2017/07/21

石本康隆選手、再起戦KO勝利!

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3連休明けの7月18日(火)、2月4日(土)に久我勇作選手(ワタナベジム)に2回TKOで敗れて王座を失った前日本スーパーバンタム級チャンピョンで現在同級4位の我らが石本康隆選手(帝拳ジム)が約5ヶ月ぶりの再起戦を行い、見事に7ラウンド2分38秒、10カウントを響かせてKO(ノックアウト)勝利を飾りました。

石本康隆選手は現在35歳、プロボクサーとしては大ベテランと言ってもいい年齢です。2月に3度目の防衛戦で久我勇作選手(ワタナベジム)に敗れて王座陥落し、1度は真剣に引退も考えたのだそうですが、周囲の声にも背中を押され、「もう一度、夢を追いかけてみよう」と決心し、現役続行を選択。この日の再起戦となったわけです。

王座陥落(T ^ T):日本スーパーバンタム級タイトルマッチ  

前日本スーパーバンタム級チャンピョン石本康隆選手、現役続行!

私は2月4日の敗戦以来ずっとFacebookやBlogで彼の再起戦に向けての取り組みを追いかけていたのですが、覚悟とボクシングにかける思いの強さはこれまで以上のものを読み取りましたね。彼自身、「15年間ボクシングをやってきて、今が一番モチベーションが高い」というほどでしたから。

この日の試合の会場はいつもの東京水道橋の後楽園ホール。東京メトロ丸ノ内線の後楽園駅を降り、東京ドームの横を通って後楽園ホールのほうに歩いていくと、大勢の人だかりができていました。おや?なんだろう?? プロ野球の試合とも様子が異なります。後楽園ホールの前にも大勢の人だかりです。この日の後楽園ホールの試合にはチャンピョンベルトのかかったタイトルマッチが組まれているわけでもないので、こんなに大勢の観客が押し寄せるわけでもありません。よく見ると、背中に某企業の社名の入ったお揃いのTシャツを着た一団がいらっしゃいます。ああ、そうかっ! 都市対抗野球の試合をやっているのですね。次の試合に出場する各都市、各企業の応援団が入場を待っているのでした。

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これまでの試合結果が書き込まれたトーナメントの組み合わせ表が掲げられています。さすがに私もNTTグループの一員なので、NTTグループ企業の動向が気になります。大阪市代表のNTT西日本は惜しくも1回戦で広島市代表のJR西日本に4対5で敗れ、敗退してしまっていますが、東京都代表のNTT東日本は神戸市・高砂市代表の三菱重工神戸・高砂に7対5で勝利して2回戦に進出しています。気になる私に関係した地域の代表はと言うと、故郷の四国代表は高松市のJR四国、今住んでいる北関東代表はさいたま市の日本通運浦和。どのチームも頑張ってほしいものです。

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そう言えば、私も若い頃、この都市対抗野球の応援に何度も駆り出されました。当時のNTTは民営化前で、日本電信電話公社(電電公社)と言っていました。電電公社は各地域ごとに電電◯◯という11チームの社会人野球のチームを持ち、そのいずれもが強豪でした。多い年には5チームも6チームも都市対抗野球に出場して、電電◯◯対電電△△といった対戦もあったほどでした。地方のチームは応援に来るのが大変なので、電電公社本社の若手社員にはよく“動員”がかかりました。私も若い頃、電電公社本社にいたので、よく動員で駆り出されました。故郷の電電四国なんぞは喜んで応援に行っていたのですが、時には電電北海道や電電北陸、電電信越といったチームの応援に駆り出されたことも。当時は東京ドームはできてなくて、屋根のない後楽園球場。真夏に行われる大会なので、メチャメチャ暑くて、汗でグチャグチャになっていました。ちなみに、仕事の一環での動員だったので、試合後はそのまま職場に戻って汗でグチャグチャのままで仕事をしていました(^◇^;)

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余談が長くなってしまいました。お世話係を務めていただいている東京香川県人会のSさんから入場券を受け取り、このビルの5階にある後楽園ホールに向かいます。エレベーターで上がればいいのですが、ここは階段を使って5階へ。この階段、とにかく落書きが凄い! それも毎回毎回訪れるたびに新しい落書きに変わっているので、感心しちゃいます。後楽園ホールの1つの名物のようなものですね。

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この日の試合は「第563回ダイナミックグローブ」で、日本テレビ系列のCS放送「日テレG+」で生中継もされる試合だったのですが、タイトルマッチが組み込まれていないため、観客の入りはイマイチ。収容人員の約半数の1,000人弱といったところでしょうか。そういう中、石本康隆選手の応援Tシャツを着たイシモ(石本康隆選手の愛称)応援団の姿が目立ちます。熱心なコアとなる応援団がいるのが石本康隆選手の特徴です。私が勝手に「リッチギー石本(律儀な石本)」と名付けたほど人柄がいい好青年なので、その人柄に惚れ込んだ応援団が大勢いるのです。その特徴は女性や私のようなアラ還(アラウンド還暦)のファンが多いこと。私もそうですが、石本康隆選手と知り合って初めて生でボクシングの試合を観たって人がほとんどというのも特徴。石本康隆選手が香川県高松市の出身ということで、東京香川県人会の人達がいっぱい応援団に入っています。私も中学高校時代という多感な時期を香川県丸亀市で過ごしたので東京香川県人会に入っていて(本籍地である東京愛媛県人会にも入っている“二重国籍者”です)、そのご縁でこの石本康隆選手応援団に加えていただいています。応援席には高松市出身のシンガーソングライターの舞子さんや、役者をやられている東宝芸能所属の附田健佑さんの顔も見えます。実に多彩な顔ぶれが揃うのも石本康隆応援団の特徴です。

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この日も石本康隆選手と同じ帝拳ジムの所属で、2012年に行われたロンドンオリンピックのボクシング男子ミドル級で金メダルを獲得した村田諒太選手がリングサイドに応援に来ていました。

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村田諒太選手は、さる5月20日に有明コロシアムで行われたWBA世界ミドル級暫定王者でWBA世界ミドル級1位のハッサン・ヌダム・ヌジカム選手とWBA世界ミドル級王座決定戦を行い、プロ初黒星となる12回判定負け(1対2)を喫し王座獲得に失敗しました。この試合は、試合後にWBAの会長はヌジカム選手と村田諒太選手を再戦させる意向を示すと共に、「私のスコアは117-110で村田諒太の勝利。まずは村田諒太、帝拳プロモーション、そしてすべての日本のファンに謝らなければならない。このひどい判定によるダメージを修復する言葉はない」と自身のソーシャルメディアにコメントを載せ、この試合の判定に言及した異例の声明を発表したほどでした。ダウンを奪ったのは村田諒太選手のほうで、私もテレビで観戦していて「なぜだっ!」って叫んだほどでした。現在の最新ランキングによると、村田諒太選手はWBAでは世界ミドル級1位、別の団体のWBCでは世界ミドル級3位。王座獲得に失敗したばかりの選手がこれほどの上位にランキングされることは極めて異例のことで、 これで現WBA世界ミドル級正規王者ハッサン・ヌダム・ヌジカム選手対WBA世界ミドル級1位村田諒太選手の再戦(タイトルマッチ)が事実上決定したことになります。是非、頑張って世界タイトルを獲ってもらいたいと願っています。

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この村田諒太選手以外にも、私が確認できただけでも第31代WBC世界スーパーフェザー級王者で第40代WBC世界フェザー級王者。2階級世界制覇王者であった粟生隆寛(あおう たかひろ)選手、さらには第16代WBA世界ミニマム級王者、第26代WBA世界ライトフライ級スーパー王者、第41代WBC世界フライ級王者、第26代WBC世界スーパーフライ級王者でニカラグア人初の世界4階級制覇王者のローマン・ゴンサレス選手といった帝拳ジム所属の世界チャンピョンや世界ランカーが応援に来ていました。粟生隆寛選手もローマン・ゴンサレス選手も気さくで人柄が良さそうなナイスガイでした。ファンからの写真撮影の要望にも笑顔で気軽に応えていて、私も一気にファンになりました。

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元WBC世界スーパーライト級王者で「15試合連続KO勝ち」の日本記録保持者である浜田剛史さんです。現役時代は帝拳ジム所属の選手で、現在は帝拳プロモーションの代表を務めていらっしゃいます。後楽園ホールで行われる試合には、必ずリングサイドのこの席でお姿をお見かけします。若い頃に自分が追い求めたのと同じ夢を追い続けている若いボクサー達を見守り続けているのでしょうね。

この日の「第563回ダイナミックグローブ」で組まれていたカードは7試合。私が会場に入った時、既にその第3試合の第4ラウンドに入っていました。この日の試合開始は17時45分。私が会場に入場したのは18時20分ですので、異常に早い試合の進行ペースです。これにはさすがにビックリしてしまいました。

後で聞くと、この日の第1試合は東日本新人王予選ウェルター級の4回戦。入江翔太選手(KG大和ジム)と春田智也選手(セレスジム)の一戦でしたがこの試合は第2ラウンド2分58秒、春田智也選手がTKO勝ちだったようです。

続く第2試合はライト級の4回戦。この試合がデビュー戦となる今野将也選手(帝拳ジム)と五十嵐康次選手(UNITEDジム)の一戦でしたが、試合は第3ラウンド終了時に今野将也選手の右頬の腫れと唇のカットによる出血が目立ち、今野将也選手のTKO負けとなってしまったようです。なるほど、試合の進行ペースが早いわけです。

第3試合はスーパーバンタム級6回戦。舟山大樹選手(帝拳ジム)と小山内幹選手(ワタナベジム)との一戦でした。前述のように、私はこの試合の第4ラウンドの途中から観戦したのですが、試合は結局判定に持ち込まれ、2対1の僅差で舟山大樹選手の判定勝ちでした。

第4試合はスーパーフライ級の8回戦。日本同級11位の梶颯選手(帝拳ジム)とフィリピン同級6位のレナン・ポルテス選手の対戦でした。この試合は第2ラウンド1分57秒、梶颯選手がポルテス選手のボディーに放った左フックが鮮やかに決まってポルテス選手がダウン。レフェリーが試合続行は不可能と判断し、10カウントを聞く前に試合終了でした。

このようなアンダーカードと呼ばれる前座試合は私のような久し振りにボクシングの試合を観戦する者にとっては観戦眼を呼び戻すうえで、さらにはテンションを上げていくうえでちょっと大事な試合なのですが、こう早く決着がついてしまうとその間さえありません。

続く第5試合は日本ランカー同士のライトフライ級8回戦。日本同級8位の大野兼資選手(帝拳ジム)と日本同級9位の塚田直之選手(セレスジム)との対戦でした。私達石本康隆応援団はこの第5試合開始と同時に赤コーナーの花道に集合し、次の試合に備えて応援用の幟の組み立てを行なっていたのですが、この試合も第4ラウンド1分14秒に負傷引分けという意外な決着で、早いラウンドで試合が終わってしまいました。どうも偶然のバッティング(頭突き)により大野兼資選手は左の額を、いっぽう塚田直之選手は右目上をそれぞれカットし激しく流血。ドクターストップとなったようです。(ちなみにそのシーンは幟の準備をしていたため、私は観ていません)

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これには石本康隆応援団は大慌て。なんとか幟の組み立ては終わったものの、応援団の主要メンバーがまだ会場に到着できていないというアクシデントが起こってしまいました。この日は平日で、おまけに昼間、東京地方はところにより雹も降る激しい雷雨に見舞われて、首都圏各線の電車は運行ダイヤが乱れ、到着が遅くなっているようです。

あまりに早く試合が進行しているので、ここで10分間の休憩が入りました。それでも次の第6試合、セミファイナルの試合開始予定時刻は19時35分。あり得ないほど早い時間です。まぁ?、早いラウンドでのKOで決着のつく試合が多かったですからね。

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ちなみに、写真は赤コーナーの花道で大野兼資選手(帝拳ジム)のウォーミングアップを見守る浜田剛史さんの様子です。あまり見ることのないシーンですが、リングに向かう直前の選手の中にはこうしたウォーミングアップをする選手もいます。こうした選手に向けて、こちらも出番を待つ応援団は「頑張れ!」と声をかけ、試合後、リングを下りて控え室に向かう選手には「よくやった!」とか「次、頑張れよ!」と声をかけます。

10分間の休憩が終わり、いよいよこの日の第6試合、セミファイナルは我らが石本康隆選手が登場する124ポンド契約の10回戦です。現在、日本スーパーバンタム級4位で前日本同級チャンピョンの石本康隆選手の再起を賭けた復帰戦です。対戦相手はフィリピン同級13位のアルネル・バコナヘ選手。23歳という若い選手で、これまでの戦績は10戦して8勝2敗。8勝のうち6勝がKO勝ちという右利きのハードパンチャーで、仮想・久我勇作選手ともいう 感じの選手です。

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この日も石本康隆選手入場の際、リングまでの花道を飾る応援の幟を持たせていただきました。私が幟を持たせていただいて以来続いていた連勝が2月のタイトルマッチで途切れ、私としては“幟持ち引退”を考えたのですが、石本康隆選手から「僕が引退するまで続けてください」と言われ、この日も持たせていただきました。“勝利の男神”も再起なるか!?…ってところです。

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この日の石本康隆選手は、入場の際からいつもとちょっとスタイルを変えてきました。入場の際のテーマ曲はこれまで聴き慣れたものと同じだったのですが、入場のタイミングがこれまでとは違っていました。また、これまでの石本康隆選手は入場曲がかかってからもさんざんジラして入場してきたのですが、この日はアッサリと思えるほど入場曲がかかってからすぐに入場してきました。応援の幟持ち最年長の私としては、応援団席を大いに盛り上げてから石本康隆選手の入場を待ち受けよう…と思っていたのですが、これにはちょっと焦ってしまいました。

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それでも入場してきた石本康隆選手は闘う野獣の目に変わっています。この再起戦に向けて小田原でトレーニングキャンプを張って身体を作ってきたようで、しっかり陽に焼けて逞しく、野獣度がこれまでの試合の時よりさらに増している感じがします。しっかりと前を見据えた顔つきには、「この試合をタイトルマッチと思ってやってきた」という気持ちの強さが十分に見て取れます。この気持ちの強さが“空回り”にならなきゃいいけど…。冷静に試合に入れよ。石本康隆選手は試合への入り方に課題がある…と私は見ています。ボクシング素人の私の感想などなんの役にも立たないと思いますが、これまでの試合を見る限り、どの試合も序盤は相手の出方を見て、受ける感じの試合の入り方をする感じなのです。それで相手の攻撃のペースを掴み、序盤を耐えしのいで、相手が疲れてくる中盤以降に反撃に転じて一気に仕掛けていくという試合パターンなのです。こういう試合のパターンだと、試合の入り方が重要となります。それを失敗したのが王座から陥落した2月4日の3度目の防衛戦だったように私は思っています。ですから、この日もリングに上がっていく石本康隆選手の背中を見つめながら、そんなことを思っていました。

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石本康隆選手がリングに上がり、私達応援団が応援幟の後片付けをしている背後でカァーン!という乾いたゴングの音が聞こえてきて、試合開始です。

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身長で上回る石本康隆選手は試合開始直後から右ストレート、左フックを主体に珍しく積極的に打ち込んでいくのですが、バコナヘ選手が石本康隆選手が打ち終わった直後に合わせて打ち返してくる右アッパー、右ストレートがなかなか有効で、手強そうです。

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第2ラウンドに偶然のバッティング(頭突き)で石本康隆選手が眉間のあたりをカット。流血します。このところ試合序盤に鼻血で流血する試合が続いている石本康隆選手ですが、額からの流血を見たのは私は初めてです。リングドクターの診察の後、レフェリーにより試合は続行されたものの、その直後からバコナヘ選手のパワフルな攻撃が強まり、やや動きが鈍った石本康隆選手は右のフックやストレートをたびたび被弾するなど、やや苦しい立ち上がりになりました。嫌な感じです。試合後、石本康隆選手も「危なかった。効いているようにみせないようにした」とインタビューで答えていたようですが、守勢の時間が続きます。私がこれまで観戦した石本康隆選手の試合の中で、この試合が一番嫌な感じの立ち上がりでした。(2月4日にチャンピョンベルトを奪われた試合は、そう感じる前の第2ラウンドで終わっちゃったこともありますが…)

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相手はフィリピンのスーパーバンタム級13位ということでナメていたわけではないのですが、若いのに相当な試合巧者でハードパンチャーです。さすがは元WBC世界フライ級王者、元IBF世界スーパーバンタム級王者、元WBC世界スーパーフェザー級王者、元WBC世界ライト級王者、元WBO世界ウェルター級王者、元WBC世界スーパーウェルター級王者と史上2人目の6階級制覇の世界チャンピョンであるマニー・パッキャオ選手を輩出したフィリピンの選手です。

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第3ラウンドもバコナヘ選手のコンビネーションを浴びて劣勢が続きます。流れが変わったのは、第4ラウンド。石本康隆選手がジャブからリズムを掴み、パンチを下へ下へ、顔面からボディーのほうへと集めていくと、徐々にバコナヘ選手の口が開き始めました。試合後に石本康隆選手に話を聞いたところ、「前日の軽量の時に相手の身体を見た時に、あれっ!? コイツ、ボディーに弱点があるのかもしれない…と思い、序盤我慢してその(ボディーを攻める)タイミングを狙っていた」そうなんです。なるほどぉ?、ボディーに打ち込むためには接近戦に持ち込むしかなく、ある程度相手が疲れてきてからでないと接近戦に持ち込めませんからね。それが功をそうしたようです。ボディーへのパンチが相当に効いているようで、バコナヘ選手の動きが止まるような時間帯が徐々に生まれてきました。

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第5ラウンドには右ストレート、左ボディブローを決め、バコナヘ選手はさらにペースダウン。そこを逃さず石本康隆選手はさらにボディーを攻め、クリンチ際のパンチなど、勝利への執念を見せてペースを徐々に引き寄せます。続く第6ラウンドも石本康隆選手は執拗に相手のボディーを攻めます。

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試合を決めたのは第7ラウンド。苦しさ極まったバコナヘ選手が一気に攻勢に出て連打を浴びせかけてきたのですが、石本康隆選手はその攻撃をしっかりとブロックで受け止めると、力強く打ち返します。激しい打撃戦に突入し、コーナーに追い詰めて左ボディーから右の返しのフックで最初のダウンを奪いました。場内に石本康隆応援団の大歓声が響き渡ります。立ち上がったパコナヘ選手に対してさらに石本康隆選手は立て続けにボディー打ちを続けて、最後は左のボディーへの一撃で試合を決めました。ゆっくりとうずくまるようにキャンバスに沈むバコナヘ選手。石本康隆選手はキャンバスにうずくまるパコナヘ選手になおも襲いかかろうとして空振りのパンチを放ったのですが、試合後のインタビューで「普段はあんまりあんなことをやるほうじゃないので、やったことが自分でもビックリです。2度と立てなくしようと無意識に殴りかかっていましたが、最後のは当たらなくて良かったです」と本人も驚くような姿がありました。それほどまでに勝ちたいという気迫と執念が感じられました。

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「1(ワン)、2(ツー)、3(スリー)……」カウントが進みます。石本康隆応援団は全員総立ちで大声でカウントをコールします。「……7(セブン)、8(エイト)、9(ナイン)、10(テン)!」ヽ(´▽`)/ヽ(´▽`)/

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キャンバスに沈んだバコナヘ選手はそのまま起き上がることができず、石本康隆選手が10カウントKO勝ちを収めることができました。赤コーナーで石本康隆選手がいつものドヤ顔で両方の拳を上に突き上げ、雄叫びをあげて勝利の喜びを発散させます。

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KOタイムは第7ラウンド2分38秒、見事10カウントでのKO勝ち、再起に成功しました。およそ9ヶ月振りの勝利です。これで石本康隆選手は39戦して30勝(9KO)9敗。

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再起を賭けた復帰戦を見事に10カウントでのKOで勝利した意味は大きいですね。同じ勝つにしても判定で勝つのとは意味合いが全然異なります。完全再起を周囲に印象付けますし、これで次戦は日本タイトルへの再挑戦、リターンマッチのチャンスも出てきます。帝拳ジムのHPを覗いてみると、石本康隆選手の次のような試合後の喜びのコメントが載っていました。

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「再起戦を勝利することが出来ましたが、根性だけで勝ったような内容で、今後を考えると反省点が多い試合だったと思います。ちょっと休んでまた一から頑張ります。最後に応援してくれた皆さん、ほんとうにありがとうございました。」

現在35歳の石本康隆選手が現役続行を決めた背景には大きな覚悟がある筈です。次に負けたら引退する…との。そういうギリギリの崖っぷちに立たされている石本康隆選手だからこその気迫と勝利への執念のようなものが感じられるこの日の勝利でした。ジャブから左右のワンツー、それに相手のパンチをギリギリのところでかわす試合巧者ぶりを発揮して一度は日本チャンピョンに上り詰めた姿とはまるで異なる猛々しい石本康隆選手の新しい姿をこの日のリングでは見せてもらった感じがします。

試合後のインタビューでは「スカッと勝って無傷でタイトルマッチに行けたらと思っていたのですが、これではちょっと…ね」と苦笑いをしながらも、「まだまだボクシングが下手なので、早く練習がしたい」と答えていました。35歳になってもボクシングへの意欲はまだまだ衰えを知らず、その向上心には恐れ入ります。応援した61歳の私も元気を貰えた感じがしました。ここが石本康隆選手の最大の魅力です。

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試合後、リングを下りた石本康隆選手はリングサイドで観戦していた村田諒太選手をはじめとした帝拳ジムの同僚達とグータッチ。「よくやった!」、「おめでとう!」、「最高!」……、赤コーナーに続く花道の両サイドを埋め尽くす石本康隆応援団から様々な祝福の声がかかる中、控室のほうへと消えていきました。

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この日の第7試合のメインイベントは132ポンド契約の10回戦。WBO世界スーパーフェザー級12位の末吉大選手(帝拳ジム)とフィリピン同級6位のネルソン・ティナンパイ選手との一戦でした。試合は序盤からほぼ互角で、石本康隆選手の鮮やかなKO勝利を観た後だったので、こりゃあゆったりとした気持ちでボクシングの試合観戦を楽しめるな…と思ったのですが、試合は第3ラウンド2分を過ぎた時点で末吉大選手が放ったボディーへの左フックが綺麗に決まり、そのパンチ一発で決まっちゃいました。ボディーへの強烈なパンチを喰らったティナンパイ選手はうずくまるようにキャンバスにうつ伏せに沈み、そのまま10カウントを聞きました。KOタイムは第3ラウンド2分32秒。う???ん、フィリピンの選手は総じてボディーが弱い……。

メインイベントの試合終了後は恒例の祝勝会です。ですが、メインイベントの試合が終了したのは、まだ20時30分にもなっていませんでした。7試合のうちフルラウンド戦って判定に持ち込まれた試合がたったの1試合。それ以外の6試合はKOか負傷による引分け。それも第2ラウンドや第3ラウンド、第4ラウンドといった早いラウンドで決着がつく試合の連続だったので、仕方ないですね。スーパーフェザー級以下の軽量級の試合ばかりだったのにこんな展開になるなんて、誰も予想していませんでした。交渉の結果、開始が20分早まったとはいえ、祝勝会の会場となったJR水道橋駅近くの居酒屋の前で30分ほど待って、21時10分に祝勝会開始。祝勝会に集まったのは約50人。会場の居酒屋はギッシリ満員です。

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祝勝会の開始まもなく、試合を終えたばかりの石本康隆選手が顔を出してくれました。第2ラウンドに偶然のバッティングにより出血した左の瞼の上には大きな絆創膏が貼られています。応急の止血をしているそうなのですが、絆創膏の下のガーゼには血が滲んでいます(石本康隆選手のFacebookによると、翌日に6針患部を縫ったそうです)。さらに左瞼の上は赤く大きく腫れ上がり、目を開けるのも辛そうです。さらに、左腕が赤く腫れ上がって痛そうで、こちらも氷で冷やしています。石本康隆選手が、試合後、こんなに傷だらけで祝勝会に顔を出したのは、私が知る限り初めてのことです。「相手、ほんまに強かったです」とは石本康隆選手。それだけ激しい試合だったそうです。聞くと「左瞼の上よりも、左腕のほうが痛いです」とのこと。左腕のガードの上からバカスカ打たれましたからねぇ?。その痛めた左腕から放たれたボディーへの会心のフックが相手をキャンバスに沈めたわけですよね。凄いです!!

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試合後、アルネル・バコナヘ選手が石本康隆選手の控え室を訪ねてきて、「You are strong fighter!」とお互いに言い合って、健闘を讃えあったのだそうです。バコナヘ選手も左腕を負傷したらしく包帯で腕を吊って冷やしていたので、聞くと「腕が痛い」というようなことを言っていたのだそうです。「俺は全身が痛いわ」と言い返してやりました…と石本康隆選手は笑って話してくれました。スマホで撮った試合後の2人の写真を見せてもらったのですが、お互いに肩を組み、親しい友人のように明るい笑顔で写っています。とてもその直前まで全力で、それこそ命を賭けて闘っていた者同士とは思えません。全身全霊をかけて全力で闘っていた者同士だから、お互いの力を認め、尊敬しあえるのでしょうね。そういう清々しい笑顔の写真でした。素晴らしい!!

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石本康隆選手は律儀に各テーブルを回り、話をしてくれます。試合直後で疲れきっているだろうに。こういうところが石本康隆選手がファンを惹きつけるところです。最後に、「ボクシングを続けてきてよかったです。お客さんが喜ぶ顔が見られて本当によかった。またチャンピョンになれるように、これからも毎日一生懸命練習します。皆さん応援ありがとうございました。そして、これからも応援をよろしくお願いします」と挨拶して、また別の石本康隆応援団の一団が待つ祝勝会の会場のほうに向かいました。

はいな! 私は石本康隆選手が夢を追い続ける限り、応援させていただきますよヽ(´▽`)/
頑張れ!! 石本康隆!!、チャンピョンベルトを取り返せ!!
後楽園ホールのここに写真を飾るのは、久我勇作ではなくて、石本康隆ダァ?!!

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その久我勇作選手ですが、7月29日に同級5位の田村亮一選手(JBスポーツジム)と初の防衛戦を行うようです。

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【追記1】
写真はシンガーソングライターの舞子さんと、歌舞伎の舞台にも立つ役者の附田健佑さんです。彼等もそれぞれの分野で夢を追い続けている人達で、やはり石本康隆選手同様、キラッキラと目が輝いています。そういう人達とご一緒させていただくと、還暦を過ぎたオッサンも元気になれます。人間、幾つになっても夢を追い続けていたいものですね。

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【追記2】
この写真、私の宝です!! 

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執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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越智正昭

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