2014/09/05

戦略的対処について(続き) ~何をやるべきか~

1.はじめに(災害対処戦略の相手は自然)
自然は、強大なエネルギーで人間社会を襲って来ます。
荒れ狂う自然のエネルギーを人間が抑え込む事は不可能と考えるのが常識的です。
自然は人類社会が勝負を争う相手ではないと思います。
危機に直面した人間が出来る事は、「自然の猛威に屈せず、自然がもたらす被害の拡大を出来るだけ最小限に防ぐこと」くらいです。
自然は、人間社会の出方を見て対応を変えるというような相手ではありません。
固有の論理に従って、ひたすら、人間社会の脆弱部に対し、災害力を仕掛けてきます。従って、自然相手の戦略では、駆け引きではなく、彼らの論理(メカニズム)を研究することが重要になります。
メカニズムの理解は、戦略判断に必須の、相手行動の予測に大いに役立つと思います。

2.巨大災害に立ち向かう自治体使命の分析
平時においては、多くの自治体は、「住民が幸福を実感できる街づくり」を使命に掲げ、 「望ましい街と暮らしの姿」を目指して行政を推進しています。
ひとたび災害が起きると、自治体の使命は、緊急避難的に、理想追求型から「災害に よって損壊した社会をあるべき状態に回復する。」という問題解決型に変更されること になります。災害対処の根本課題は、あるべき状態の認識から生まれるのです。
災害時に自治体が、認識し回復を目指す「あるべき状態」と、その時に自治体が直面 している「現実の状態」との間に、克服すべき様々なギャップ(問題)が存在します。

問題事象とは、初期の段階であれば、例えば、以下の様なものを想像できます。
●住民多数が、諸処で土砂の生き埋めになり、生命の危機に曝されている。
●重症者が、諸処で大量発生し、救命救護を受けられず、生命の危機に曝されている。
●生活基盤を失った大量の被災者が街頭に溢れ、食物、毛布も無く、困窮している。
問題事象は、目の前に存在しても、中々、その全体像が見えません。
問題事象は、ナマモノです。放っておくと、悪化し、複合拡大します。

災害に直面した自治体が、先ず、やらなければならない仕事は、問題事象を見極めることです。
そのためには、直感力を働かせることが大切です。
問題事象を把握した後にやるべきことは分析です。
問題事象を分析して原因を解明する事により、「何をやるべきか」という課題認識を持つことが出来ます。

3.災害対処戦略の本質は「選択と集中」
自治体の本質的使命は、市民にとって「善なるもの」を実現する事です。
一方、戦略の役割は、現実の問題を上手く克服し、出来るだけ早く、出来るだけ「善」に近い状態を実現することです。
災害時、特に、大規模災害発生初期の最大の特性は、「やるべき課題の多さに比し、
出来ることは極めて限られている」ということです。
対処資源の大幅な不足という厳しい現実下で、戦略に求められる事は、
優先順位の判断です。優先順位の判断については、二つの種類があります。
その一つは、時期的な優先順位の判断です。「何から着手したら全体が円滑に進捗するか」を判断します。
これについては、仕事の手順を考える事により、自ずと、明らかになると思います。
問題は、もう一つの優先順位の判断です。それは、やるべき対象の重要度に関する判断です。
今やるべき重要事項を複数の課題の中から選択する判断です。何かを選択するという 事は、何かを捨てるという事を意味します。
それを判断する時は、組織として何を重要視するかという「価値観」の問題が絡んで来ます。この種の判断が必要な場面は、何処の現場でも発生します。
全職員が価値観を共有する事により、組織として、ぶれのない判断軸を確立する事が何よりも大切です。
その事により、問題が発生してから、一々、本部に伺いを立てずとも、現場の判断が可能になり、迅速な対応が出来るようになります。
災害対処戦略の本質は、トップから現場責任者に至る上下一貫したぶれのない判断軸に基づく「選択と集中」の実現にあると云えます。

4.状況判断の手順
一般的に、自治体には「理想追求型の使命」のみがあります。
理想追求型の使命を、問題解決型の使命に置き換え、「何のために、何を、いつまでに達成すべきか」というミッションは、自ら判断し、自らに課さなくてはなりません。
これまでの考察を総合して、「選択と集中」を実現するための私なりの状況判断の手順の一例をお示しします。

(1) 使命の理解と問題の列挙
果たすべき使命は、あるべき正常な状態に戻すという問題解決型の使命です。
ここでは、先ず、「あるべき正常な状態」とは何を指すかという事を考えます。
例えばという事で、以下の様な状態を「一例」として思い描く事が出来ます。
●被災住民の生命の安全確保ができた状態
●被災住民の生命の安全を確保した上で、インフラ等の復旧と被災住民の生活再建の見通しができた状態
●災害以前よりも、安全で快適なまちの復興見通しができた状態

「あるべき状態とは何か」を考察する事は、災対本部が担うべき目的を明らかにする 事です。ここで認識した「あるべき正常な状態」は、作戦目的になります。
目的を認識した上で、被害状況を概観し、目的達成のために克服すべき問題を把握し ます。巨大広域災害では、問題は、一つだけとは限りません。
考察に当たっては、先ず、考え付くすべての問題を漏れなく列挙します。その上で、 直感を働かして、類似性がある問題を整理統合し、あるべき状態の回復に、寄与度が 低い問題を削除し、今、取り組む必要がある数個の問題に絞り込みます。
   ここで絞り込まれた問題の解決が作戦目標となります。

(2) 問題事象の分析
この段階では、前項で絞り込んだ問題事象(仮説)について考察します。
其々の仮説について分析し、問題の原因、問題事象が生起する公算、対処しない場合 の使命・価値観に及ぼす影響度等を明らかにします。
原因の分析により、問題解決に必要な具体的な課題認識(我々は何をすべきか)を 持つ事が出来ます。公算及び影響度を考察する過程で、問題対処(目標)の優先順位 を比較する要因を見つけ出すことが出来ます。

(3) 問題(目標)の比較と選択
各仮説の分析結果から、対処すべき問題を比較し、優先順位を明確にします。
優先順位の高い問題を選択し、使命と併せて本部のミッションを決定します。
分析の過程で明らかになった課題を実行組織のミッションとして付与します。

5.終わりに(戦略計画の事前作成について)
戦略計画の事前立案にあたっては、被害想定に基づき、上記のプロセスで、使命・ 問題・課題を具体的に検討します。
事前に戦略計画を策定しておく事は、想定した状況に近い災害が発生した場合に、 現実に起きている問題を推測する手がかりを与えてくれる筈です。
問題事象の分析で把握した優先順位の比較要因は、現実の問題比較でも役立つ筈です。
冷静な頭脳で事前に実施した原因分析は、災害発生時のドタバタで行う分析よりも、 はるかに的確であると思います。
私が、申し上げたい事は、事前の戦略計画があれば、その時に実施する状況判断を 適切に導いてくれるという事です。

戦略的対処については、今回、2度目のブログです。「何をやるべきか」の判断につい て書きました。
災害対策本部の実務に少しでも役立てるため、これからも、折に触れ、 具体的テーマについて、掘下げた内容を心掛けて行きたいと思っています。



以上