2014/08/25

気象災害アナリストが必要ではないでしょうか?(続き) ~アナリストの仕事は、奇襲攻撃の回避~

1.8.20広島土砂災害
アナリストの重要な仕事に「奇襲攻撃の回避」があると前のブログで書きました。
8月20日の広島市の土砂災害は、誰もが動きの取れない、夜中の大雨の最中に起きた奇襲攻撃です。奇襲とは、「敵が予期しない、時期・場所・手段で攻撃し、対応の暇を与えないこと。」であると、昔、戦術教本で学んだことがあります。今回の広島土砂災害は、奇襲のお手本です。特に、前日は大雨の素振りも見せずに住民を安心させておいて、住民が寝静まった時間帯を選んで、豪雨と土砂災害を仕掛けてきました。
自然による奇襲攻撃の典型的な例です。
我々が人材育成を目指す気象災害アナリストは、今回の様な、自然による人間社会に対する奇襲攻撃をどうしたら回避する事が出来るのでしょうか?
これが、今回のブログのテーマです。

2.奇襲攻撃の実相
今回の災害を通じて感じたことは、「奇襲攻撃の実相」の厳しさです。
8.20未明に、阿佐南・北地区で起きた奇襲攻撃の実相は、今後、詳しく検証しなくてはなりませんが、とりあえず、報道で見聞きした情報を参考に、簡単に経過を追ってみました。数字が不正確かもしれませんが、ご容赦ください。
先ず、前日の夕刻は、雨は降っていないようです。土砂災害の発生を予感させる兆候は、 何かあったでしょうか?マスコミの報道には、それらしいものがあったという話は聞こ えてきません。
では、大雨警報が発令された21時頃はどうでしょうか?
当時、降っていた時間20mm弱の雨が、その後、激しい雨になると予想していたが、特に、被害に結び付くと感じさせる降水予想ではなく、私の知る限り、特段、前兆現象らしきものがあったという報告は無かったようです。
1時15分に土砂災害警戒情報が発表されます。この頃になると時間単位30mm前後の雨が降っていました。住民の中には「もしかすると、裏山で土砂災害が発生するのではないか?」という現場特有の予感がして眠れない夜を過ごしていた人もいるのではないかと思われます。不安の夜を過ごしていた住民の中には、3時前後から、変な臭いや音といった前兆現象らしきものに気付いた人も、少なからず居たようです。

しかし、それに気付いた時刻は、土石流や崖崩れの発生と、ほぼ同じ頃であったと思われます。そのタイミングで、これらの現象に気付いても、猛烈な雨や雷の中で、咄嗟の行動を執れずに、押し寄せる土砂から身を守ることが出来ない被害者も多かったと推察されます。このような段階になってからでは、行政が出来ることは何もありません。
行政の勝負は、既に、決着しています。

3.奇襲攻撃回避のための選択肢
今回の広島土砂災害発生の経緯を時系列で振り返ると次のようになります。
19日
夕刻:   雨は降っていなかった。
21:25 1時間に20mm程度の激しい雨。大雨警報発表

20日
01:15 土砂災害警戒情報
02~03 時間当たりの降水量 90mm超
03~04 時間当たりの降水量 100mm超
03:25 最初の土砂災害発生
04:30 広島市の避難勧告発令

以上の経緯の中で、一応、「奇襲攻撃回避」というミッション達成が可能で、避難決定の妥当性がありそうな選択肢を列挙すると、以下の3つがあげられます。
A 19日の夕刻に、避難勧告を発令し、住民を安全場所に警戒避難させる。
B 19日の大雨警報発令後に、避難指示を発令し、住民を安全場所に避難誘導する。
C 20日の土砂災害警戒情報で、避難指示を発令し、住民を安全場所に避難誘導する。

気象災害アナリストが必要ではないでしょうか?(続き) 上記選択肢の特性を、ミッション達成度を縦軸に、避難行動の妥当性を横軸に展開すると、左図の様に なります。

Aは、奇襲回避は可能だが、その時点の避難行動に妥当性が低い。

Cは、避難行動の妥当性は高いが、その時点では奇襲回避のチャンスは殆ど残されていない。

Bは、両者の中間です。


4.奇襲攻撃を回避するための最良の選択肢の決定
表から、奇襲攻撃を回避するためには、Cという選択肢の実行の可能性は極めて低いと思います。出来れば「A」、止むを得なくても「B」の選択肢を取らなくてはなりません。そのためには、A又はBの選択肢が、右上にシフトできるように対策を講じる必要があります。
先ず、Bを取り上げます。Bの問題は、夜間、雨の中を避難する危険性・困難性です。
これには、夜間の安全避難についての事前準備がカギになります。土砂災害に対する安全な避難場所を近くに準備すること、夜間の避難誘導体制を整えること、避難情報の伝達体制を整備すること、夜間の避難訓練を徹底すること等の事前準備が必要になります。事前準備を完璧にやっても、夜間の避難は、行動的には際どいものがあります。

100%安全な避難は不可能です。ここまで事前準備をして、尚且つ、際どい行動を選択しなくても良いのではと考えます。
Aの問題は、夜中に土砂災害が発生する公算を見極める事の困難性と、兆候が無い段階で、敢えて避難する事の必要性を自治体職員や住民に納得させる事の困難性です。 それでも、この段階の避難行動には、際どさはありません。課題は、関係者の説得です。そこには「土砂災害発生の公算」という分析結果を抜きにして話はできません。 しかし、どんな場合でも、インテリジェンスが、白黒をはっきりつける事はありません。
●わずかな ●ありそうにない ●五分五分 ●おそらくありそうな ●殆ど確実なといった可能性の表現を使います。
異論があるかもしれませんが、19日夕刻の分析で、「わずかな可能性」という結論であっても、私は、直感的に、Aの選択が、最も現実的な対応であると考えます。
19日夕に、「わずかな可能性」という分析結果を根拠にして、住民避難を説得するためには、「情報の信頼性」がカギです。
「信頼性の高い情報源からの警告」という形が、極めて効果的です。
自然が仕掛ける奇襲攻撃を回避する方法は、これしかないと思っております。

5.情報を提供する側と受ける側の間の信頼感がカギ
空振り覚悟の思い切った意志決定を世間から要求される自治体トップには、正確な情報よりも、信頼できる人からの情報の方が、より重みがあります。気の進まない住民の重い腰を上げさせるにも、同じことが云えます。
その時に(例えば、19日の夕刻)、アナリストチームが自治体や住民にとって、信頼性が高い情報提供者になっているか否かが、奇襲回避というミッション達成のカギになります。そのためには、いくつかのポイントがあると思います。

第1に、信頼のおける専門家チームを結成することです。
今回の絵に描いた様な完璧な奇襲攻撃を回避するためには、相当、レベルの高い専門家チームを結成することが必須であると感じました。
●特定地域の許容量を超える降水の可能性を、早い段階から予測する「気象の専門家」
●特定の山地に大量の降水が予想される場合に、土砂災害発生の可能性を予測する「山の専門家」
●上流地域に大量の降水が予想される場合に、特定河川の洪水発生の可能性を予測する「川の専門家」
●内水氾濫発生の可能性を予測する「都市下水道の専門家」
●上記専門家が分析したインテリジェンスを総合して、事態の裏側で進行している事を嗅ぎわける総合能力を持った「災害情報の専門家」
●その他(タイムライン作成、住民の防災教育・防災訓練等)の専門家

第2は、平素から地域の防災活動へ積極的に参加することです。その事により、住民・自治体職員の間に、徐々に、チームに対する信頼感が生まれます。
危険地域に住む住民と一緒に、地域の危険箇所の調査活動に参加したり、防災マップ作りを支援したり、タイムライン(土砂災害回避のための事前行動計画)の作成を支援したり、専門知識の普及教育をしたり、警戒避難の訓練に参加したりすることが、大変、重要なことであると確信しております。
そういった活動を通じて信頼感が醸成され、いざとなった時に「この人たちの云う事を信じよう。」という気持ちに繋がっていくと思います。

第3は、適切なタイミングで、勇気を奮って、警告を発することです。
専門家は、いつも災害が発生した後で、「実は・・・」という話をします。その手の話は、発生する前にしなくては、災害回避の意味がありません。
ここに集う専門家は、唯の専門家ではありません。アナリストの心を持った専門家です。彼らには、予測が外れることを恐れずに、信念に従って、警告を発する事が期待されています。

6.終わりに
物事の先を見通そうとして、頼りになるカギが、中々見つからない時がよくあります。意見を求められ、「分かりません」と口にしたら、正直かもしれませんが、アナリストとしては、失格です。トップも同じように悩んでいると考えた方が良いでしょう。
そういう時に、過去の似たような事例を探して見ることが有効です。そのケースのプロセスを辿ってみれば、先を見通す有効な情報が得られることが多々あると思います。
意志決定者も、過去の事例を紐解かれると、意外と「そうか」と納得してしまうケースがよくあります。事例集は弁慶の7つ道具のひとつかもしれません。
これは、相手を動かすために、「最後まで諦めるな」というメッセージです。



以上