失してしまいました。その時に大正天皇が落ち込んだ町民へ復興費として当時のお金で350円を寄付してくださいました。これに深く感動した町民達はそれまでの町名であった地蔵通りから「大正町」へ町名を改め、市場の名称も「大正町市場」と変更し、現在に至っているのだとか。

私は地方都市に行くと、そこの市場を覗くのを楽しみの一つにしているのですが、ここ土佐久礼の「大正市場」も規模こそ小さいもののその期待に違わない楽しい市場でした。

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この「大正町市場」は今から12年前の2003年(平成15年)12月に、明るい木造アーケードにリニューアルされたそうなんですが、昭和30年代を彷彿とさせる懐かしい雰囲気に加え、天井でなびく大漁旗やアーケード内で流れる音楽など、漁師町の雰囲気満載のところです。

漁港らしく地場の近海で獲れた新鮮な魚介類はもちろんのこと、干物や地元の野菜、果物といった近辺の海の幸、山の幸がギュッと詰まっている感じです。「買うていかんかぇ~」とか「この干物も美味しいぜよ~」といったおかみさん達の陽気な笑顔と土佐弁での威勢のいい掛け声に、思わず足を止めてしまいます。関東地方では目にしないような珍しい魚も並んでいて、露店のおかみさんに気軽に声をかけて、そうした魚の名称や、美味しい料理の仕方を教えてもらうのも市場散策の楽しみです。

店内で購入した商品をそのまま持ち込んだり、購入した魚介類をそこで料理して貰って、丼物にして味わえる食堂などもあって、楽しいです。なんと、購入した干物を自分で焼いて食べるための七輪さえも用意されています。カツオの身を一度湯掻いて、その表面を焼いたもの(すなわち、鰹節にする手前のもの)があまりにも美味しそうだったので、地場のジャコ天である「くれ天」とあわせて、お土産に買って帰りました。安くて美味しかったです(本当は鰹のタタキを買って帰りたかったのですが、生モノですのでそれは諦めました)。

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先ほど昭和30年代を彷彿とさせる…と書きましたが、この「大正町市場」の入口の横にある店舗の壁が、凄いんです。なんとなんと、壁一面に昔懐かしいホーロー看板が所狭しと飾られているのです。ホーロー看板とは主に屋外用の表示として使用される看板の一種で、主として光沢のある塗装ないし印刷で仕上げられた金属製の看板を意味します。明治21年~22年頃に誕生したとされていて、明治・大正・昭和中期まで商品宣伝手法の主流として一時代を築きました。商品サイクルの加速化や住宅事情、新聞やテレビ等のメディアの発達に伴い、昭和50年頃より徐々にその姿を消していったのですが、私達が高校を卒業したのは昭和49年ですので、生まれた頃から高校を卒業する頃あたりまでは、四国の田舎では極々自然に目にしていた看板です。あまりに懐かしく、一つ一つ指さしながら「あっ、松山容子さんのボンカレー」、「こっちには水原弘さんのハイアース(スプレー式の殺虫剤)」、「由美かおるさんのアース蚊取り線香もあるよ」、「菅公学生服(学生服のトップブランド“カンコー”は学問の神様である菅原道真公を略して“菅公”です)」、「キッコーマン醤油」、「カマダ醤油(香川県坂出市の醤油メーカー。なので、私達にはとっても馴染みの深い醤油です)」、「ミツカン酢」等々…、口々にワァ~ワァ~キャアキャア言いながら、私達の世代にとってはとぉ~っても懐かしいその看板をしばらく眺めていました。

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安政南海大地震の津波


「大正町市場」の入口にある電信柱には、「上の7.7mの印のところまで、津波はやってきました 1854年(安政元年)」という表示と共に、安政南海地震の時の津波の到達点の高さを示す印が付いていました。7.7mというと、建物の2階を超える、かなり高い高さです。これは凄い!!

今回の本番には残念ながら家庭の事情とかで参加してくださいませんでしたが、地元香川在住のノリコがこの土佐久礼を事前にロケハン(下見)してくれていて、彼女からのお薦めの店が幾つかあって、彼女のその努力に敬意を表して、その店にも行ってみることにしました。そこが喫茶店『風工房』。ここは土佐久礼のイチゴ農家『苺倶楽部』さんが経営する手作りケーキのお店です。朝御飯を食べてそれほど時間も経っていないのに苺のショートケーキかよ…とは思ったのですが、こんなド田舎にあるにもかかわらず休日には行列もできるくらいの人気店なんだそうで、午前中のこの時間にもかかわらず、店内は混んでいました。ちょっと迷ったのですが、「ノリコが薦めるのだから食べてみるしかあるまい」…ということで、苺のショートケーキを注文。おそるおそる食べてみたのですが、美味しい! あのノリコが絶賛するだけのことはあります(ノリコが好きそうな甘い甘いショートケーキでしたが…)。2階にある喫茶店から眺める久礼湾や土佐久礼漁港の風景も御馳走でした。

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ここで、15時45分高知空港発のANA便で一足先に千葉へ帰るショーチャンが離脱。もうそろそろお別れの時が近付いているのを実感しました。


……(その12)に続きます。

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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