2015/05/25

“ビッグデータの可視化”から“状態の可視化”に(その1)

地球温暖化の影響なのか、最近、局地的な集中豪雨や雷や雹(ひょう)、竜巻などといった異常気象のニュースを多く目にします。今年もこれから出水期を迎え、豪雨による洪水や土砂災害が続発するのではないかと気になるところです。そうしたニュースの際によく耳にするのが「大気の状態が非常に不安定で…」というセリフです。この「大気の状態が不安定」という言葉、その意味を分かっていそうで、分かっていらっしゃらない方が多いのではないでしょうか。

それでは、何がどうなると大気の状態は不安定になるのでしょうか?


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太陽からの熱の照射により熱せられた大地や海面に接した大気は、加熱されて膨張し、密度が低くなるため、軽くなって周りの水蒸気とともに上昇します(熱気球と同じ原理です)。上昇した大気は概ね100メートルにつき平均で約0.65℃ずつ温度が下がる(専門用語で“気温逓減率”と言います)のですが、上空の気温が低ければ低いほど膨張率の違いからさらに上昇をし続け、最終的には対流圏(地表面からの高度約11kmで、主な気象現象の起こる限界までの範囲)の最上部まで昇り詰めます。

この対流圏の最上部(対流圏界面と呼びます)の高度では、世界中どこでも気温はおよそマイナス56.5℃でほぼ一定になります。つまり、地球上の大気は、対流圏内で、より温かい大気の塊は上昇し、より冷たい大気の塊は下降することで、上下約11km、左右は全地球規模で対流・循環しているわけです(加熱したヤカンの中のお湯の状態と同じ原理です)。それが微妙な気圧の高低差を生み、それにより風や雲を生み、各種の気象現象を発生させるというわけです。

この時、熱せられた大気が上昇していく上空に、もしその高度の気温逓減率で計算される気温以下の冷たい大気が存在していたとすると、通常よりさらに急激な大気の対流が起こります。これが「大気が不安定な状態」と呼ばれる状態のことです。こうした状態になると、温かく湿った大気が猛烈な速度で急上昇して、急速に積乱雲を発達させ、雷雨や雷や雹を発生させます。

最近、日本列島付近で発生する局地的な豪雨災害は、上空にユーラシア大陸(北)から流れ込んでくる季節外れの冷たい偏西風が吹く中、太平洋(南)の海面からの湿った温かい大気の供給が続いた結果、大気の状態が不安定になって積乱雲を発生させ、起きるケースがほとんどです。このように上空に流れ込んでくる冷たい大気は要注意で、常にこの状態を監視しておくことは、気象予報を出す上で重要なんです。

(時々、テレビの天気予報の番組でお天気キャスターが「上空5,500メートルあたりにマイナス◯℃という冷たい大気が流れ込んで…」という表現を用いて解説することがありますが、あれがそうです(^^)d)


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これは台風の進路や勢力の予報においても同じことが言えます。

毎年、夏から秋にかけて日本列島を来襲して、多大な迷惑と災害をもたらす台風。中心に巨大な目を持ち、直径が数百kmから1,000km超にも及ぶ超巨大な雲の渦を従えて、さも意志があるかのように動き回るのですが、どうして台風はあれだけ自由気ままに動くことができるのでしょうか?

台風の多くは南太平洋のマリアナ諸島(グアム島近隣)近海の赤道付近の海上で誕生します。このあたりの海はもともと海水温度の高い熱帯地域で、強い日差し(太陽の熱放射)で温められた海水は、海面から蒸発して水蒸気となって上空に向かって上昇していくので、上昇気流が発生しやすく、それが上空の冷たい大気とぶつかって次々と積乱雲を生み出します。様々な自然の条件が重なって、その積乱雲が多数まとまってくると、地球の自転によって産み出される風によって渦(北半球では反時計回り)が形成されます。

で、いったん、このような渦ができると、渦の中心付近の気圧が下がり、さらに強い上昇気流と風を生み出します。それがさらにエネルギー源である水蒸気を集めて中心気圧を下げて…というサイクルが繰り返され、急速に熱帯低気圧へと発達していきます。こうして誕生した熱帯低気圧は風に流されて移動するのですが、その移動していく進路上に温かい海水(概ね26℃以上)がある限り、水蒸気の供給は絶えず続けられるので、熱帯低気圧は成長を続けます。そして、中心付近の最大風速が毎秒17.2メートル以上になった段階で、“台風”と呼ばれるようになるわけです。


台風の月別主要経路図



先ほど熱帯低気圧が風に流されて…と書きましたが、実は、台風は自らでは移動するための推進力をいっさい持っておりません。なので、周りの環境の言いなりにしか動けない存在なんです。台風は、地球の自転の関係で相対的に抵抗が少ない方角に向かって進んでいくという宿命があり、まずは北に向いて進んでいこうとします。しかも発生直後の熱帯地方では、赤道のすぐ北のあたりを常に東から西の方角に流れる“貿易風”と呼ばれる強い風が流れているので、その両方の力に押されて、結果として北西の方向に動きます。

そして、日本列島に徐々に近づいてくると、上空の風の流れの“せめぎ合い”によって移動速度を落としたり停滞したりしながら、次第に緯度の高いところを貿易風とは反対に西から東の方向に流れる“偏西風(ジェット気流)”に押される形でコースを変えて、今度は北東の方角に向かいます。最後は、ジェット気流に吹き飛ばされるような形で、猛スピードで日本列島近海からアリューシャン列島の方角に駆け抜けていくわけです。

赤道から北緯30度あたりまでの海洋上を東から西の方角に吹く貿易風は、地球の自転の関係から生まれる風で、1年中ほとんど同じ向きに吹くのと異なり、北緯30度から60度付近にかけての中緯度帯の上空を西から東の方向に恒常的に流れる偏西風は、赤道と北極との温度差が大きくなると偏西風は南北に大きく蛇行するようになります。この蛇行のことを偏西風波動というのですが、季節により蛇行の位置や幅は大きく移動するので、偏西風が流れるコースも大きく変わります。この編成風波動により、季節によって台風の進路も大きく変わってくることになります。

このように、台風はその大きさもコースもスピードも、すべてその場その場の環境次第で決まるわけです。なので、海水面の水温の情報や上空の風の流れに関する情報は台風の進路の予報をする上で極めて重要な情報になるのです。

気象予報士の皆さん達は、常に気圧800ヘクトパスカル面(高度約1,500メートル付近)や500ヘクトパスカル面(高度5,500メートル付近)、250ヘクトパスカル面(ジェット気流の流れる高度10,000メートル付近)といった上空における大気の気温や風の流れに注目して、日々の気象予報を行っています。こうした上空の大気の状態に関する情報を一般の方々はあまり目にする機会はないと思いますが、私達民間気象情報会社は気象庁さんから上空約16,000メートルくらいまでの(気象に影響する対流圏界面までの)各気圧面ごとの気温や風に関する様々な気象の数値予報データの提供を受けています。

そのデータは1億個を超える膨大なメッシュ(四角く区切った予報単位のこと)の気温や風向風速、気圧といった様々なデータが、毎時送られてくるような(頻繁に更新されるような)“ビッグデータ”です。その“ビッグデータ”を我々の目に判りやすく見えるように可視化するだけでも、相当のコンピュータパワーを必要とします。

弊社ハレックスは5年前からこの難しい命題に真正面から取り組んできました。そして、徐々にそれが形になってきています。ビッグデータの(グラフとしての)可視化は『Weatherview』としてほぼ完成して、GSM、MSM、LFMという気象庁が提供するすべての数値予報モデルのデータを取り込んで、クラウドコンピューティング技術を活用して、瞬時に可視化することを実現しています。この『Weatherview』で実現した技術をベースに、『HalexDream!』や『防災さきもりRailways』をはじめ、弊社独自の各サービスを実現してきました。

現在、弊社が目指しているのが、その「ビッグデータの可視化」の一歩先にある「状態の可視化」というものです。これが『Weatherview』を進化させた『Weatherview2』です。

そもそも数値データは“状態”を定量的に数値で表現したものに過ぎず、それぞれのデータを別個に眺めてみても“状態”を正しく把握することにおいては十分とは言えません。気象データで言えば、気温、湿度、気圧、風向風速…。これに緯度経度や高度といった地理的側面、さらには◯時間後、◯日後といった時間軸も加わります。言ってみれば気温、湿度、気圧、風向風速といった各気象データが四次元空間の中にあるというわけです。そして、それらが複雑に、また相互に影響しあって“状態”を産み出しているわけです。

「状態の可視化」とは、そのような複雑に絡み合った“状態”を、ビッグデータをもとに可視化する(再現する)ことを意味します。それも国の機関でも大学等の研究機関でもない日本の一民間企業、それも大企業ではなくて、資金力に乏しい中小企業が、自らの投資で挑戦しようというわけです。もちろん、言うは易しで、一筋縄ではいかない挑戦です。高価なスーパーコンビュータや並列コンピュータを使えるわけではないので、通常の市販のサーバー機で実現しないといけないわけですから(そうでないと、安価でのサービス提供はできず、とても実用的とは言えませんから)。さすがに分かっていてもどこも尻込みしちゃうんでしょう、世界を見渡してみても、これまでどこも実現していない取り組みです。

こうなると日本の中小企業のオヤジは燃えちゃうんですよね。

最近、私がハマっているテレビ番組に、NHK総合テレビで放送されている『超絶 凄ワザ!』という番組があります。この番組は毎回2組の職人や技術者のチームが登場し、これまでにない品質の作品作りに挑戦し、その完成度を競い、日本のものづくりの奥深さに迫る番組です。司会は千原ジュニアさん。

NHK 『超絶 凄ワザ!』番宣HP

たまたま2013年10月にパイロット放送された特別番組「激突 神ワザ! ~究極の“真球”を目指せ~」を観て以来、この番組にハマってしまいました。しばらく眠っていたエンジニア魂に再び火がつく感じがしちゃうんです。レギュラー番組化してからは、毎週、元気を貰っていました。私と同様のファンが多いのでしょう、今年度から放送時間が毎週土曜の20時15分から20時45分のゴールデンタイムに変更になり、とても見やすくなりました(NHKさんは『プロジェクトX』にはじまって、『プロフェッショナル』、そしてこの『超絶 凄ワザ!』…と、この手の番組作成が定番になっているようで、嬉しい限りです)。

この番組を観ていると、超絶な“凄ワザ!”を披露しているのは決して世界的に有名な大企業のエンジニアというわけではなく、その大企業の下請け等として頑張っている全国的には無名の中小企業(町工場)の“職人さん”がほとんどなんですよね。コンピュータによる自動制御等には頼らず、あくまでも自らの経験と勘、さらには微妙な指先の感覚だけを頼りに、とても人間ワザとは思えない超精密な金属加工等をこなしていくわけです。

この番組に強く刺激を受けて、私達もビッグデータ処理による気象の“状態の可視化”という難題に取り組んだようなところがあります。ITエンジニア、いや“IT職人”としての超絶な“凄ワザ!”の追求ってやつです(^^)d

幸い、近年のコンピュータ技術の進歩は目覚ましいものがあり、それまで不可能と思われていたことが、徐々に実現可能となってきました。CPUの演算速度やメモリの容量など、今の市販のサーバー機は、一昔前のスーパーコンビュータに迫るくらいの性能を発揮するレベルにまで到達していて、さらに日々進化を遂げています。まさに時節到来。このチャンスにたまたまITエンジニア出身の私が気象情報会社の社長を務めさせていただいているということに、「私がやらねばなるまい」…という強い“思い”に駆られちゃいました。「不幸にして気が付いちゃった」…ってやつです。一度しかない人生、気づいたのにやらないでいたら死ぬ時に後悔しちゃうことになりかねません。後悔したくないので“今、ここで時分がやるしかない!”と思っちゃう損な性分なんです、私σ(^_^;)

で、“状態の可視化”に取り組んだここまでの成果が『Weatherview2』ってことです。“2”は“バージョン2”ということ。ということはまだまだこれで満足はしていないということを意味しています。“状態の可視化”に向けてはまだまだやりたいこと、やるべきことが山積しています。“バージョン3”、“バージョン4”も考えていかないといけません。一歩一歩進めていくつもりでいます。

次号では『Weatherview2』について、概要をご紹介します。

執筆者

株式会社ハレックス前代表取締役社長 越智正昭

株式会社ハレックス
前代表取締役社長

越智正昭

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