2015/01/16

インテリジェンスプロセスの文脈 ~判断と決断について~

1 はじめに
前のブログで、インテリジェンスプロセスとは、意志決定者が、情報の必要性を認識する段階から、情報組織が意志決定者のニーズに応えるべく、良く分析したインテリジェンス成果物を提供するまでの段階を指し、「情報要求の決定」「情報収集」「情報処理」「分析」「提供」の五段階に区分されると説明しました。
今回は、意志決定者が情報の必要性を認識するまでの段階、即ち、インテリジェンスプロセスへの導入段階についてお話します。

2 判断と決断
情報要求を決定するためには、情報活動の文脈を正しく理解しなくてはなりません。
情報要求の決定のための考察は、意志決定者が「何を、いつ判断するか」を決める事から始まります。
陸上自衛隊の作戦教本(野外令)の「状況判断及び決心」の節に、次のような記述があります。
『状況判断は、指揮官が任務遂行のため、最良の行動方針を決定するために行うものであり、決心は、状況判断に基づく最良の行動方針を実行に移す指揮官意志の決定である。
指揮官は、継続的に状況判断を行い、適時適切に決心しなければならない。』
判断とは、「この状況で、何が最良の行動か」を考察し結論を得るための思考活動であり、
決心(決断)とは、判断で導いた結論を行動に移すための意志決定です。
私の経験では、災害対策本部の指揮活動においては、「判断は専門のスタッフが実行の可能性を吟味して行い、決断は本部長が最高責任者として作戦上の必要性を重視して行う」というような分業体制で行うのが、一般的に有効と考えております。

3 本部長が抱える二つの決断
救助作戦を指揮する本部長(本部スタッフ)は、目前に、次から次へと発生する危機的課題に対し、素早い対応(判断と決断)が求められます。
実は、本部長に求められる判断は、それだけではありません。作戦は長丁場です。
今まで重要と思われていた問題も、作戦の進捗に伴い、徐々に解決していきます。
それに伴って、今まで重要な問題の陰に隠れていた新たな問題が浮上してきます。
本部長は、当面の対応をしながら、一方で、将来の問題について予測し、「今後発生が予想される新たな問題に対する作戦の基本方針」を適切に判断し、適宜のタイミングを選定して、新しい作戦方針を決断しなければなりません。本部長(本部)は、「目前の判断・決断と将来のための判断・決断」という二つの仕事を抱えています。
本部長に課せられた二つの仕事は、「今がどういう時点か?」によって、具体的に考察する内容が変わります。読者の理解を深めるため、災害発生直後という時点を採りあげて、これから具体例をお話しします。

3 災害対策本部長の当面の決断
災害発生直後は、状況が混沌とし、本部長は、暫くの間は、現実に起きている被害の全体像を掴むことに手古摺ることが予想されます。そうであっても、少なくとも、マスコミの報道等から、大変な事態が発生しているという雰囲気を感じ取る事は出来ると思います。
このような場面で、本部長は、先ず、目前の火の粉を払う対応をしなくてはなりません。
本部長の脳裏には、「職員を速やかに参集して本部の態勢づくりを急がなくてはならない。」「住民からの救援要請に対し、消防・警察部隊の速やかな派遣を要請しなければならない。」「生活基盤を失った災害弱者を速やかに安全な場所に保護しなければならない。」と云うような、目前の課題が次々と過ぎり、「早く、何とかしなければ・・・」という焦燥感に駆られることと思います。しかし、この時期に、心に思い浮かぶ事と実行可能な事の間には、大きな隔たりがある事を認識しなくてはなりません。
このような場面で、今すぐに実行出来る事は、極めて、限られています。
「職員が予定の25%しか参集しない時に、それだけの人数で、如何なる機能を優先して、本部の応急態勢を立ち上げるのか?」、「消防・警察においても被害が発生して態勢整備が遅れている時に、何処の現場対応を、最優先でやってくれと依頼するのか?」、「具体的な情報が少ない中で、災害弱者の保護のため、何を優先し、何処に、どれだけの職員を派遣するのか?」 何かを優先する裏には、何かを棄てる判断があります。本部長に求められる判断は、何かを棄てるという厳しい判断です。
そのような状況においては、「何をなすべきか?」では、中々、取捨選択の結論が出ません。
それよりも「今、何が出来るか?」「何が出来ないのか?」を冷静に検討する事が、極めて重要です。本部長は、「出来ない事は、出来ない。」として勇断を奮って切り捨て、出来る事だけを速やかに実行する決断が求められます。
災害発生直後と云う状況の中で、当面の事態対応のため、本部長(本部)が判断・決断しなければならない事とは、そう云う事です。
そのような判断を左右する情報とは如何なるものでしょうか?
被害状況、災害対応資源の動態情報、住民意識に根付いた価値観等、広範な情報が必要になります。本部長は、手元情報を確認し、不足する情報を明らかにして、情報担当スタッフに情報要求を指示しますが、要求した情報が揃わなくても、タイムリミットが来れば、決断をしなければならない場合があると云う事を、情報を提供する側と使用する側の双方が、認識しておく必要があります。

4 今後の作戦方針の判断
本部長は、災害対策本部に参加する各組織に、「何を目的に、何を目指す」という活動の準拠を示す必要があります。
このため、当面の対応を決断しながら、同時並行で、今から行う作戦全般の指導方針を決定するための判断を、速やかに実施しなくてはなりません。
作戦全般の指導方針を決定するための判断とは、どのようなものになるのでしょうか。
災害から住民の生命身体の安全を守る責務を有する地方自治体としては、災害が発生してから対応を検討すると云う、所謂、泥縄式対応にならないように、平素から、想定に基づいて大規模災害対処の作戦構想(方針)を検討し、計画を作成しておく事は、極めて重要な事前準備事項です。残念なことに、このような作戦計画を事前作成している自治体は、今のところ、殆どありません。作戦計画の作成は、自治体にとって、今後の大きな課題の一つであると云えます。
当然の事ですが、事前に作戦を練っておいても、検討の前提となった被害想定と現実の被害状況は、同じではありません。この事から事前の計画作成は、一見、無駄の様に見えます。しかし、その事は決して無駄ではないのです。
計画を事前作成している場合、災害発生後、本部は、被害想定に基づき作成した作戦計画を現実の状況に適合させるための修正作業を、速やかに行ないます。
修正作業は、事前計画のために実施した判断を、再度、なぞるように行ないます。
此処が重要なポイントです。
事前に、冷静な頭脳で行った検討は、混乱状況の中で行う状況判断を正しい方向に導く道標(みちしるべ)になるのです。
但し、策定された計画が、書庫の中で埃を被って眠っていては意味がありません。定期異動で防災部署に新たに配置された職員が、先輩職員の指導の下に、適時、計画の棚卸をし、計画策定のための判断プロセスを継承する事が大切なのです。
そのような事前計画と職員による判断プロセスの継承が、キチンと行われている事を前提に、この話を続けます。

先ず、「災害によって損壊した地域社会をあるべき状態に速やかに回復する。」という地方自治体の使命は、災害発生後も変わりありませんが、作戦目的は修正の可能性があります。
「自治体の使命達成を阻害する重大問題の克服」を作戦目的に設定する事になりますが、
現実の災害事象は、季節、発生時間帯、気象状況等によって、様々な様相を呈します。
このため,何が具体的な重大問題になるかは、その時になってみなければ分かりません。
例えば、以下のような問題事象が、一つ又は複数発生したとします。

① 多くの住民の生命身体が、諸所で、様々な危険に曝されている
② 生活基盤を失った多数の被災者が巷に溢れている
③ 社会インフラが損壊し、社会活動に多大の支障が発生している
この場合の対応の優先順位は、①→②→③の順です。
三つの事象が同時に発生している場合は、「住民の生命身体の安全確保」が、最初の段階の作戦目的に設定されるでしょう。幸いにして、①の事象が発生していない場合は、「生活基盤を失った被災者の生活確保」が、最初の段階の作戦目的に設定されると思います。

このような優先順位の考え方の下に、例えば、首都直下地震対処計画を事前作成する場合、被害想定を読み解けば、恐らく「住民の生命身体の安全確保」を作戦目的に設定して、最初の作戦を計画する事になると思います。
しかし、現実に発生した災害が、人的被害が軽微であり、その反面、住宅被害やライフライン被害による避難者が多数発生する状況を想定する事も出来ます。そのような場合は、「生命身体の安全確保作戦」を採用せずに、その代替案として事前準備しておいた「生活基盤を失った被災者の生活確保」を目的とする作戦を実行に移す検討をする事になります。
状況が混乱錯綜し、「真の問題が何か?」の見当つかないと云うことであれば、情報収集を行い、使命達成を阻害している真の問題の解明をした後で、作戦目的を判断する事になります。
実状況において、多数住民の生命身体が危機に曝されていると、推測できる場合は、細かい数字に拘泥することなく、作戦目的を「住民の生命身体の安全確保」に設定し、作戦構想について必要な修正検討を進めます。
この検討では、住民の生命身体を危機に曝している原因を解明し、課題を明らかにした上で、事前に確立した対処目標及び各目標の優先順位が妥当であるかを判断し、要すれば、必要な修正を行います。
広域災害においては、優先目標と被害の全体状況(現況と将来予測)を踏まえて、重点対処地区を設定する事が、特に、重要となります。
次に、全体の被害規模と広域応援を含めた対処資源の推移を予測し、作戦期間(作戦開始と終了の時期)を決定(修正)します。以上が作戦構想(方針)関連の修正です。

5 判断のサイクル
作戦構想の修正が終わると、個別のOPS計画の修正を行います。
事前作成しておいた個別のOPS計画の中から、当面の優先目標に対応するOPS計画を選択し、実情報に基づいてOPS構想修正のための判断を行い、事前に作成したOPS計画を、被害現況に適合したOPS計画に修正します。その後、実行部隊の準備状況を勘案し、選択修正されたOPS計画を実行に移す決断をします。
以上が、発災直後に、本部長が行う判断・決断のサイクルです。このような思考活動のサイクルは、作戦が終了するまで続きます。判断・決断のサイクルを適切に実行していくためには、広い視野を持って、複眼的思考をすることが、特に重要と考えます。

6 おわりに
情報活動に従事する人間は、このサイクルの動きを良く把握して、そこから、どのようなタイミングで、どのような内容の情報要求が生まれるかを理解する必要があります。
判断と決断は、表裏一体です。判断が正しい情報に基づき行われた場合、決断に悩む事はありません。しかし、被害の全体像について十分な情報が無いまま、止むなく判断が行われた場合は、決断に迷います。
そうであっても、その事を理由にして、本部長の判断と決断の時期を遅らせる事は出来ません。本部長の判断のために提供されるインテリジェンスの重みが、少しでも理解できるのではないでしょうか。