2017/09/19

中山道六十九次・街道歩き【第15回: 塩名田→長久保】(その3)

中沢川という細い川を橋で渡ります。

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その中沢川を渡ったすぐ先に神社の社殿のような形をした千曲バスの「八幡神社前」のバス停があります。その横に「中山道八幡宿」と書かれた標柱が立っています。このあたりが八幡宿の江戸方の入り口でした。

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八幡神社です。宿場の名前の由来になった神社らしく、境内には国の重要文化財である高良社のほか、本殿、拝殿、端垣門、随神門があり、なかなか歴史を感じさせる趣きを放っています。創建は貞観元年(859年)で、御牧の管理をしていた滋野貞秀によるものと言われています。八幡宿の東端に近い北側にあり、所在地の昔の地名は蓬田村ですが、蓬田村・桑山村・八幡村3ヶ村の鎮守社です。祀られている祭神は誉田別天皇(ほんだわけのすめらみこと:第15代応神天皇)とその母である息長帯姫命(おきながたらしひめのみこと:神功皇后…第14代仲哀天皇妃)、玉依姫命(たまよりひめのみこと:海の神である綿津見大神の娘)。平安末期頃から武士の信仰が篤く、中世には望月氏、後に武田氏、近世には歴代小諸城主の厚い庇護を受け、祭礼には多くの参詣者があったと言われています。

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宝永5年(1709年)に建てられた端垣門です。

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この立派な門は随神門です。天保14年(1843年)、小諸藩主・牧遠江守康哉が大願主となり数百本の材木を用い、また欅材は川西地方の村々の寄進により造営されました。

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ここで地元の観光ボランティアガイドさんによるこの八幡神社と八幡宿に関する説明を受けました。

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本殿と拝殿です。本殿は天明3年(1783年)、拝殿は天明4年(1784年)に再建されたものらしいのですが、彫刻は見事で、こんな田舎には全く珍しい(失礼!)ほどの立派な本殿と拝殿です。通常、古い本殿は保存のため建物の周囲を囲っていて見ることが出来ない場合が多いのですが、この八幡神社では囲いもなく、直接見ることができます。建てられた当初は極彩色を施していたと思われますが、その塗色もかなり経年劣化して、現在はかなり剥がれだしています。ですが、かえってそれが古い歴史とかつての栄華を感じさせます。

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額殿です。

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この額殿には安永9年(1780年)に奉納された長野県下最古と言われる算額が納められています。算額は和算に関する内容が書かれていて、江戸時代の日本の数学の発達度を伝える貴重な資料となっています。

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国の重要文化財に指定されている旧本殿の高良社です。浅間山が大噴火を起こした天明3年(1783年)に現在の本殿が建てられた時、旧本殿を高良社として移築したものです(噴火が沈静化した後に移築されたものと思われます)。三間社流造りで、屋根はこけら葺、室町時代の神社建築の特徴を伝えています。八幡神社の境内にある棟札の墨書名から、この高良社は延徳3年(1491年)に滋野(望月)遠江守光重らによって建立されたものだそうです。高良玉垂命を祀っているのですが、元々は高麗社と呼ばれていたらしく、朝鮮半島から渡来して望月の牧を指導した高麗人を祀っているのだとも言われています。前述のように、このあたりの八幡、蓬田、桑山3ヶ村の鎮守社として篤く信仰されたのだそうです。

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高良社本殿の裏を見ると、遠くに御牧ヶ原台地・望月の牧が広がっています。この御牧ヶ原台地・望月の牧も浅間山の噴火で噴出した溶岩が作った台地ということのようです。

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八幡神社の入り口には数体の道祖神が並んでいます。

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八幡神社を後にして、八幡宿の宿内に入っていきます。

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八幡宿(やわたしゅく)とは、中山道六十九次のうち江戸・日本橋から数えて24番目の宿場です。現在の地名は長野県佐久市八幡。千曲川の西岸にあたり、対岸の塩名田宿との距離は1里も離れておらず(27町:約3km)、宿間距離は中山道一短い距離です。この理由は、当時、塩名田宿と八幡宿の間、特に下原集落あたりの土壌が強粘土質で、雪解け時や梅雨時・長雨時にはかなりの悪路となって人馬の通行に難渋し、荷物の運搬にも支障をきたしたので、途中に宿場を必要としたからだと言われています。このゆえか、八幡宿と次の望月宿との間の距離も短く32町(約3.3km)しかありません。

八幡宿は千曲川が川止めになったときの待機地として、また千曲川沿いの米の集散地として江戸時代初期の慶長年間(1596年~1615年)に整備されました。八幡宿は、宿場の北方にある蓬田(よもぎだ)村から出た27軒、桑山村から出た16軒、宿場の南方にある八幡村から出た20軒の合計63軒によって作られた宿場です。新しく作られた町なので、当初は「あら町(荒町・新町)」と呼ばれたのですが、後に上野国の新町宿と紛らわしいという理由から、「八幡宿」と改めさせられたと言われています。

天保14年(1843年)の記録によれば、八幡宿の宿内家数は719軒、うち本陣1軒、脇本陣4軒、旅籠3軒で1宿内人口は719人、総家数は143軒だったそうです。町並みは宿間7町25間(約800メートル)で、東端に枡形がありました。この八幡宿の特色は小さな宿場であったにも関わらず脇本陣が4軒もあったことで、千曲川を越えると悪路が続いているので休憩する大名が多かったせいであろうと考えられます。今もところどころに古い家が残っていて、中山道全盛期のかつての面影が偲ばれます。本陣と脇本陣は、すべて八幡宿中央の中宿(なかじゅく)に置かれていました。

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脇本陣だった大坂屋弥八郎家の表門です。奥に移築され、客殿と共に保存されています。

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八幡宿の本陣だった「小松五右衛門家」の跡です。小松五右衛門家は八幡宿の本陣・問屋を代々務めた家です。ここは第14代将軍・徳川家茂のもとに降嫁する皇女和宮の17泊目の宿泊地となったところです。あまりの大行列だったので、大行列が通り過ぎるのに4日を要したと伝わっています。当時の建物は取り壊され、今は表門のみが残されています。この表門、馬に騎乗のまま通過することができるように、かなりの高さがあります。ちなみに、この門は中山道の宿場本陣の門のうち、現存する最古の門と言われています。

本陣を務められた小松家には、八幡宿の歴史を伝える古文書が多数伝えられているほか、皇女和宮がお泊りになったことから、今でも錦の小物など和宮ゆかりの記念品が幾つも所蔵されているのだそうです。また、小松家に宿泊した諸大名の関札(宿札)も多数伝えられているのだそうです。

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八幡宿の中央、南側にある脇本陣・問屋の「依田太郎兵衛家」です。依田太郎兵衛家は脇本陣と問屋のほか、八幡村の名主も務めていました。表門横の前庭は、問屋としての荷置場の跡です。この依田家にも多数の古文書や関札などが伝えられているそうです。

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八幡宿には脇本陣が4軒あったのですが、そのうちの1軒が上記の「依田太郎兵衛家」脇本陣の奥にありました。

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「依田太郎兵衛家」脇本陣の道向かいにも脇本陣「半三郎家」が置かれていました。今は普通の民家になっています。

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時代の変遷とともに、宿場の建物は老朽化が進み、保存が困難となり、時には火災により焼失したものもありますが、その中でこの北佐久地域には往時の面影を色濃く残す宿場が多いのが特徴です。この八幡宿もその1つです。

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「南御牧村道路元標」が立っています。道路元標が立っているところは各村々の中心と言うことなので、このあたりが八幡宿の中心地だったところというのでしょう。

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八幡宿の4軒の脇本陣のうち残りの1軒は、中宿のはずれのこのあたりにあったのではないか…と言われています。

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白い漆喰造りの土蔵に家紋が描かれています。古い町並みが続きます。

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宿場町の中心部を抜けて、八幡入口バス停の先から旧中山道は右へ入り、約200メートルほど進みます。このあたりが八幡宿の京方の入り口でした。

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古い小さな地蔵尊が祀られています。ちゃんとお供え物も置かれていて、地元の人達に大事にされているようです。

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地蔵尊の先に「中山道八幡宿」と書かれた案内標識が立っています。そこで再び県道と合流し、広い道路に変わります。ここを少し歩きます。

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……(その4)に続きます。

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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