2015/02/18

予測可能な災害を何故防止できないか(地方自治体の悩み)

1 はじめに

昨年は、気象災害の多い年でした。今年も昨年同様、あるいは、それ以上の頻度、強度の気象災害に襲われる事を予期しなくてはならないのでしょうか?
気象分野の門外漢である私には確信はありませんが、何となく、そんな気候が続くのではないかと云う気配を感じます。
自治体が遭遇する殆どの気象災害が、過去に、何処かの自治体が悲惨な経験をしている、「予見可能な災害」であると理解する必要があります。
「予見可能な災害」とは、ある災害事象の発生とその帰結を予測するのに必要な情報の全てに、前から気付いていたにも拘らず、個人や組織が「奇襲された、想定外だ」と認識する災害事象の事を云います。
昨年、あい続いた災害の中で、「自治体は、予見可能な災害を何故防げなかったのか?」と云う疑問が、いつも私の頭を離れませんでした。 災害対策本部におけるリーダーシップの主要な責任の一つが、「予見可能な災害を明確にし、これを避ける。」ことにあります。災対本部は、直面する「予見可能な災害」に背を向けず、しっかり向き合うことが必要と考えます。

今回は、「予見可能な災害」が、繰り返し、我が国の地域社会を襲う理由について考えてみたいと思っています。そこから、自治体が抱えている悩みが垣間見えて来ます。
以前のブログで、インテリジェンスの主要な役割は「奇襲の回避」にあると云いました。
奇襲成功の要訣は、それを実行する側からすると、「敵の意表に出て、対応の暇を与えない。」と云う事にあります。逆の立場から問題を提起すると、
① 災害対策本部では、何故、危機の認知が妨げられるのか。
② 災害対策本部では、何故、組織内の早期警報システムがタイムリーに作動しないのか
という2点が、大変重要であると思います。
以下、この2点を柱に、何故これらの実現が難しいかということについて、中々、可視化が出来ない話を主体に進めていきます。

2 危機認知を阻害する人的要因
人には、起こりつつある災害から自分の眼を塞いでしまう、信じられないような心の働きがあります。
「見えているのに見ない」そのような心の働きは、本部の指揮情報活動の随所に現れます。
大事な時に、リーダーや周辺の人間の眼を曇らせる「バイアス」について、お話します。

(1) 自己中心性の高い楽観幻想バイアス
災害対策本部のリーダーである本部長は孤独であると云う事を理解する必要があります。本部長は、状況判断を行う際に、先ず、現在直面している「状況の特質」を理解しなくてはなりません。経験豊富な優れたリーダーは、「ヒューリスティックス」という物事を単純化して、迅速に理解する思考習慣が身についています。
「状況の特質」を一言で、的確に云い表すだけの理解力と表現力を持っています。
経験のないリーダーほど、住民に将来に心配を持たせたくないという配慮が先行し、 「楽観幻想」が頭を支配し、「思い込み」「願望」「先入観」が強く働き、バイアスが思いっきり掛った目線で目の前の状況を見詰めてしまいます。
結果、リスクを必要以上に低く見てしまう傾向に陥り易くなります。
「巧遅より拙速」を美徳とする災害対策本部の様な、「切った張った」の世界では、多少の バイアスがかかっていても、むしろ、ズバッとした単純な楽観幻想が、周囲から好もしく思われる事がよくあります。
その結果、正しい情報に眼が向けられずに、自分が信じたい事を支持する情報だけを取り上げるようになります。また、報告を受けた情報を自己中心的に解釈する傾向を見せるようになります。部下は、リーダーのそのような思考特性を良く見ています。
リーダーの思考特性を速やかに学習し、それに合った情報しか報告しないようになります。
そのような本部は、結果として真の危機に眼を塞ぐことになります。

(2)将来を軽視するバイアス
災害対策本部は、目前の緊急業務に全力対応します。全員の意識が当面の出来事に集中し、将来の心配は誰の心にも浮かびません。
そのような本部においては、いつしか将来を軽視する雰囲気が生まれます。
災害が起きる可能性があるとしても、それはまだまだ先の事であると、根拠もなく思い込むようになります。定かでない問題を上司に報告しても、「今、どう云う時期と心得るか!」と怒鳴られるのが落ちです。その辺の事情が分からないわけではありません。
初期の災対本部は、将来の事に対応するための有形・無形の余力が無いのです。
しかし、危機や災害は時差攻撃が得意です。今襲っている災害の後ろには、必ず、次の 災害が控えています。危機には、必ず兆候があります。今、生まれた危機の芽は、時間をかけて成長します。その間に、災害は、おぼろげな影を見せながら、ヒタヒタと近づいてきます。目の前の災害に全力で対応しながら、将来の脅威の成長にも目配りをする必要があります。情報力・意志決定力・企画力・行動力が制約され、僅かしかなくても、現在の問題対処と将来の問題準備のバランスが大切です。災害対策本部の対応にバランスを欠き、将来を軽視する雰囲気があると、危機が時間をかけて顕在化してくるプロセスを認識できない事になります。

(3) 不作為の欲求バイアス
災害対策本部で、何らかの兆候を把握した情報アナリストが、将来の土砂災害の発生を 避けるため、本部長に対し「早目の避難勧告」の必要性を進言したとします。
数年前、ハリケーン・サンデー被害を体験したニューヨーク市・市民は、少しも躊躇することなく早目の避難勧告に従うと思います。
我が国の災害対策本部では、「海のものとも、山のものとも分からない災害のために、今から地域社会の経済活動をストップさせる様な犠牲を強いるわけにはいかない。」と云うような議論になります。災害対策本部は、「地域社会・住民に損害を与えない」事を最優先に 考えます。わざわざ、本部が、住民に経済的損害を与える立場になる事を嫌います。
その結果、嫌な選択と向き合わず、予見可能な危機を防止するための行為を避けてしまう傾向があるのです。

(4) 鮮明でないデータへの無関心バイアス
災害対策本部では、曖昧な根拠で警告を発しても誰も見向きしません。
誰もが自分の仕事で忙しいのです。疲れているのです。人の話をじっくり聞くだけの時間や気持の余裕がありません。そういう雰囲気の中で、職員は、一目で分かる鮮明なデータを突き付けられなければ、問題に取り組もうとしません。
特に、自分が所属している組織が所管する問題の場合は、比較的良く反応しますが、縦割り組織の中で、所管が異なる問題に対しては、極めて鈍い反応を示します。
そのような反応の鈍さは、おぼろげな形でしか見えない、しかも自分が所属する部署の 所管でもない危機に対し、眼を塞いでしまう結果になるのです。
以上が、災対本部の活動中に、リーダーや周りの職員が陥り易い危機認知エラーです。
リーダーを補佐する立場のアナリストにおいても自戒しなければならない要因です。

3 危機認知を阻害し、早期警報システムがタイムリーに作動しない組織要因
組織には、組織が危機を認知し、素早く対応する事を阻害する色々な要因があります。
特に、自治体の災害対策本部組織で起こりそうなケースについて、以下、お話します。

(1)組織職員に対するインセンティブ(モチベーションの誘引)に失敗すること
災害対策本部は寄せ集めの集団です。名前は立派だけれど、中身はそれ程、大それたものではありません。本部で従事する業務に最初から通暁している職員は一人もいません。
同じ自治体職員といえども、初めて言葉を交わす人間も少なくない。気心が知れていない人が多い。日ごろ、一緒に訓練している職員も、事情により参集できない場合もあります。まして、関係機関から派遣されてくるリエゾン等は、殆どが初対面の人間です。
此処では、組織の一員としてのインセンティブの確立が重要なテーマになります。
モチベーションの誘引に失敗すると、例え本部内の人間が、危機の認知に係る必要不可欠な情報を持っていても、「黙っている」、或いは、「必要な行動を取らない」と云うケースが間々起きます。
組織職員のインセンティブの確立は、リーダーの仕事です。

(2)情報収集活動が受動に陥ること
これから起きるかもしれない気象災害に備える災害対策本部にとって、必要十分な気象 情報の入手は、大変重要な問題になります。
●「何処の」「どのような測定情報を」「いつまでに」必要とするのか?
●それは、「何のために」必要とするのか?
●情報源は開拓されているのか?
●必要なデータを収集するために、センサーを何処に置いて、どの方向に向けるのか?
それらを検討して、気象情報を能動的に収集する体制を構築しなければなりません。
混乱した組織をまとめて、これらの重要事項を迅速に決定し、時をおかずに実行に移す ことは本部長のリーダーシップを抜きにしては不可能です。
此処で注意すべき事があります。
情報社会での情報収集に慣れている国民は、「気象情報は、気象庁から発表されるもの。
情報が必要なら、TVの気象情報を見るか、インターネットにアクセスしたら良い。」というような依存的と云うか、既製服感覚の情報収集態度になってしまう事です。
このような態度になると思考停止が起こります。何のために気象情報を必要としているかと云う事を主体的に考えられないようになります。「何処の」「どのような測定情報を」「いつまでに」必要とするのか。そのことを考えなくなります。
その結果、二つの問題が生じます。
一つは、組織の主体的な、真剣な、情報観察眼を奪う事です。
もう一つは、「この情報をいつまでに入手しなければならない。」というミッション意識が消えてしまう事です。二つとも、情報マンにとっては致命的な欠陥です。
これらが無くなると、タイムリーな早期警報は出来ません。明らかに、組織の危機認知阻害要因になります。
自然災害危機が近づくと、気象庁発表の既製服情報が、「これでもか」と出回る世の中で、特定の時期・場所のオーダーメイドの情報を要求する勇気が極めて大切と考えます。

(3)情報統合に失敗すること
災害対策本部が必要とする情報資料は多様です。発生しつつある脅威を認識するために 必要な情報断片が、実は、自治体内部の各部署や関係機関等内部にしまい込まれている事が良くあります。
組織全体としては、必要な情報断片を全て持っていることになるけれど、「点と点を」つないでいないために、危機の認識が像を結ばないというケースがあります。
災害対策本部(関係機関を含め)の如何なる組織に、如何なる測定データや情報断片が存在しているのか。
それらの組織は、どのようなタイミングで、データを更新するのか。これらの事をキチンと把握しておく事が重要です。
その上で、必要がある時は、それらのソースから気象・地象の測定データや情報断片を引き出し、集約統合して、行動に繋がるような洞察を得るための分析を行います。
言葉で云えば、ワンセンテンスですが、「それを誰が、どのようにやるのか」ということが、実は、大問題なのです。それが出来る人材を見つけ出し、少人数でフットワークの良いチームを編成し、
組織内を縦横に駆け巡り、縦割り組織の障壁をもろともせずに、必要なデータをかき集めて分析する。そのようなアナリストチームを編成して、その行動に、
お墨付きを与えるのはリーダーの役割です。これは、誰のためでもない、自分のためになることです。
これが出来ないと、気象災害危機が切迫している状況下において、本部内の情報ネットワークが機能不全に陥り、組織が発生しつつある不穏な脅威を認識出来ない事になります。組織の危機認知阻害要因になります。

(5)シナリオプランニングを実施しないこと
シナリオプランニングの目標は、組織が、起こり得る将来のリスクを明確にし、リスクを具体化・定量化する事に役立てるために行います。それによって、組織が気づかないまま奇襲攻撃されないように、更には、過剰な予防行動にならないようにする事です。
このシナリオを災害対策本部の組織内で、職員が共有する事により、予防措置や準備措置を計画するための基礎となります。
脅威の兆候がもたらすプロセス・結果を、ひっくるめて組織全員が認識している事により、組織としての「状況認識の一致」が迅速にできます。
シナリオプランニングを実施しない災害対策本部では、一職員が、何らかの「兆し」に接しても、それが、将来の災害を示す兆候として認識できない場合があります。認識し得たとしても、その事が、組織の共通認識になるまでの「説明と説得」に時間を取られ、予防措置に間に合わなくなると云う事も予想しておかなければならないと思います。
部下に、こんな苦労をかけないようにすることがリーダーの役目です。
これも、組織の危機認知阻害要因になります。

(4)学習に失敗すること
発生する災害の全てが新しいわけではない。自己組織や他の組織が、以前と同じタイプの災害に遭遇する事はよくあることです。
組織が、学習、事例集の作成、データベースの活用等、制度的な記憶の保持に優れていれば、発生する災害のプロセスパターンを明らかにすることによって、効果的な予防的対応が整えられる時間内に、おぼろげな段階であったとしても、災害の発生を認識し始める事が可能になります。
しかし、学習障害や記憶喪失になっている組織は、発生する脅威を認識する見込みは低いでしょう。このような組織の場合、過去に何度も、同じ理由で災害対策本部を立ち上げた経験があったとしても、これから何度でも、同種の災害に襲われることになります。 これも、組織の危機認知阻害要因になります。

4 おわりに
近づきつつある災害の足音に気付かない、気付いたとしても、効果的な組織対応に結び付ける事が出来ない自治体が、何故、これほどまでに多いのか。
自治体リーダーは、危機を認識する洞察力の必要性を、どれ程、感じているのだろうか。
リーダーが洞察力を持っている場合でも、タイムリー、かつ、効果的に対応できず、問題を最悪の事態にエスカレートさせてしまうのは何故なのか。
このブログの冒頭部分で、「災害対策本部におけるリーダーシップの主要な責任の一つが、『予見可能な災害を明確にし、これを避ける。』ことにあります。」と申上げました。
組織としての危機認知を阻害する要因を煎じつめると、全てがリーダーシップの機能不全に突き当たると思います。
これらは、自治体の災害対策本部の内部で発生し、職員が直面する問題です。
リーダーに関わる問題は、中々、外部には出て来ないし、内部においても議論されにくい問題です。今回は、その事に、敢えて切り込んでみました。
このような指摘に該当しない自治体も多数ある事を願っています。



以上