2015/09/11

我々が目指すタイムラインについて

1 タイムラインとは
 資料によれば、タイムラインとは、事前にある程度被害の発生が見通せる気象災害等のリスクに対し、予め関係機関が実施すべき対策を時系列でプログラム化した計画を指し、米国がハリケーン災害に対し人的被害を未然防止するために事前防災行動計画を策定・運用したのが始まりとされている。
わが国では、2014年4月に、国土交通省が率先して、国が管理する河川を対象に、タイムラインの導入を決定した。過去に風水害に襲われた経験がある地方では、その後、タイムライン導入を検討する自治体が増えてきていると推定される。
「タイムラインは、オペレーションである。」と云う事を認識する必要がある。
オペレーションの本質は、「行動」である。我々が目指すタイムラインは、ミッションを基礎とし、気象の変化に対する融通性と実行の可能性に配慮したものでなければならない。

2 我が国の事前防災行動の特性
日本の台風は、高潮・高浪災害だけでなく、集中豪雨を原因とする土砂災害や、河川の外水氾濫、街中の内水氾濫等、ハリケーンと比べ、遥かに多様な災害をもたらす可能性を秘めている。
「如何なる災害が」「いつ」「何処で」「発生するか」或いは「発生しないか」が判然としない不確実な状況が、台風の来襲を前に、暫くの間、継続する事になる。
我が国において、台風災害から住民の生命身体の安全を守るための事前防災行動を実行する場合は、台風の動きを良く観察して、いつ、何処で、何が起きるかを「予測」し、
事前防災行動を行う場所と時期を「判断」し、一旦、決定したら、ミッションの完遂を目指し、防災行動を澱みなく「指揮実行」することが求められる。 

3 三位一体型タイムライン
我が国の事前防災行動は、「予測」と「判断」と「指揮実行」の三位一体の活動を、状況の推移に応じて、きめ細かく実行する事が極めて重要になる。
三位一体を構成する要素の一つは、将来の災害を予測する「インテリジェンス」である。
ある地域の台風脅威は、時間経過とともに顕在性を高めて行き、発生する災害の形態が、徐々に、見えて来る。
大事な事は、分析を継続的に実施し、徐々に予測精度を上げて行く事である。
その際、予測の焦点は、災害発生の時期と場所、特に、発生場所の絞り込みである。
分析に当たって、常に留意すべきことは、「兆候と警告」、即ち、危機の「兆候」を速やかに発見し、機を失せず意志決定者に「警告」を発することである。「兆候と警告」は、危機管理分野のインテリジェンスの最も重要な役割と云っても過言ではない。
気象庁が発表する気象警報は、インテリジェンスサイドから発せられる「警告」であり、意志決定者に対し、直ちに行動を要求するものである。
台風の来襲が目前に迫った災害対策本部で、意志決定者が情報関係者に期待する役割は、「警告」をタイムリーに発する事である。
意志決定者が情報提供者の「警告」に期待するという関係図式は、気象情報の提供者にとって、自分のペースで仕事が出来る都合の良い関係である。
しかし、そのような関係に浸り過ぎると、思わぬ落とし穴に嵌ってしまう事がある。
アメリカ南部を襲ったハリケーン・カトリ―ナに関する情報は、ほぼ完璧だったと云われている。嵐の規模・強度、嵐の進路予測、上陸予想時期、ニューオーリンズの地形により生ずる固有の被害等は全て明らかにされた。しかし、ニューオーリンズとルイジアナ州の政策決定者の対応が遅過ぎたため、一般市民の被害を増大させる結果になった。
「政策決定者が完璧な情報を要求したために、情報提供が遅れ、結果的に、政策決定者の対応が遅れた。」というケースは良くある事である。このような失敗を恐れ、対応のタイミングを重視しようとするミッション意識の強い意志決定者が、「警告」を待つ事なく、情報提供者に「現時点のリスク評価」を求める事が、偶にある。
災害対応結果に責任を持つ意志決定者として当然の行為である。
「本部内で、自分の都合で仕事をする事が許されているのは、意志決定者だけである。」と云う事を認識して、仕事をする必要がある。
情報関係者は、関連する情報を持たない場合であっても、要求に応じ、不確かな状況と向かい合い、不確実性を正しく織り込んだリスク評価を行わなければならない。
そのためにも、気象庁の発表情報だけに依存することなく、過去の災害事例研究を含め、幅広い情報源を開拓しておく必要がある。 二つ目の要素は、「状況判断」である。
危機が徐々に顕在化していく段階において、情報担当者から提供される災害予測情報に基づき、その段階において対応すべき行動を判断しなくてはならない。
最終段階では、精度の高い予測情報が指し示す「危険度が高い災害ケース」に対し、実行可能な行動方針を選択することが、「命を守るミッション」完遂のため、極めて重要な判断である。
この流れの中で、意志決定者は、通常の場合、警告情報に基づき「状況対応型」の意志決定を行う。状況によって、ミッション意識の高い意志決定者は、警告情報を待たずに、対応行動のタイミングを重視して「ミッション演繹型」の意志決定を行う事がある。
意志決定者は、ミッション達成のためには、いずれの判断方式も自由に選択できる。
大事な事は、意志決定者が、台風が発生してから到着するまでの1週間程度の期間内の「状況判断予定表」を作成し、状況の変化に応じ、「何を」「いつ」判断するかを、適切に判断する事である。
三つ目の要素は、「指揮実行」である。
台風発生から地元地域に来襲するまでの間に、自治体・関係機関が採るべき事前防災の各種措置を、漏れなく、順序良く、時間軸に沿って、段階ごとに配列すると共に、各行動の担任を明示する必要がある。この際、重要な事は、段階的に判断を行い、そのステージでやるべき行動とその実行担任を決定する事である。
その際、決定した事は、迷わず自動的に実行するという共通ルールの確立が重要である。
それにより、最終目標に向かい、指揮がブレることなく、着実な実行が可能になる。
指揮実行を統制する有効な手段として、「ゼロアワー」がある。
ゼロアワーとは、タイムラインの時間軸設定の基準となる時刻である。
その性格については、以下に記述する二通りの認識がある。
●台風が、その地域に上陸する時刻(TOT)
●災害発生予測時期に基づき、災対本部が決定した事前防災行動完了予定時刻
台風の移動速度の変化によって、行動の基準時刻が、しばしば変更される事は、現場の混乱を招く。これを避けるためには、ゼロアワーは、状況判断に基づき決定する方式、即ち、「事前防災行動完了予定時刻」とする事が望ましい。

4 作戦全体のフレームワーク
其々の活動は、作戦全体のフレームワークの中に、落とし込む事が重要である。
フレームは、縦横の格子状の構造である。
横の「行」は、危機の顕在性レベルに応じて、以下の5段階に区分できる。
① 台風発生直後の「潜在的危機段階」
② 対象地域が台風の120時間~72時間後の予報円圏内に入った「僅かな危機段階」
③ 対象地域が台風の48時間後の予報円圏内に入った「蓋然的危機段階」
④ 対象地域が台風の24時間後の予報円圏内に入った「顕在的危機段階」
⑤ 対象地域が台風の暴風圏内に入った「頭上の危機段階」
縦の「列」には、「情報」「状況判断」「指揮実行」の本部活動の主要3機能が並ぶ。
其々の「行」は、各段階で、警告情報に基づいて、何を判断し、その結果、如何なる行動を採るかを、明確にしなくてはならない。 縦軸は、各「列」の主要3機能ごとに、台風脅威の顕在性レベルに応じ、やるべき事を段階を追って、明らかにしなければならない。 其々の「行」と「列」は、一貫した業務の流れを持っており、その流れを理解する事が大切である。
また、「行」と「列」の交点ごとに、やるべき事を簡潔に表現する事により、関係者の状況認識の統一、本部活動の実行統制、及び、進捗管理を容易に行う事が出来る。
作戦のフレームワークの一例を別紙に表示する。
別紙 「自治体の台風災害対応(命を守る行動)推進フレームワークの一例」

自治体の台風災害対応フレーム

5 目指すべきタイムライン(まとめ)
 目指すべきタイムラインのためには、前述のフレームワークをベースに、地域の特性を反映した簡潔な計画を作成すべきである。 作成に当たっては、状況変化に対する融通性と実行の可能性を基本に考える必要がある。タイムライン計画が具備すべき条件は、以下の通りである。
① ミッションの達成が可能な行動計画であること
② 状況の変化に柔軟に対応できる融通性があること
③ 簡明、且つ、実行可能な行動計画であること
④ 実行管理が容易な行動計画であること
タイムライン計画を導入しても、組織能力が伴わなければ、災害時に、真に役に立つとは云えない。
この計画を効果的に実行するためには、情報や意志決定に関する自治体の組織能力が、特に重要である。これらの業務について、手順を定めたマニュアルを整備して、平素の本部訓練を通じ、職員の習熟を図る必要がある。
中でも、情報を収集分析して、想定災害のリスク評価を適時・適切に実施するためには、気象災害に関する専門的知識能力を有する人材の確保が必須条件である。
計画を効果的に実行するための組織能力を、将来に亘って、養成確保する事は、我々が目指すタイムライン成功のための必須の要件である。

以上