2017/03/15

中山道六十九次・街道歩き【第9回: 本庄→新町】(その4)

本庄宿の西のはずれにある本庄宿の総鎮守・金鑚(かなさな)神社です。この本庄金鑚神社には歴史的価値をもつ多くの文化財、天然記念物が残っています。社伝によると、創立は欽明天皇の2年(西暦541年)と伝えられています。武蔵七党の一つである児玉党の氏神として、また、歴代の本庄城主の氏神として厚い崇信を集めた神社です。境内は、欅や銀杏などの老樹に囲まれ、本殿と拝殿とを幣殿で繋いだ、いわゆる権現造りの社殿のほか、大門、神楽殿、神輿殿などが建っています。本庄氏滅亡後、近世になって何度か移転を繰り返した末、現在の地に至っているようです。本殿は亨保9年(1724年)、拝殿は安永7年(1778年)、幣殿は嘉永3年(1850年)にそれぞれ再建されたもので、細部に見事な極彩色の彫刻が施されており、特に幣殿には江戸時代に本庄宿の画家により描かれた天井絵があります。大鳥居には寛政の改革(1787年~1793年)を行った老中・松平定信が揮毫した社額号が掲げられています。鳥居の奥にある大門は文化11年(1814年)に建立されたものです。

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屋根瓦の上に逆さ獅子がのっています。

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御神木となっている楠の巨木は、埼玉県指定の天然記念物で、幹回り5.1メートル、高さ約20メートル、樹齢約350年以上と推定され、これは本庄城主小笠原信嶺の孫にあたる忠貴が社殿建立の記念として献木したものと伝えられています。 このほか、本庄市指定文化財となっているカヤ、モミ、大門、金鑚神楽、小笠原忠貴筆の建立祈願文等があります。

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金鑚神社で幾つも開催される祭りのうち、特に例大祭は「本庄祭り」として一際名高い祭りです。この祭りは、江戸時代には「奥のお九日(おくのおくんち)」と呼ばれ、毎年9月29日に五穀豊穣と宿内繁盛を祈るものであったのですが、明治7年頃に現行の祭日に変更されました。祭りでは、神賑行事として北関東随一と称される山車(だし)の市内曳き回しがあり、旧本庄宿の各町内が自慢の山車を繰り出し、旧中山道を中心として盛大に巡行を行います。一方神社では厳粛な祭儀の後、御祭神である天照大御神・素戔嗚尊・日本武尊の三柱の神霊を神輿に移して渡御式(とぎょしき)が斎行され、神楽殿では地元の金鑚神楽・本庄組による神代神楽奉納が行われます。

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この本庄金鑚神社は、関東平野西縁、埼玉県北西部に位置する埼玉県児玉郡神川町にある金鑚神社の分社の1つと考えられます。この神川町の金鑚神社は御獄山(標高343.4メートル)山麓に鎮座し、社殿後背の御室山を神体山として祀っています。山を神体山とするため、社殿には本殿は設けないという古代祭祀の面影を残すことで知られています。珍しい社名の「金鑚(かなさな)」は、砂鉄を意味する「金砂(かなすな)」が語源であると考えられています。神川町を流れる神流川の周辺では刀などの原料となる良好な砂鉄が得られたと考えられており、御嶽山からは鉄が産出したという伝承も残されています。また、金鑚神社に残る社伝によれば、延暦20年(801年)に坂上田村麻呂が東北への遠征前にこの金鑚神社に戦勝祈願のために参詣したといわれているそうです。

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神流川の扇状地には九郷用水が開削され、その要所には幾つか金鑚神社の分社が祀られています。これらの所在地は武蔵七党の1つである児玉党の勢力範囲と一致するといわれ、児玉党が金鑚神社を深く崇敬していた様子が窺えるのだそうです。この本庄の金鑚神社もその1つと考えられています。

前回【第8回】で金鑚神楽のことを書きましたが、この本庄市には神楽のほか、獅子舞や万作といった無形民俗文化財が幾つも伝承されています。

本庄市公式HP

また、本庄市は祭りが盛んなところとしても知られています。まずは毎年11月の2日・3日の2日間開催される『本庄祭り』。この『本庄祭り』は、本庄の鎮守様のお祭りとして親しまれているこの本庄金鑚神社の大祭です。100年を越える歴史を持つ市の有形民俗文化財にもなっている山車(だし)を含め、合せて10基の絢爛豪華な山車が綺麗に着飾った元気な子供達の奏でる笛や太鼓の旋律に合わせて、晩秋の中山道を優雅に巡行します。また、平成の大合併で本庄市に統合された旧児玉町でも例年11月3日に八幡神社(児玉町)の秋祭りが行われます。こちらは神馬御神幸が行われ、3台の山車と1台の屋台が町内を賑やかに曳き回され、鎧・甲冑に身を固めた武者や御神幸を奉持する人々、氏子や行司役など大勢が参加し、その姿は、古い昔を偲ぶ絵巻物のようだと言われています。

夏に行われる『祇園祭り』と呼ばれる夏祭りも素晴らしいものです。この本庄の『祇園祭り』は疫病を追い払うため、獅子舞を奉納し、神輿を担いだのが始まりとされます。市内にある八坂神社の境内で、無病息災や五穀豊穣などを祈念し、埼玉県の無形民俗文化財に指定されている獅子舞が奉納されます。また、「セイヤ、セイヤ」の威勢のよい掛け声とともに、旧中山道を大人神輿や子供神輿、各団体の神輿等20基を超える神輿が巡行し、大勢の観客で賑わいます。木遣り、纏(まとい)振り、梯子乗りなども披露されます。この『祇園祭り』は旧児玉町でも開催され、こちらも十数台の神輿が威勢よく町内を練り歩きます。

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さすがに奈良時代、平安時代から鎌倉時代、江戸時代、そして現代にいたるまで長い歴史を持つ本庄です。特に、神楽や山車、祇園……、この地が中山道(その前は東山道)を介して京都や奈良といった都と深く繋がり、文化的にも大きな影響を受けていたことが、よぉ~く分かります。

本庄市公式HP

本庄の街を歩くと、ところどころに『本庄祭り』の山車の保管庫があるのが目にとまります。

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私も駅に貼られている観光ポスター等でこの本庄で行われる祭りについては知っていたのですが、これまで残念ながら一度も観に来たことはありません。実際に本庄を訪れてみて、こりゃあ一度、本庄の祭りを観に来ないといけないな…と思っちゃいました。埼玉県に住んで30年近くになりますが、まだまだ埼玉県について知らないことだらけです。この中山道六十九次街道歩きで中山道沿線の各地を自分の足で歩いたことで、地元埼玉県の良さをいっぱい知ることができました。


……(その5)に続きます。

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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