2016/02/03

大関・琴奨菊、10年ぶりの日本出身力士優勝

大相撲初場所は千秋楽の1月24日(日)、大関・琴奨菊(佐渡ケ嶽部屋)が大関・豪栄道を立ち合い左四つから土俵際まで一気に寄って最後は“突き落とし”で勝ち、14勝1敗とし、嬉しい初優勝を飾りました。日本出身力士の優勝は、2006年初場所の大関栃東(現・玉ノ井親方)以来10年ぶりのことです。

今場所の琴奨菊は得意のがぶり寄りが光り、初日から12連勝。特に11日目の横綱白鵬との全勝対決で勝つなど、鶴竜、日馬富士の3横綱を連破しました。私は11日目に横綱白鵬に勝った一番あたりから注目をはじめ、毎日、帰宅後にテレビのスポーツニュースで、琴奨菊のその日の相撲を観るのを楽しみにしていました。今場所の琴奨菊は、とにかく強かったです。立ち合いから突き押し一本の直線的な相撲ばかりで、決して器用な力士ではないのですが、今場所の琴奨菊はその直線的な相撲が光り輝きました。今、あの勢いは誰にも止められないな…って感じのものでした。

場所後、多くの相撲関係者が「いったい琴奨菊になにがあったのか?」とクチを揃えてコメントされていましたが、そうコメントされてもおかしくないほどの変貌ぶりでした。

琴奨菊は1984年1月30日、福岡県柳川市の生まれ。高知県の名門・明徳義塾中学・高等学校に相撲留学して、中学3年の時には中学横綱となりました。高校卒業後、佐渡ヶ嶽部屋へ入門し、琴菊次として2002年1月場所初土俵。2年後の2004年の1月場所に十両に昇進し、琴奨菊と改名。2005年1月場所では新入幕を果たしました。2007年3月場所で新三役(関脇)に昇進、2011年9月場所後に大関に昇進しました。この時、27歳。久々の日本人大関として大いに期待されたものの、その後は度重なる大怪我により成績は低迷します。

大関は2場所連続して負け越すと、大関の地位を陥落しなくてはならず、一度負け越して後がなくなった状態の大関のことを“カド番”と呼ぶのですが、琴奨菊は大関在位26場所で5回の“カド番”を経験しています。毎回、なんとか勝ち越して“カド番”を脱出し、大関の地位を守るものの、それ以外の場所も9勝6敗や8勝7敗といった際どい勝ち越しばかりが続き、なかなか大関らしい2桁の勝ち星をあげることができないできました。

それがここに来ての今回の快進撃と初優勝です。多くの相撲関係者が「いったい琴奨菊になにがあったのか?」と首を捻るのも分かる気がします。巷ではメチャメチャ美人の奥さんと結婚したので、発奮したのではないか…という声も流れているようですが、たぶん、そういうことも関係しているのかもしれません。怪我を治して体調が万全に戻り、気持ちが充実したら、このくらいの成績を残すことは十分に考えられる力士ですから。外国人力士が番付上位を占める中、27歳で大関に昇進したほどで、もともと類い稀れな実力(素質)の持ち主なのですし。

ちなみに、31歳11ヶ月での初優勝は、年6場所制が定着した1958年以降では霧島の31歳9ヶ月を抜いて旭天鵬、貴闘力に次ぐ第3位の年長記録です。また、初土俵から84場所かかっての初優勝は、優勝制度が制定された1909年5月場所以降、隆の里に次いで6番目に遅いスロー記録です。さらに、新入幕から66場所かかっての初優勝は、1909年5月場所以降、旭天鵬に次いで2番目のスロー記録。大関26場所目での初優勝は、昭和以降の新大関で、21場所の千代大海を上回る史上最もスローな記録です。ついについに“遅咲きの大器”が長い眠りから目覚めたということなのでしょう。これは期待です。

前述のように、この大関・琴奨菊の優勝に関しては、2006年初場所の大関栃東(現・玉ノ井親方)以来10年ぶりの『日本出身力士の優勝』として話題になっています。

この10年間はモンゴル出身の朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜や欧州出身の琴欧洲ら外国勢が優勝を続けてきました。年6場所ですから、10年間というと60場所です。10年というよりも、60場所連続で外国人力士が優勝してきた…と書いたほうが、その希少価値が分かろうというものです。

もっとも、この間、日本国籍を取得したモンゴル出身の旭天鵬(現・大島親方)が2012年5月場所で平幕優勝しているため、『日本人力士の優勝』という表現は使われず、あくまでも10年ぶりの『日本出身力士の優勝』という回りくどい表現になっています。

この『日本出身力士の優勝』という表現に関しては、納得がいかない…とか、旭天鵬に失礼だ…という意見も中にはあるようで、私もまったく同じ意見です。まぁ~、そう言いたくなる気持ちもわからなくもないですね。そもそもそんな長期間にもわたって優勝できなかった日本生まれの力士があまりに不甲斐なかったために、余計な批判が出てくるのではないでしょうか。相撲は日本の『国技』ですから、やっぱり日本人がトップでないといけない…と古くからの相撲ファンの中には思っている人も多いのではないでしょうか。

しかし八百長問題や野球賭博、暴力による死傷事件など、負の連鎖続きだった日本相撲協会のこの10年間を支え続けてきたのは、実は朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜といったモンゴル出身力士や琴欧洲ら欧州出身力士の皆さん方でした。彼等の頑張りがなかったなら、日本の『国技』は完全にファンの支持を失い、廃れてしまったかもしれません。廃れなくても、少なくとも、取り組みのレベルは低下して、面白いものにはなっていなかったのではないか…と私は思っています。それに対しては、私は相撲ファンとして、朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜といったモンゴル出身力士や琴欧洲ら欧州出身力士の皆さん方には感謝してもしきれないくらいに思っています。特に、相撲という日本古来の伝統競技を通して、日本の歴史と文化を心の底から理解してくれて、国籍まで変えて日本人になってくれた旭天鵬など一部の力士には、本当に頭が下がる思いがしています。彼等こそ、本当の日本人なのではないか…と、私は思っています。

琴奨菊の優勝だけで、日本出身力士の地位が回復したとは言えません。日本出身力士にとってはこれからが本当の正念場です。これまで日本の『国技』を支えてくれたモンゴルをはじめとした諸外国出身の力士と、対等に渡り合える力士がこれからどんどん出てきてもらいたいものだと思います。琴奨菊の優勝を、同じく日本出身力士の大関・稀勢の里や大関・豪栄道はどう見たか…。まずは春場所で、お手並みを拝見することにしたいと思います。

中でも、特に私が注目しているのが、優勝した琴奨菊に、13日目、この場所唯一の黒星をつけた東前頭7枚目の豊ノ島関(時津風部屋)です。豊ノ島関は1983年6月26日生まれですから、琴奨菊関とは同学年。しかも、高知県宿毛市出身で宿毛高校相撲部の出身。前述のように琴奨菊関も高知県の明徳義塾中学・高校に相撲留学していたので、中学時代からのよきライバル関係です。大相撲への入門も同期。お互い、競いあって切磋琢磨して現在の地位にまで昇ってきた相手です。

この豊ノ島関、身長が169cmと巨漢力士揃いの大相撲の力士としては小さく、これまで怪我も多かったので、最高位が東の関脇で、最近は平幕での出場が多いのですが、三賞受賞10回、平幕でありながら横綱を破る金星4回という相撲巧者で、ツボに嵌まると時々目覚めたように大活躍する面白い力士です(私はこういうタイプの力士が大好きです)。

2016年1月場所も、13日目にはその前日までに3横綱を次々と破り無敗だった琴奨菊にとったりを決めて勝利し、平幕で唯1人千秋楽まで優勝の可能性を残して優勝争いに加わり続けました(優勝した琴奨菊のこの場所唯一喫した黒星はこの13日目の豊ノ島戦でした)。残念ながら14日目の嘉風戦に勝利した際に左膝を痛めた影響で、千秋楽は栃煌山に突き出しであっけなく敗れて3敗目を喫し、優勝争いから脱落したのですが、それでも12勝3敗の好成績で場所を終え、優勝した琴奨菊に唯一の土を付けた事が評価されて3度目の殊勲賞を受賞しました。小兵力士ゆえ、上位定着はなかなか難しいところではあると思いますが、この豊ノ島関の今後にも注目です。

そうそう、2016年1月場所千秋楽、豪栄道に勝って優勝を決めた大関・琴奨菊を東の花道で迎え、両肩に手を回しながら「よかったね」とライバルの初優勝を祝福した豊ノ島関の姿が、彼の人柄が表れていて、印象的でした。その一方で、豊ノ島関は「(琴奨菊は)優勝してくれて一番嬉しい相手だが、優勝されて一番悔しい相手でもある」と複雑な心境も吐露しています。こういう琴奨菊関と豊ノ島関とのライバル関係、本当にいいですね。実に素晴らしい光景でした。


【追記】
トップスポーツ選手がプレーに入る前に集中力を高めるために行う儀式のような一連の動作、“ルーティン”。ルーティンと言えば、ラグビー日本代表の五郎丸歩選手がプレースキックの前に両手を組む“五郎丸ポーズ”が有名ですが、琴奨菊関にも取組直前に集中力を研ぎ澄ませるルーティンがあります。その名も「琴バウアー」。最後の仕切り前に、大量の塩を利き腕の左手で取って振り向き、両腕を大きく広げて上体を思い切り後ろに反らします。2006年に開催されたトリノ冬季オリンピックの女子フィギュアスケートで金メダルを獲得した荒川静香選手の得意技「イナバウアー」に似ていることから、「琴バウアー」と呼ばれているようです。

もともとは琴奨菊関が取組直前に集中力を研ぎ澄ませるための一連の動作なのですが、この「琴バウアー」、見ているほうも気持ちが高ぶってくる、なかなか素敵なルーティンです。琴奨菊関がその動作を確立させたのは5年前の名古屋場所のようです。初めての大関獲りの場所で大関獲りに失敗し、「新しい自分を作る」と模索を繰り返して、なんとか辿り着いたルーティンのようです。そしてこのルーティンを取り入れた翌場所後に大関に昇進したのだそうです。

このルーティン「琴バウアー」も琴奨菊が強くないとファンの方々になかなか受け入れてもらえないものなのですが、今回の優勝で一気にファンの皆さんの間にも浸透したようです。今や琴奨菊関が「琴バウアー」を披露すると、それだけで館内が大いに沸くようになっています。来場所は琴奨菊関の綱獲りと一緒に、この「琴バウアー」にも注目ですね。

執筆者

株式会社ハレックス前代表取締役社長 越智正昭

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越智正昭

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