2016/11/07

中山道六十九次・街道歩き【第6回: 鴻巣→熊谷】(その5)

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「みかりや」という茶店跡碑があります。この「みかりや」、忍藩の殿様が鷹狩りに来ると、ここで休んだので、「御狩屋(みかりや)」と呼ばれたのだそうです。中山道を往来する旅人相手の茶店で、「しがらぎごぼうに久下ゆべし」という言葉が残っているそうで、柚餅子(ゆべし)が名物だったのだそうです。

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なにげない生活道路のような道を進むのですが、ここが中山道。ところどころにビックリするくらい立派な古い家が建っていて、この道路が旧街道の沿線だったことが偲ばれます。

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久下直光が開基した東竹院です。この寺院の前には安政5年(1858年)に建立された庚申塔や馬頭観音の碑、石仏が2体祀られているそうです。この東竹院は前述の久下直光の開基によるもので、境内左手に久下直光とその子・久下重光の墓や、荒川の洪水で流されてきたという達磨石なる大石があるそうなのですが、時間の都合で、前を通り過ぎるだけです。

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熊久橋という小さな橋を渡ります。熊谷と久下の境にあるので熊久橋。この下を流れる川とは言えないほど細い川が実は元荒川。川幅は狭いのですが、驚くほど水の綺麗な川です。その名のとおり、荒川と利根川が合流していた時代の荒川の本流、元々の荒川で、ここから岩槻を経て越谷の先で中川に合流しているとは思えないくらいです。寛永6年(1629年)に徳川家康の命を受けた関東軍代の伊奈忠次により熊谷市久下で荒川が締め切られ、入間川水系の和田吉野川、市野川を経由し、入間川に付けかえられたため、荒川の本流からは切り離されました(荒川の西遷)。また、かつてはかなり蛇行した流路の川だったのですが、同時期に流路がほぼ直線に整備されて今に至っています。残された元荒川はこの近辺の湧き水が集まって源流となっているため、前述のように大変に水の綺麗な川で、水草も繁茂しています。2008年には、環境省から「平成の名水百選」に選定されています。この川には世界でこの熊谷市の元荒川にしか棲息が確認されていない埼玉県指定天然記念物の「ムサシトミヨ」が棲息しています。この「ムサシトヨミ」、“トゲウオ”の一種で、背びれや腹びれに鋭い棘(トゲ)があるのが特徴で、埼玉県の魚でもあります。

熊谷市公式HP

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曙・万平自治会館の脇に祠があり、「八丁の一里塚跡」の案内板が立っています。江戸の日本橋から数えて16里目の一里塚、今日出逢った3つ目の一里塚です。今日も随分と歩いてきました。今は小さな公園となっていて、簡単な説明板があるだけです。ちなみに、渓斎英泉の浮世絵『木曽街道六十九次』では「熊谷宿 八丁堤ノ景」で描かれているところでもあります。

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八丁の一里塚を過ぎ、JR高崎駅の手前で秩父鉄道の線路を踏切で渡り、高架になっている上越新幹線のガードを潜り、高崎線の線路を踏切で渡ってしばらく進むと、旧中山道はついに現在の中山道、国道17号線と合流します。この先しばらくは国道17号線が現旧ともに中山道です。その交差点を左折するといよいよ熊谷宿入り口です。

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熊谷次郎直実に由来する熊谷宿は、秩父などへの脇道も多く、日本一の規模の本陣を持つなど、交通の要衝として大いに栄えたと伝えられています。本陣2、脇本陣1、旅籠の数は19。宿の規模では中山道六十九次の宿場の中ではこの先の本庄宿に次いで大きい宿場だったのですが、旅籠の数が19と極端に少なく、それは領主の忍藩の方針で飯盛女が置かれず健全(?)な宿場だったので、すぐ隣の深谷宿へ泊まる旅人が多かったためだといわれています。第二次世界大戦終戦直前の昭和20年8月14日の深夜から15日の未明にかけて最後の空襲を受け、宿場の雰囲気を伝える市内の7割の町並みが焼失してしまって、宿場町としての遺構は今ではほとんど残っていません。終戦がせめてあと12時間早ければ…という無念な思いが今も残ります。

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この日の中山道六十九次・街道歩き【第6回: 鴻巣→熊谷】はここまで。この日も随分と歩かせていただきました。JR熊谷駅から高崎線でさいたま市の自宅に帰ったのですが、JR熊谷駅の駅前には、平敦盛を討った武将・熊谷直実の勇壮な像が建っていました。

自宅に帰ってスマホの万歩計機能で確認してみると、この日歩いた歩数は26,446歩、歩いた距離は19.4kmでした。この歩数は前回の【第5回】とほぼ同数で、ホントよく歩きました。

次回第7回は、この熊谷宿から次の宿場・深谷宿を目指します。


――――――――〔完結〕――――――――

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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越智正昭

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