2017/01/18

中山道六十九次・街道歩き【第7回: 熊谷→深谷】(その5)

深谷と言えば前述の「深谷ねぎ」というのが一般的には知られているところですが、煉瓦(レンガ)を連想する人は少ないのではないでしょうか。しかし深谷には明治20年(1887年)から操業を続けている日本煉瓦製造株式会社という煉瓦工場がありました。この会社は日本で最初の機械式煉瓦工場で、前述の渋沢栄一らにより設立され、東京駅をはじめ明治から大正にかけて多くの近代建築物がこの会社(深谷産)の煉瓦を使って建設されました。

深谷市公式HP

見返りの松から道路を挟んで反対側にあるこの埼玉県立深谷第一高等学校の校門付近も、実に見事な煉瓦(レンガ)作りです。

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今回は訪れませんでしたが、深谷市の見どころの一つ、と言うか、今や深谷市のシンボル的な存在になっているのがJR深谷駅の駅舎です。先ほど東京駅(丸の内側)の重厚な建物の煉瓦はここ深谷で生産されたものだということを書かせていただきましたが、平成8年に竣工された現在のJR深谷駅はそのJR東京駅を模した煉瓦造りの駅舎になっています。この煉瓦造りの駅舎は「関東の駅百選」にも選ばれています。

見返りの松を過ぎて国道17号を渡ったこのあたりから深谷宿に入ります。深谷宿は中山道六十九次のうち、江戸日本橋を出て9番目の宿場町です。中山道有数の規模を誇っていて、本陣1(飯島家)、脇本陣4、旅籠80余を有し、江戸を出立した旅人がニ泊目に宿をとる宿場でした。一泊目が上尾宿か桶川宿に宿をとる旅人が多かったと言われていますが、その上尾宿や桶川宿からも相当な距離があります。約40kmといったところでしょうか。江戸時代の人はつくづく健脚だったんだなぁ〜って思います。

深谷宿は前述のように忍藩の方針で飯盛旅籠を置けなかった熊谷宿とは異なり、飯盛旅籠や遊郭が大変多かった宿場と言われています。渓斎英泉の描いた浮世絵「木曽街道(中山道) 深谷之駅」では、大勢の飯盛女の姿が描かれており、これが目当てで深谷宿で宿泊する客も多かったと言われています。商人も多く、大いに栄えました。夏の風物詩である「深谷七夕祭り」も、元は飯盛女の星祭りが起源とされています。五の日、十の日に市が立ちました。

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天保11年(1840年)に建立された常夜燈です。このあたりが深谷宿の江戸方の入口でした。

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行人橋です。橋は深谷宿の真ん中あたりに位置しています。この行人橋という橋の名前の由来ですが、昔、この橋の近くにいた行人(ぎょうにん)という僧が、この下を流れる唐沢川の洪水でたびたび橋が流されるのを嘆き、もらい集めた浄財で橋を架けたのだそうで、以来、その橋は「行人橋」と呼ばれるようになったのだそうです。橋のたもとに明治31年に建立された行人橋碑が建っています。ここに橋の名前の由来が刻まれています。木橋がほとんどだった時代に、主要街道の橋梁ということで、最初から石橋で造ったということも書かれています。

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この日の深谷は産業祭りというイベントが開かれていて、ウォーキングリーダーさんや添乗員さんはその祭りの最中で大賑わいの中をこれだけの団体で深谷宿に入っていったらどうなるだろうか…と心配していたのですが、私達が深谷宿に入っていったのは16時直前。この日の祭りは16時までだったようで、町中に「蛍の光」のメロディーが流れて、撤収作業が始まっているところでした。産業祭りではサンバカーニバルのパレードもあったとのことでしたので、そのサンバカーニバルのパレードの後ろをついて歩いていけるのではないかと妙に期待していた良からぬオッサン連中も何名かいたようですが(不肖、私も含め)、世の中そんなに甘くはなかったようです(笑)

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「きん藤旅館」、ここは脇本陣の跡です。この「きん藤旅館」は文政年間(1818年〜1830年)、深谷宿で旅籠として開業したことに始まります。「きん藤」という屋号は、創業者の藤平(とうべい)が近江国(滋賀県)の出身であったことから、近江の「近」と藤平の「藤」を取り、「近藤(きんとう)」となったのだそうです。また、この建物の裏には「明治天皇深谷御小休所趾」という石碑があるのだそうです。

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深谷の街を歩いていると、煉瓦造りの建物が目につきます。赤茶色のザラっとした感触のもたらす温もりの中にも、どこかノスタルジックな哀愁のある煉瓦の持ち味は、落ち着いた深谷の町並みによく似合います。

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酒蔵「藤橋藤三郎商店」です。江戸時代の末期、嘉永元年(1848年)に創業した酒蔵で、創業者の藤橋藤三郎は越後国(新潟県)の柿崎(現在の上越市)より現在の地に移り酒造りを始めました。「東白菊」という銘柄の清酒を醸造しています。店舗裏側の敷地には歴史的に価値のある深谷煉瓦(レンガ)で造られた煙突や蔵、井戸などが残っていて、平成25年3月、煉瓦造りの煙突が埼玉県知事より「景観重要建造物」に指定されました。

実は埼玉県は全国でも有数の酒どころで、県内には30を超す酒蔵があり、その多くは100年以上の歴史を持つ由緒ある酒蔵です。深谷市内には今でも「滝澤酒造」、「藤橋藤三郎商店」、「丸山酒造」という3軒の酒蔵が営業をしています。

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深谷宿の中をさらに先に進みます。

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深谷宿唯一の本陣、飯島本陣跡です。今は飯島印刷所になっています。深谷宿の本陣職は、当初、田中万右衛門家が担っていたのですが、宝暦2年(1752年)に飯島条右衛門家が引き継ぎ、明治3年(1870年)まで務めました。

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「旧七ツ梅酒造」です。ここは元禄7年(1694年)、近江商人の田中藤左衛門が創業した酒造メーカー「田中藤左衛門商店(創業時の屋号は十一屋)」の跡地です。「七ツ梅」はその田中藤左衛門商店が醸造していた清酒の銘柄で、銘酒「七ツ梅」は、江戸時代、白濁の甘口の酒が主流だったにもかかわらず、「酒は剣菱、男山、七ツ梅」と辛口の銘酒として謳われた三大銘柄の1つでした。「七ツ梅」の名称は、「梅の香は七つ(午前4時頃)に最も立ち上る」ということに由来し、特に、幕府大奥の御膳酒として愛飲されたのだそうです。

元禄7年(1694年)の創業以来、およそ300年間、この深谷で酒造を営んできたのですが、残念ながら平成16年(2004年)に廃業してしまいました。廃業した後も「七ツ梅」の名称は、深谷市の中山道沿いにある酒造跡の通称として使われています。廃業後もほとんどの建物を操業時そのままの状態で保存し、現在は各種商店やホールとして利用されていて、一般社団法人まち遺し深谷によって運営・管理がなされています。深谷の建物らしく、この「旧七ツ梅酒造」の建物も煉瓦がふんだんに使用されていて、哀愁の漂う実に落ち着いた雰囲気は素晴らしい!…の一言です。ここは是非一度訪れてみるべきだ…というお薦めの場所です。

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工学部電子工学科を卒業したエンジニアですので、どうしてもこういうものが気になります。

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この日の街道歩きはこの「旧七ツ梅酒造」がゴールでした。この「ゴール地点」という立て看板は、なにも私達の「中山道六十九次・街道歩き」のために設けられたものではありません。この日開催された「深谷市産業祭」の中のイベントとして行われた「ふっかちゃんを探せ」という子供達向けのスタンプラリーのゴールがここだということを示すためのもののようです。

街道歩きを終えた後、この「旧七ツ梅酒造」内を散策するために自由時間が40分ほどあったのですが、その時間も過ぎて観光バスが待っているところに移動しようとしている時に、新宿発の1号車の皆さん方が「旧七ツ梅酒造」に入ってきました。私達3号車組より45分ほどの遅れといったところでしょうか。11月に入っていたので、日の入りが早くなっていて、既にあたりは暗くなりかかっていました。「秋の日はつるべ落とし」と言いますが、その後一気に暗くなってしまいました。1号車よりもさらに遅れている横浜発の2号車の皆さん方は、おそらく暗くなってからの到着、あるいは深谷宿に入ったあたりでこの日は一旦ゴール、次回はそこからのスタートということにしたのではないでしょうか。

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“蟻の目線”とでも言えばよろしいのでしょうか、飛行機や新幹線でビューンと移動するのとはまったく異なり、自分の足で旧街道をゆっくりと歩いていると、いろいろと新たに気付くことや発見、「なるほどぉ~」と謎が解けるようなことがあります。それが街道歩きの魅力です。

この日歩いた歩数は24,434歩。歩いた距離は約18kmでした。次回の第8回は深谷宿から本庄宿まで歩きます。本庄宿もまだまだ武蔵国埼玉県です。なかなか埼玉県を抜けられません。東京都は1回で抜けられたのに、埼玉県って意外と広いと感じます。

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――――――――〔完結〕――――――――

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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越智正昭

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