2015/03/27

摂氏600度の法則

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23日(月)、気象庁は「東京でサクラが開花した」と発表しました。東京のサクラの標本木は千代田区の靖国神社にあり、“開花宣言”はその標本木の開花状況を気象庁の担当者が目視で確認して行うのですが、23日の昼前に行った確認で6輪以上の花が咲いているのを確認したので、“開花宣言”が出されました。東京での開花は平年より3日、去年より2日、いずれも早いそうです。

ここでご注意していただきたいのは、この“開花宣言”が出される対象となるサクラは、あくまでもソメイヨシノに限るということです。早咲きサクラとして有名な河津桜は2月上旬に開花し、既に旬は過ぎていますし、八重桜などの開花はまだまだこれからです。専門家に言わせると、(種類を問わなければ)サクラは一年中咲いてるよ…ってことらしいです。

多くの種類があるサクラの中でソメイヨシノの開花だけを国の機関である気象庁は観測しているのか…ってことですが、これはソメイヨシノが超精密な測定器だからです。

ソメイヨシノは日本原産種のエドヒガン(江戸彼岸)系の桜と、同じく日本原産種のオオシマザクラ(大島桜)の交配で生まれたと考えられる日本産の園芸品種のサクラです。ソメイヨシノは実を結ばないので、ほぼ全てが1本の木からのクローンなのです(すなわち、DNAが同じだということです)。

江戸末期から明治初期に、江戸の染井村(現在の板橋区)に集落を作っていた造園師や植木職人達によって盛んに育成されたので、染井村の“染井”と、古くから桜の名所として知られた大和の吉野山の“吉野”を組み合わせて“染井吉野(ソメイヨシノ)”と命名されました。

ソメイヨシノの花弁は5枚で、葉が出る前に花が開き、満開となります。花色はツボミの段階では濃い赤色に見えるのですが、咲き始めは淡紅色、満開になると白色に近づきます。原種の一方であるエドヒガンと同じく満開時には花だけが密生して樹体全体を覆います。しかも、オオシマザクラの特徴も併せ持つため、エドヒガンよりも花が大きく、満開時には派手に見えます。また、エドヒガンの花が葉より先に咲く性質と、オオシマザクラの大きくて整った花形を併せ持った品種です。

パッと一面に咲いて、ハラハラと散る…この特徴が日本人古来の国民性と言うか国民感状にドンピシャでマッチしたのでしょう、多くの人から好まれて、明治時代の中頃より、数あるサクラの品種の中で圧倒的に多く植えられました。それも全国各地で競うように。今日では、メディアなどで「桜が開花した」という時の“桜”はソメイヨシノのことを意味するなど、現代の観賞用のサクラの代表種となっています。

先ほど、ソメイヨシノは超精密な測定器ということを書きましたが、これは前述の、ほぼ全てが1本の木からのクローンだというところから来ています。すなわち、DNAが同じで、ほぼ同じ特性を持つということです。しかも、圧倒的な人気で、瞬く間に(すなわち、ほぼ同じDNAを持つ木がほぼ同時期に)日本中各地に植えられたということから来ています。これだけ基本的な品質の揃った測定器はなかなかありません。

で、この精密な測定器を用いて国の機関である気象庁が何を観測しているのかというと、年ごと、地域ごとの気候変動です。生物に及ぼす気候変動の影響を調べる目的で、サクラ(ソメイヨシノ)をはじめ、ツバキの開花やアジサイの開花、ススキの開花、タンポポの開花、イチョウの黄葉、カエデの紅葉、ウグイスの初鳴き、ツバメの初見、アブラゼミの初鳴、シオカラトンボの初見等々、実に様々な季節を告げる生き物たちの観測を行っています。実は、サクラ(ソメイヨシノ)の開花の観測はその1つなんです。

特に植物。基本的に植生は自然に忠実なんです。

『摂氏600度の法則』というものがあります。これはソメイヨシノ特有の自然の法則です。

ソメイヨシノはカレンダーを持っていないので、今が何月何日かなんて分かっていません。なので、例えば3月23日が来たから開花させなきゃあ…なぁ~んて思ってないんです。

では、なんで毎年3月下旬から末にかけてのこの時期になると開花するのか?

実は、サクラをはじめ植物の体内には“自然のカウンター”が仕込まれているのです。ある時にそのカウンターをリセットして、それからの毎日の最高気温の総和、すなわち、1℃、2℃、3℃、4℃といったその日そのその日の最高気温を積算(足し算)して、その値がだいたい600℃になった頃に開花するのです。それも、斥候部隊の5、6輪の花が。そして、その斥候部隊の報告で、「みんなぁ~!起きろぉ~! 春が来たぞぉ~!」ってなってから、一斉に咲き出すのです。

で、その体内の温度カウンターの値がリセットされる時がいつかというのが問題になるのですが、それって、その冬のその地点における最低気温を記録した日なんです。秋に開花準備をしていったん眠りについたツボミは、その冬の一番の寒さでハッと目覚め、開花に向けて体内の温度カウンターを働かせ始めるんです。これを専門用語で『休眠打破』と言います。冬の時期、気象の専門家の間では、「桜は起きているのなかぁ~?」とか、「まだ眠りから目覚めていないかもしれない」といった会話がふつうに交わされます。ちなみに、徹夜作業のお供、眠気覚まし用の栄養ドリンク「眠眠打破」は、実は『休眠打破』にちなんで名付けられた商品名のようです(余談でした)。

ところが、瀬戸内海沿岸のような温暖な地方では、極端な最低気温の日ってものが明確に分からないようなところもあって、サクラはいつそのカウンターをリセットしていいのか分からないようなところがあります。ですから、いつまでもお寝坊さんで、「ありゃま、こりゃあ寝過ごしちまったわい! いっけねぇ~!遅刻だ遅刻だ! 既に春が来ちゃってたわい!」ということで、毎年慌てて目が覚めてしまうようなところがあります。

毎年のサクラの開花予報や開花宣言を思い出していただきたいのですが、大阪をはじめとした関西地方や中国地方、四国地方、九州地方などのサクラの開花が、ずっと北に位置する東京よりも遅いことがあるのはこのせいなんです。ですから、「桜前線が北上……」と言っても、いささか論理的にはおかしい部分もあるんです。その証拠に、なんとなんと温暖な気候で知られる八丈島のサクラの開花は東京よりも毎年遅いんです。

この『摂氏600度の法則』はソメイヨシノ特有のものですが、体内の温度カウンターをリセットする『休眠打破』はどんな植物にも当てはまるようで、シクラメンをちょうどクリスマスシーズンに開花させるために、栽培農家は夏場に苗を一晩、大型の冷蔵庫に入れて急激に冷やし、カウンターをリセットさせる(すなわち、無理矢理『休眠打破』をさせる)のだそうです。

『摂氏600度の法則』の例を下図に示します。これは過去に私の故郷である愛媛県松山市での講演で使用した図で、松山市のサクラで調査したものです。概ね摂氏600度で開花し、摂氏800度で満開になっているのがわかります。ちなみに、各民間気象情報会社が発表する「桜の開花予想」も、この『摂氏600度の法則』を使っている筈です。

自然って、ホント不思議なものですよね。


摂氏600度の法則



【追記】
東京に引き続き、全国各地から「サクラの開花宣言」が聞かれています。サクラは、開花してから通常1週間程度で満開になるのですが、開花宣言は出されたものの、その後、日本列島の上空には強い寒気が流れ込んできたため、全国的に朝晩の冷え込みが強い日が続いています。

今年は例年より少し長く、桜のシーズンが楽しめそうです。

ちなみに、添付した写真は、昨日(26日)撮影した会社(五反田)近くを流れる目黒川沿いのソメイヨシノの様子です。まだ咲きはじめってところで、満開が楽しめるのは来週の後半、4月に入ってからってところでしょうか。