2017/02/08

インテリジェンス (à la carte)

1 インフォメーションとインテリジェンスの違い
インフォメーションとインテリジェンスの違いは、生のデータと加工されているものとの違いです。簡単に言えば、インフォメーションとは「加工されていない生のデータ」であり、インテリジェンスとは「意思決定者のためにインフォメーションを加工、分析して得られたもの」です。つまり、インテリジェンスはインフォメーションから作られます。従って、インテリジェンスでないものは、全てインフォメーションということです。情報分析を料理に例えると、インテリジェンスが料理で、インフォメーションは食材ということになります。
◎インテリジェンスは、「インフォメーションを収集・分析した結果としてのプロダクト」のことを指します。
◎インテリジェンスとは、「判断・行動するために必要な知識」のことを指します。
以下、インフォメーション=INF、インテリジェンス=INTと呼称します。

2 INFの処理
私たちの身の回りには、溢れるほどのINF(知識)が飛び込んできます。人々は、そこから必要なINFと不必要なINFを選り分けます。人々が、必要と不必要を区分する基準は何でしょうか。それは、将来何かを決断しようという「心積もり」です。将来時点の行動を決断するためには、「その時の状況がどうなっているだろうか」という状況予測(判断)が必要になります。その際、「必ず、リスクAが発生する。」と断言できれば、一番良いのですが、そんなに簡単に結論を下すことはできません。多くの場合、「予想される事態は、A、B、Cと数通り考えられますが、公算については判定できません。」という事になります。このとき、可能性の判定に役立つようなINFが入手できれば、これ程ラッキーな事はありません。このような知識は、あたかも、分かれ道の道標のようなものです。判断をガイドする「鍵となるINF」です。情報活動では、こうした鍵となるINFの中でも、特に重要なINFを「情報主要素(EEI)」と呼んでいます。INFは、情報活動の目的と報告時期に照らし合わせて、先ず、適合性と適時性について、評価判定します。適合性と適時性をクリヤーしたINFは、更に、信頼性や正確性について評価判定しなければなりません。INFが真の情報(INT)に格上げされるためには、このように数段階の評価判定という関門を潜らなければならないのです。INFに対するこのような関門の事を、情報活動では「INFの処理」と呼んでいます。結局、INTとは、処理されたINFと定義することが出来ます。処理されたINFは、INTと呼ばれ、その他のINFと区別して取り扱います。

3 情報(INT)の使用
インテリジェンスという用語は、二通りの意味で使われています。一つは、INFを処理して得られるINTです。この段階で得られるINTは、断片情報です。一つのピースだけで、意思決定者の情報要求に応えることは無理です。情報要求に応えるためには、もう一段階のプロセスが必要です。即ち、複数のINTを総合的に観察して未来を洞察して得られるINTです。前者のINTは、「情報の処理」という機械的な作業で生産されますが、後者のINTは、情報を使用して行う知的・創造作業によって生産されるプロダクトです。意思決定者の要求に応えるのは、後者のINTです。これを得るために世界のミリタリーの情報参謀が実施している方法が「情報見積」です。その手順は、以下の通りです。

①任務等の理解
組織の任務と情報に関する指揮官のガイドラインを良く理解します。ガイドラインには、「状況判断の予定」(何を、いつ、決断する)「必要な情報」「報告時期」「報告手段」等が示されます。
②状況の考察
ここでは、任務達成に影響がある「地域の特性」、「敵情」等を考察します。「地域の特性」については、地形、地質、気象、社会等の諸要素が彼我の作戦行動に及ぼす影響を考察します。「敵情」については、過去の戦例(事例)の研究等から得られる「敵の戦術思想」「慣用戦法」「編成装備」に関する知識を基礎として、最新の情報に基づき、「兵力編組」「配置」「兵站」「最近の顕著な活動」「敵の特性弱点」を考察します。
③敵の可能行動の列挙
指揮官の状況判断を容易にし、かつ、敵の奇襲を防止することを主眼に、一応、実行の可能性があり、我が任務達成に影響がある敵の今後の可能行動を全て列挙します。
④敵の可能行動の分析
列挙した敵の可能行動の採用公算の順位、我が任務達成に及ぼす影響及び敵の弱点を明らかにするため、兆候と戦術的妥当性の両面から考察します。
⑤結論
上記考察結果を以下のポイントに要約します。
・敵の可能行動の採用公算の順位
  各可能行動について、敵が採用する公算を明らかにします。
・我が任務達成に重大な影響を及ぼす敵の可能行動
  今後、採るべき行動を決断するにあたり、各可能行動がもたらす重大な影響を明らかにします。
・我の乗じ得る敵の弱点

4 情報見積とリスクアセスメントの背景
世界のミリタリーが行う状況判断の焦点は、任務を効果的に達成するための行動を決断することです。この場合のリスク誘因とは、「当面の敵の行動」です。敵の行動への対応は、状況判断の直接の狙いではありません。状況判断の第一義は、任務を効果的に達成するための行動を選択することです。従って、状況判断に資する情報見積の肝は、敵の行動が、我が任務達成に対し、如何なる影響を及ぼすかを考察することです。情報見積を考察する根底には、常に、「任務の達成に寄与する」という目的意識が存在します。このため、情報見積の分析においては、「敵は、如何なる行動をとるか?」「我が任務達成に重大な影響を及ぼす敵の行動とは何か?」を分析評価する事が焦点になります。一方、リスクマネジメントでは、「ミッションの達成」は考察の範囲外です。いくつか想定されるリスクの中から、重大なリスクを選択し、そのリスクにどう対応するかという「リスク対応方針」を決定することが、リスクマネジメントの意思決定目的です。このため、リスクアセスメントの肝は「リスクそのものの特性」を考察することです。従って、リスクアセスメントの分析においては、「リスクが生起する確率」「リスクが生起した場合の結果の影響」を分析評価する事が焦点になります。

5 情報見積やリスクアセスメントを実施する予定がない時のINFの取り扱い
情報見積やリスクアセスメントを実施する予定がない時、本部長の情報要求が示されていない時、我々の目の前を行き交うINFをどのように扱ったらよいでしょうか。その場合は、INFの正確性を評価判定します。INFの中の事実でない部分は切り捨て、事実だけを残します。明らかに事実と反するINFは廃棄します。正確性を評価判定されたINFは、「INTになりうるINF」としての資格を与え、適切に分類・保管します。情報見積を作成する予定がない場合であっても、情報分析官は、「将来、如何なる判断が求められるだろうか?」「将来、どのような情報ニーズが予想されるだろうか?」という問い掛けを常に実施し、将来の情報見積の心積もりをしておくことが重要です。

6 継続的な情報見積・リスクアセスメントの実施
情報見積やリスクアセスメントは、「時間をかけて高品質な分析を1回やればよい」というものではありません。短時間で「そこそこの分析」を何回も重ねることの方がより効果があります。情報分析が取り扱う対象事象は複雑であり、予期せぬ変化をする事がしばしばあります。「一回の仕事で完璧な仕事を仕上げよう」と思わない方が良い場合が多々あります。ほどほどの分析を繰り返し行うことによって、INTの精度は徐々に増していきます。ほどほどの分析を繰り返すことによる利点は3つあります。
第一に、分析結果を必要とするタイミングが早まっても、分析結果を提供できる。
第二に、状況が変化しても、それに応じて分析結果を更新し精度を高めることができる。
第三に、分析結果を都度報告することで、意思決定者のパッションの変化に対応できる。

7 情報要求が示されない場合の対応
まず、マネジメント側が「戦略立案のため、こういう情報が欲しい」という要求、つまりリクワイアメントを出します。すると情報サイドがインフォメーションを集め、処理し、分析し、インテリジェンスに加工して、マネジメント側に渡します。それを基にして、戦略構想が立案されるのです。これが通常の手順です。ところが、マネジメント側からリクワイアメントが示されないことがあります。マネジメント側が、「自分たちが何を知りたいのか」が分かっていないことが原因です。そのような場合、情報サイドはマネジメント側に質問をして、揺さぶりをかける方法があります。例えば、「過去に経験した脅威は何か?」、「次に起こる可能性があると考える脅威は何か?」と聞きます。そうするとマネジメント側に潜在的にあった危機意識が刺激を受けて、リクワイアメントがあぶり出されてくる事があります。情報スタッフが、「あるべき情報要求(案)」を作成して、マネジャーに意見具申する方法もあります。これらの方法は、マネジメント側が、最小限、「何を、いつ、決断する」という状況判断の構想を持っている場合にのみ有効です。

8 予測の困難性に対する対応
予測とは、基本的には「過去の延長線上に未来を考える」ことです。しかし、自然災害がもたらす危機の発生は複雑な要因が絡み、過去の延長線上では、中々予測できません。古代中国の戦略思想家である孫子に「敵を知り、己を知れば、百戦して危うからず」という格言があります。インテリジェンスの世界では、伝統的に情報担当者が注視しているのは、「敵を知る」という事です。脅威となる「敵」、或いは、台風、地震等の「自然災害を引き起こす誘因」の動向を知る事により、そこから将来の危機を予測する手法を採っています。しかし、自然災害相手では、予想が当たらないケースが多々あります。むしろ、当たらないケースの方が多いように見えます。「敵の動向を知る」ことが正しい予測に結び付かない場合は、どうすべきかという事が、ここでの問題提起です。そこで、孫子の格言に戻ります。孫子は、「己を知る」という事の必要性を述べています。「敵を知る」ことが、正しい予測に繋がらないならば、「己を知る、即ち、自分のことを徹底的に分析する」ことが、実は、問題解決の糸口になるのです。これは、インテリジェンスの世界の発想転換です。自分のことを分析するに当たって、重要なのは「脆弱性」です。「自分には、こういう弱点があるので、将来こういうことが起きた場合には、非常に危うい状態になる」という物語を記述した仮説、即ち、シナリオを複数作ります。そして各シナリオを評価し、特に危険なシナリオについては、あらかじめ準備をしておく、つまり、未来に備えておくのです。これが二番目の発想の転換です。インテリジェンスの世界で伝統的な「敵を知ることによって未来を予想する」「予想することによって未来に備える」という方法に代わって、「己を知る」ことによって、「未来に備える」のです。「己を知る」ことと「未来に備える」ことのコラボレーションは、「シナリオプラニング」により実現します。「先ず、自分の脆弱性を知ることから始める」というインテリジェンスの発想転換は、「シナリオプラニング」へと発展し、シナリオに基づいて未来に備えるという新しい発想の転換をもたらします。「シナリオプラニング」は、自然災害がもたらす危機への対応では、特に有効な方法であると考えます。「自分達はこういう弱点があるので、将来、このような問題が起きた場合には、非常に危うい状態になる」というシナリオが、予測困難な場合に創る新しいインテリジェンスです。

以上