2015/03/25

ターミナル…あゝ上野駅(その2)

鉄道の終着駅(ターミナル)に話を戻します。

このように頭端式の鉄道の終着駅のことを英語でターミナル(Terminal)と呼ぶようになったのですが、ローマ以外のヨーロッパの都市ではその歴史的な都市の構造上の特徴から、これが独特の進化を遂げていくことになります。「すべての道はローマに通ず」の言葉のように古代ローマ帝国の中心地であったローマは、基本的に都市中心部から放射状に拡がる都市の構造をしているのに対して、他のヨーロッパの国々は基本的に都市国家の集合体として発展してきたという歴史を持ちます。従って、各都市はそのものが城塞(citadel)、すなわち要塞になっていて、たいてい都市全体を城壁(市壁)で囲んで外敵から守るような構造になっています。また、その城壁(市壁)の中にも城塞が築かれ、都市の住民達からその城塞内の軍隊・政治家・王侯貴族達を守るように設計されています。ちなみに、英語で都市を表すシティ(city)、これの語源は、この城塞(citadel)です。

鉄道の路線網もこのような都市の構造に大きく影響を受けているようなところがあります。すなわち、都市郊外を含め他の地域(都市)からの鉄道路線は、たいていは都市全体を囲む城壁(市壁)のところまでで終端し、そこに各方面別にそれぞれの終端駅(ターミナル)が形成されています。そして各終端駅間を含む城壁(市壁)の内部は地下鉄(メトロ)や路面電車(LRT)等で網の目のように結ぶという都市構造です。この場合の終端駅(ターミナル)は、ターミナルの元祖とも言えるローマのテルミニ駅のような集中型ではなくて、各方面別の分散型。なので、それぞれの駅としての規模はテルミニ駅ほどではなく小さいのですが、幾つにも分散された駅を合わせて都市全体として考えればテルミニ駅を凌ぐ巨大な規模のターミナルになるという構造です。

ヨーロッパの各大都市の鉄道網の構成は、基本的にこのようになっていると考えていただければよろしいかと思います。例えば、イギリスの首都ロンドン。1993年に民営化されましたが、イギリス国鉄(British Rail)のロンドンにおける終端駅としては、行き先方面別に主として次の8つが挙げられます。


ヴィクトリア駅: ガトウィック空港やブライトンを含めたイングランド南東部のサリー、イースト・サセックス、および、ウェスト・サセックス方面の電車が発着します。また、東側の2番線ホームは「ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス」のホームとして利用されています。

ウォータールー駅: 現在、イギリスで最も旅客数が多い駅。かつてはドーバー海峡を海底トンネルで抜けてパリやブリュッセルといった他国の都市へ向かうユーロスター(国際列車)のターミナル駅でもありました(現在、ユーロスターはセント・パンクラス駅が発着駅になっています)。

キングス・クロス駅: イギリスの主要鉄道幹線の1つであるイースト・コースト本線の南の終着駅。ケンブリッジ、ピーターバラ、ハル、ドンカスター、リーズ、ヨーク、 ニューカッスル、エディンバラ、グラスゴー、ダンディー、アバディーン、そしてインヴァネスといったイングランド北部・東部およびスコットランドへ向かう列車の発着駅です。このキングス・クロス駅はJ・K・ローリングの小説『ハリー・ポッター』シリーズにおいて、「ホグワーツ特急」の始発駅として登場します。

セント・パンクラス駅: キングス・クロス駅に隣接していて、パリやブリュッセルへ向かう国際列車ユーロスターが発着します。

チャリング・クロス駅: 他のロンドンの終着駅とは異なり、 ウォータールー駅とロンドン・ブリッジ駅の2つのターミナル駅と接続しています。、アシュフォードをはじめロンドンの南東部にあるケント州へと向かう列車が発着します。

パディントン駅: ヒースロー空港とを結ぶヒースロー・エクスプレスのターミナル駅。また、ブリストル、バース、ウェールズ南部、コーンウォール方面への長距離列車や、オックスフォードやロンドン西部への近郊路線の列車が発着します。

リバプール・ストリート駅: ロンドン・スタンステッド空港、ケンブリッジ、ローストフト、グレート・ヤーマス、ノリッチ、イプスウィッチ、チェルムズフォード、コルチェスター、ブレイントゥリー、及びハリッジ港を含むイングランド東部、北東部へ向かう列車が発着します。

ユーストン駅: イングランド北西部を通り、スコットランドのグラスゴー・セントラル駅に至るウェスト・コースト本線の終着駅です。


フランスの首都パリも同様です。パリにも各行き先方面別に、次の6つのフランス国鉄(SNCF)の駅があります。


パリ北駅: ユーロスターのロンドン行、タリスのブリュッセル・アムステルダム・ケルン行、夜行列車のハンブルク・ベルリン行といった国際列車が発着する国際駅です。国内幹線でも リール、ダンケルク、アラス、カレー等のフランス北部方面行のフランス国鉄が誇る高速列車TGVの発着駅でもあります。また、シャルル・ド・ゴール国際空港の列車も発着しています。

パリ・リヨン駅: 「リヨン駅」という駅名から判るように、パリからフランス南東部のリヨンへ向かう鉄道の起点駅です。

モンパルナス駅: ル・マン、レンヌ、ナント、トゥール、ボルドー等、フランス西部、南西部方面行の列車の始発駅です。

パリ東駅: フランス東部やドイツ、ルクセンブルク方面への列車が発着します。パリ北駅のすぐ東に位置しており、徒歩で連絡が可能。なお、東駅という駅名はパリの東に位置するというのではなく、パリより東へ向かう列車が発着するから「東駅」なんだそうです。

サン・ラザール駅: ノルマンディー地方へ向かう特急列車が発着します。

オステルリッツ駅: パリからオルレアン郊外、トゥールなどを経由してボルドーに至る路線の起点ですが、1990年のLGV大西洋線の開業以降は、トゥール以遠への列車のほとんどはモンパルナス駅始発のTGVに置き換えられていて、オステルリッツ駅始発の長距離列車はリモージュ方面へのものを除けば夜行列車のみとなっています。この夜行列車の中にはスペインへの国際夜行列車(トレンオテル)「エリプソス」も含まれ、また国内夜行列車の「コライユ・ルネア」は、本来はパリ・リヨン駅始発であるフランス南東部方面へ向かう列車もオステルリッツ駅始発となっています。

日本の鉄道技術は基本的にイギリスの技術を取り込んだものでした。日本における“鉄道の父”と呼ばれる人物に井上勝がいます。この井上勝はいわゆる“長州五傑(長州ファイブ)”の一人で、幕末、西洋の優れた技術を学び、日本に持ち帰って来るように…という長州藩の密命を帯びてイギリスに密航した人物です。ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)で主として工学を学び、6年後に帰国。帰国後は鉄道卿として新橋駅(品川駅)~横浜駅間の鉄道敷設や東海道線を敷設を陣頭に立って指揮しました。その後は日本鉄道会社(東京~青森間)の監督・指揮を行う等、鉄道庁長官として鉄道事業の発展に尽力した方です。

余談ですが、“長州五傑(長州ファイブ)”とは井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)という5名の長州藩士のことです。この5名のうち井上聞多(馨)と伊藤俊輔(博文)の2人は留学翌年に長州藩がイギリスの艦船に砲撃を加えたという一報をロンドンの新聞で読み、学んだ英語力を武器に調停役になるべくすぐさま帰国。全面的な紛争にならないように尽力しますが、残念ながらイギリス、アメリカ、フランス、オランダの4国の艦隊と長州藩が砲撃を交えるという下関戦争が起きてしまいます。明治維新後のこの2人の活躍は私がここで説明するまでもありません。井上馨は外務大臣、内務大臣等の重職を歴任。伊藤博文は初代の内閣総理大臣となります。

“長州ファイブ”の残った3名はその後もイギリスで主として工学を学びます。遠藤謹助は帰国後、造幣局長となり、今の日本の優れた貨幣鋳造、印刷技術の基礎を作り上げます。山尾庸三はグラスゴーで造船技術を学び、帰国後は工部卿など工学関連の重職を任され、さらには新たに創設された法制局の初代長官も務めています。のちの東京大学工学部の前身となる工学寮の創立も行うなど、主として技術者育成に尽力しました。また、聾唖者をはじめとした身体障害者の人材教育に熱心に取り組んだことでも知られています。

2006年には、この5名の渡航前後の様子を描いた映画『長州ファイブ』が製作され、埼玉大学工学部で非常勤講師を務めていた私は、この映画『長州ファイブ』を教材として取り上げ、学生さん達に観せて、感想文をレポートとして提出させていました。工学を学ぶということの意味を描いた秀作だと私は思っています。

余談が長くなってしまいました。

前述のように、最初に井上勝が日本に持ち帰ったのがイギリスの鉄道技術であったため、車両は左側通行であることをはじめ、今でも日本の鉄道はイギリスの影響を色濃く残しています。首都東京の鉄道網の構造に関しても、ロンドンを真似たところがあったのではないか…と私は推測しています。

皇居を中心に環状に線路を敷設し(山手線)、その環状路線上に各方面からの終端駅(ターミナル)を設ける。そして環状線の内側は地下鉄(メトロ)を網の目のように敷設する…。その中で旧国鉄の終端駅(ターミナル駅)の役割を担ったのが東京駅と上野駅でした。東京駅が日本の政治・経済の中心地である首都東京から西方向へ/からの地域を結ぶ路線の終端駅(ターミナル)、上野駅が首都東京から東と北方向へ/からの地域を結ぶ路線の終端駅(ターミナル)という役割分担でした。幾つかの終端駅(ターミナル)に方面別の役割分担をさせるというところがイギリス式のように私は感じています。

ただ、上野駅が当初から頭端式のホーム構造を持つ終端駅(ターミナル駅)であったのに対して、東京駅のほうは名古屋や大阪、九州方面を結ぶ長距離列車の終点ではあったものの、駅の構造としては頭端式ではなく一般的な通過型のホーム構造にしたのには、駅としてのある歴史的背景があるように思います。これに関しては後述します。


……(その3)に続きます。

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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