2015/10/21

北のカナリアたちに逢いに最北限の島へ(その11)

フェリーターミナルのある香深港から内路とは反対側の南方向に5分ほど走ると知床港が見えます。知床とは、アイヌ語のシレトクを由来としていて、山の突き出た所を意味する地名です。北海道の東端にオホーツク海に突き出た同名の半島がありますが、ここ礼文島の知床も島の南端に半島のように突き出た地形のところです。その知床港を左折し、なだらかな坂道を上っていくと、可愛らしい赤い屋根の小さな建物が見えてきます。ここが映画『北のカナリアたち』の主たる舞台となった小学校(分校)のロケ現場です。

北のカナリアパーク0

その名も『北のカナリアパーク』。ですが、ここは元から実際にあった学校ではなく、映画の撮影用に特別に建てられたセットで、この撮影に使用された学校と教室のセットをロケ終了後も撮影当時のままの状態で保存しているところです。ですが、とても映画のロケで使われたセットとは思えないほど、この地にすっかり馴染んで、しっかりと建っています。おそらく暴風雪が吹き荒ぶ極寒の冬期のロケでも問題なく使用できるように、本物と同様、しっかりとした作りで作られていたのではないかと思われます。この小学校(分校)を見ていると、私の地元、四国の香川県小豆島にある映画『二十四の瞳』の舞台である「岬の分教場」を思い出します。どちらも岬の上に立つ「岬の分教場(分校)」ですからね。

北のカナリアパーク1

北のカナリアパーク2
北のカナリアパーク3

北のカナリアパーク4


近くに2本の赤い線の入った白い灯台もあり、入口の所にある石でできた門柱には「麗端小学校岬分校」の文字が読めます。学校の建物のその先には、礼文水道を挟んで利尻富士の雄大な姿が望めます。これ!、これです! 私はこの風景を自分の目で見たくて、遠くこの北限の島まで足を伸ばしてきたわけです。もう、涙が出そうになるくらいの感激ものでした(T_T)

レトロな雰囲気を醸し出す校舎に一歩足を踏み入れると、主演の吉永小百合さんと生徒達がお出迎えしてくれます(もちろん本物ではなく、等身大のパネルですが…)。急ぎ足で校舎内を巡ってみました。教室には、ロケで使われた机や椅子、ピアノや黒板が撮影当時のまま展示されています。う~~~~ん、あのシーンを思い出します。映画で描かれた世界が甦ってきます。映画の撮影の様子の写真も展示されていて、大変に興味深いものがありました。

北のカナリアパーク5

北のカナリアパーク6


あれだけ楽しみにして、やっとやって来たので、本当はもっとゆっくりと時間をかけて校舎の内部の隅々や、展示されて撮影の様子等も見たかったのですが、あいにく帰りのフェリーの出発時刻が迫ってきているので、約15分間だけいて、メチャメチャ後ろ髪が引かれるなか、香深港に戻ることにしました。振り返ると、海の向こうに見える美しい利尻富士が可愛らしい赤い屋根の小さな校舎とあいまって、大変印象深い綺麗な光景でした。

私の我儘に付いてきた妻も、大変満足そうでした。香深港に戻り、レンタカーを返してフェリーターミナルに入ったのが15時40分。フェリーの出港まで25分ですので、ちょうどいい時間でした。

16時05分発利尻島鴛泊港行きのハートランドフェリーは既にバースに接岸していました。船名を見ると「サイプリア宗谷」。行きに乗った「ボレアース宗谷」と同型船3隻の中の1隻ですが、就航年が平成20年なので、3隻の中でも最も新しい船です。ほどなく乗船時刻が来たことを知らせる案内放送が流れ、乗船しました。行きと同じく1階後部甲板のベンチ席に腰を下ろしたのですが、下の岸壁のほうがやたらと騒がしいので、そちらのほうを見に行きました。男性ばかり3人の若者が、大声をあげて歌いながら派手な身振りで踊っています。どうも歌と躍りで“お見送り”をしているようです。

帰りのフェリー1

帰りのフェリー2


木村課長に「なんだろね、あれ?」って訊いたところ、木村課長は笑いながら、「あれが有名な桃岩荘ユースホステルですよ」と教えてくれました。「桃岩荘ユースホステル」名物の“お見送り”のようです。この「桃岩荘ユースホステル」は香深港から一山越えた礼文島の西海岸の桃岩というところにあるユースホステルで、HPによると、実際に使用されていた鰊番屋を改造した建物を使用しているようです。私は知らなかったのですが、その筋では超有名なユースホステルのようで、昔ながらのミーティングが売り物で、宿泊者も一緒になった歌と踊りのバカ騒ぎが有名なユースホステルということのようです。

中でも、港でのヘルパーによる旗乱舞の“お出迎え”と、歌と踊りによる盛大な“お見送り”が有名で、私達が見掛けたのもその“お見送り”でした。それにしても、この“お見送り”、凄いの一言で、一見の価値はあります。ただ、あまりに過激すぎて、私はちょっと引いちゃいましたが…(苦笑)。妻は喜んでいました。この日は男性3名がお見送りされていましたが、どの目にも涙が浮かんでいました。ユースホステル内で何が行われたのかは私には分かりませんが、明らかに私よりも年長の方も含む大の男3人が揃って涙を浮かべるなんて、大変に思い出に残る“おもてなし”を受けたのは確かなようです。

木村課長からは「社長も是非桃岩荘ユースホステルにお泊まりになられてはいかがですか。“食わず嫌い克服シリーズ”で是非!」
と勧められましたが、それだけはご遠慮しておきます。正直言うと、ああいうの決して嫌いではないのですが、あまりに過激すぎて、私のリミッターを超えています(^_^;) いくら“食わず嫌い克服シリーズ”とはいえ、乗馬の時と同様、生理的に受け付けられないものは無理というものです。「いやいや、遠慮しとくよ」と、丁重にお断りしました(笑)

定刻の10時05分、私達を乗せたハートランドフェリーの「サイプリア宗谷」は静かに香深港フェリーターミナルのバース(岸壁)を離れました。いや、正確に言うと、静かではなく、“お見送り”をする「桃岩荘ユースホステル」のヘルパー達の歌と踊りのテンションが一段と上がり、「こいつら誤って海に落ちてしまうのではないか…」と心配させられる中での出港でした(笑)。

帰りのフェリー3

帰りのフェリー4
帰りのフェリー5

帰りのフェリー6


徐々に礼文島が遠ざかっていき、反対に利尻島の利尻富士の大きさが大きくなっていきます。見ると、『麗端小学校岬分校(北のカナリアパーク)』の赤い校舎の屋根と、近くの赤と白の灯台の姿が見えます。礼文島はホント印象に残る素晴らしいところでした。ホント、来てよかったぁ~(^.^)

利尻島の鴛泊港に着いて、レンタカー2往復でベースキャンプのキャンプ場に戻ってきました。戻ってくると、キャンプ場はテントの数が随分と少なくなっていました。多くの皆さんが既に家路についたのでしょうか。私達も明日には東京に戻るので、今夜が北限の島への今回の旅行の最後の夜になります。礼文島でかいた汗を利尻富士温泉で流してサッパリし、この日の反省会に出掛けました。

この日の反省会も鴛泊にある漁師居酒屋での開催です。昨夜の『魚勝』ではなく、今夜は『力丸』。ここも現役の漁師さんが営んでいる居酒屋さんです。暖簾をくぐってまず目に入るのが、天井から下がっている多彩な漁具や剥製になった魚の数々。さすがに現役の漁師さんが営んでいる居酒屋です。使えなくなった漁具の再利用なんでしょうが、なかなか魅力的な装飾です。

力丸1

力丸2
力丸3




中には小さな子供用のウェットスーツなども柱にかけてあります。「私が着て1回海に入ったら、ここまで縮んじゃったの」と『力丸』のおかみさんは笑っていましたが、もちろんこれは冗談で、これは立派な子供用。利尻島の漁師の子供達は小さい頃からこういうウェットスーツを着て、父親と一緒に漁に出て、親から子へいろいろなことを伝えているのだろうな…と勝手に想像しちゃいました。自然のことは学校の授業だけではなかなか学べません。自然を読むには感覚的なことも多く含まれるため、やはり、小さい頃から肌身で覚えることが一番です。しかも、「風土」という言葉があるように、世の中の最底辺のインフラは“地形”と“気象”。その地域その地域ごとに特性というものがありますから、一般論だけではとても通用せず、その地域の特性にあった特別な知識を学ばなくてはいけません。それにはその地域のことを一番知っている人から学ぶのが一番です。素晴らしい!

もちろん料理は地元で獲れた新鮮な海産物を使った海鮮料理(^^)d 前夜、地元ならではの料理は『魚勝』で食べたので、今夜はどちらかというと、刺身や揚げ物といった定番料理が主体でした。定番料理とは言え、さすがに現役の漁師さんが営んでいる居酒屋ということもあって地元で獲れた食材を使った料理は美味しかったです。私はお酒は弱いのですが、それでもついついお酒が進んじゃいました。利尻島最後の夜ということで、宴席も大いに盛り上がりました。

この夜も満天の星空を見上げながら、ベースキャンプのキャンプ場に歩いて帰りました。さすがに北緯45度にある北限の島、9月の初めといっても、頬にあたる空気が冷たく、お酒に酔った身体には心地よかったです。また肉眼でこんな綺麗な天の川を見ることができるのかなぁ~…なぁ~んて思っちゃいました。それには高い山に登って高地でキャンプするか、再びこの北限の島に来るしかないですね。

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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