2016/06/20

中山道六十九次・街道歩き【第1回:日本橋→板橋】(その4)

 巣鴨地蔵通り商店街の北側の入り口のところに猨田彦大神を祀った小さな神社「庚申堂」があります。猨田彦(サルタヒコ)は『古事記』および『日本書紀』の天孫降臨の段に登場する神です。天孫降臨の際に、天照大神に遣わされた瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を道案内した国津神とされています。『古事記』では猿田毘古神あるいは猿田毘古大神、猿田毘古之男神、『日本書紀』では猿田彦命と表記されます。『古事記』や『日本書紀』においては伊勢国五十鈴川のほとりに鎮座したとされていますが、中世には、道教に由来する庚申信仰や道祖神とも結びつき、主として道中安全祈願の神社として全国の街道沿いに多く建てられています。ここは板橋宿の一つ手前の立て場(宿場と宿場の間の休憩所)でもあり、昔は中山道を旅する旅人で大いに賑わったといわれています。猨田彦大神を祀った神社らしく、神社の入り口では狛犬(こまいぬ)ならぬ狛猿(こまざる)が迎えてくれます。狛猿の下部には「みざる」「きかざる」「いわざる」の3匹の猿の像も彫られています。

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 庚申堂のすぐ近くに都電荒川線の庚申塚停留所があります。この庚申塚停留所は相対式の2面2線のホームを持つ駅ですが、ワンマン運転の路面電車(荒川線はほとんどの区間が専用軌道ですが‥‥)の駅のため、無人駅になっています。確か三ノ輪橋方面のホーム上には“おはぎ”で有名なお店があります。かつて東京都23区内を中心にそれこそ縦横無尽に路線網を展開していた都電(路面電車)の路線も、今ではその大半が廃止され、路線バスに転換されてしまいました。そうした中にあって、唯一現存している路線がこの都電荒川線です。東京都23区内で路面電車タイプの車両を用いて営業を行う軌道線は、この都電荒川線と東急世田谷線を残すのみとなっています。カンカンカン‥‥という乾いた音の警笛音が鳴り、目の前の踏切を単行(1両編成)の都電荒川線の電車がゆっくりと通り過ぎていきます。ゴォゴォという車輪がレールを噛む音と、ガタゴトという車輪がレールの継目の上を通過する音、それにギュイーンって感じのモーター音が重なって、とぉ〜ってもいい感じです。鉄チャンにはたまりません! ウワッ!、雰囲気いい! でも、車両が最新型の車両だったのがちと残念。昭和の香りが色濃く残るこの庚申塚停留所の周辺の風景には、もうちょっとレトロな感じの車両が似合います。都電荒川線、ここ10年ほど乗っていないので、また今度乗りに来ようと思っちゃいました。

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 都電荒川線の線路を渡り、旧中山道をさらに真っ直ぐ北東に進みます。途中脇道を入って千川上水公園に立ち寄りました。この公園、見掛けはただの児童公園なのですが、ここには江戸時代に千川上水で使われた掘割が今も昔のままの形で残っています。千川上水は、江戸の街の人口増加と 市街地拡張への対策として、元禄9年(1696年)に玉川上水の分水として開削されました。この千川上水公園から中山道の道路下(すなわち地下)に敷設された木管(掘割)を通って、本郷、小石川、上野、浅草方面に給水がされていました。なるほどぉ〜! 昼食を摂った東京都水道歴史館の見学で得た知識が、さっそくここで活きます。道路網や水道網といったインフラの整備を語らずして、当時世界最大の都市だった江戸の歴史や繁栄というものは語れませんね。面白い!

 滝野川にある日本橋から2つ目の一里塚も過ぎたので、この第1回の目的地である板橋、すなわち中山道最初の宿場“板橋宿”はもうすぐです。JR板橋駅の東口の近くに板橋処刑場の跡地があり、そこにあの新撰組の局長であった近藤勇の墓所があります。

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 幕末の慶応4年(1868年)、鳥羽・伏見の戦いで敗れた近藤勇率いる新選組は、幕府の軍艦で江戸に戻り、今度は江戸を守るために奔走します。新撰組は甲陽鎮撫隊と改名、甲斐の国の甲府で新政府軍の進軍を食い止めようとしますが、甲州勝沼の戦いで新政府軍に敗れて再び敗走します。ちなみに、新政府軍の東山道先方総督軍は信濃の国の諏訪から中山道と甲州街道に分かれて江戸へ進軍してきました。敗走した近藤らは残った幕府勢力を再編成して、会津において再起を図る計画を立て、下総の国の流山(千葉県流山市)に屯集したのですが、新政府軍の追撃を受け、無念、近藤勇は捕縛されてしまいます(自ら出頭したという説もあり、このあたりははっきりしません)。捕縛された近藤勇は、新政府軍の総督府が置かれた板橋宿まで連行され、この板橋宿近くの板橋刑場で斬首されました。享年35歳(満33歳)の若さでした。首は京都の三条河原に梟首された(その後の首の行方は不明)ので首塚はありませんが、胴体はここに埋められ、供養碑が建てられています。板橋宿に新政府軍の総督府が置かれていたということは、新政府軍の主力は中山道を通って江戸に進軍してきたということです。また、斬首された近藤勇の首も、おそらく中山道を通って京都の三条河原まで運ばれたのだと思われます。

 私は通勤にJR埼京線を使っていますので、平日はほぼ毎日のようにこの板橋を朝晩通っています。私が現在のさいたま市中央区に転居して以来のことですから、それはもう28年になります。中でも最初の17年間はこの板橋駅でJR埼京線から東京都営地下鉄の三田線に乗り換えて芝公園に通っていたので、実は私にとって板橋駅は最も馴染みの深い駅の1つと言えます(JR板橋駅と三田線の新板橋駅の間の乗り換えには5分ほど街を歩かないといけませんし)。そんな私でもあの近藤勇が斬首された処刑場の跡と供養塔が板橋の、しかも馴染みのJR板橋駅のすぐ近くにあることを、これまでずっと知りませんでした。もちろん、近藤勇が板橋で斬首されたということは小説等を読んで知ってはいましたが、その場所がJR板橋駅のほんの目の前のようなところにあったとは‥‥、これには本当に驚いてしまいました。この中山道六十九次・街道歩きのツアーに参加して初めて知ることがいっぱいあります。まさにリアル『ブラタモリ』です。

 ちなみに、近藤勇の供養碑ですが、建立したのは新撰組二番隊組長だった永倉新八。あの沖田総司よりも強かったと言われる剣の達人です。供養碑では近藤勇の名前が「近藤勇宣昌」となっていますが、正しくは「昌宣」。うっかりミスとは思えないので、何かの意図があるのかもしれません。碑の右側面には新撰組の戦死者40名、左側面には病死者、切腹、隊規違反で処刑された人64名の名前が刻まれています。碑の左には無縁仏を祀る碑があり、右隣には慶応4年に作られた近藤勇の墓(胴体が埋葬されています)があります。また、箱館の五稜郭で戦死した新撰組副長・土方歳三の供養碑と、碑の建立者・永倉新八の墓もあります。新撰組には惹かれるものがあり、今も多くの根強いファンがいらっしゃいますが、そうした新撰組ファンの方々にとってはここはたまらない場所のようで、今もこの場所を訪れる人が絶えないそうです。

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 中山道はここでJR埼京線の線路を踏切で横切り、JR板橋駅の西口ロータリーの横に出てきます。私が毎日の通勤で17年間も利用してきたJR板橋駅の西口ロータリーですが、こうして中山道を歩いてやって来ると、電車から降りた時とはまるで違った雰囲気というか角度というか様相で眺められ、とても新鮮な感じがします。少なくとも、ここに『中山道』という道路標識が出ていることを、今回初めて気付きました。

 今回のゴールはJR板橋駅近くの児童公園でした。ウォーキングリーダーと添乗員さんの挨拶の後、ストレッチ体操をして解散したのですが、参加した皆さんのお顔は達成感に満ち溢れているようにも窺えました。私もしっかりリアル版『ブラタモリ』を楽しませていただきました。ホント大いに知的好奇心をくすぐられました。移動距離は約9kmということでしたが、スマホに付いている万歩計によるとこの日の歩数は約2万8千歩。けぇ〜っこう歩かせていただきました。運動不足の解消にはなりましたが、翌日の筋肉痛が気になります。妻も1年前に自転車を電動アシスト付きに替えて以来、脚力がガクって落ちたと言っていたので、私と同じ感想を持ったようです。

 この『中山道六十九次・街道歩き』というこの企画、大いに気に入ったので、次回第2回も参加することにして、さっそく申し込みました。第2回はこの板橋宿から次の宿場町である蕨宿までの約10kmです。荒川を渡って、埼玉県に入ります。28年間も暮らしてきた埼玉県ですが、私は典型的な“埼玉都民”で、地元のことをほとんど知らないので、この街道歩きツアーに参加して、いろいろと教えていただこうと思っています。楽しみです。この『中山道六十九次・街道歩き』、全29回3年間に渡る企画なので、京都の三条大橋まで辿り着けるか、いやそれ以前に、どこまで参加できるか皆目分かりませんが、せめて関東地方(群馬県)を抜けるあたりまでは毎回参加してみようと思っています。

 今回、私と妻は初めての参加だったので、ともにジーンズにスニーカーという軽いいでたちだったのですが、歩いている途中で不自由さを感じて、この靴と格好ではアスファルトの上を長距離歩くウォーキングはダメだと思っちゃいました。これは妻も同じだったようで、他の多くの参加者の皆さんのようにちゃんとしたウォーキング用の靴とちゃんとストレッチするズボンを買ってきて、次回参加する時には街道歩き用に相応しい格好に変えよう‥‥と言い合いました。街道歩きをナメてはいけないってことのようです。


――――――――〔完結〕――――――――

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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