2015/07/01

発見と発明…理学と工学の違い

工学(Engineering)の研究は、まず最初に何を実現しようとしているのかという目的意識がはっきりしているのが特徴です。そして、その目標は『発明(Invention)』ということが言えます。

高性能のセンサー、特殊な機能を持つ材料等々、具体的な目的があり、それを実現するために“想いを練る”ことから工学の研究は始まると言ってもいいと思います。さらに着想を具体化する設計の段階を経て、製作に着手します。そして、幾つかの試作品の動作確認と性能の評価を行い、その結果に基づいて、改良のために設計のやり直しを行います。各段階で多くの工夫が編み出され、それらが盛り込まれていくわけです。着想にはじまり、設計・製作・評価を繰り返し、そのサイクルの中で様々な工夫を凝らし、製品を、そして技術を高度化していくのが工学の研究というものです。

まさしく工学とは“創意”と“工夫”の蓄積と言えます。工学の研究では、とりわけ発想が重要となります。独創的な発想があって、はじめて『発明』と言えるわけです。豊かな発想により、他の人が想像も出来ないようなものを実現するのが、優れた工学の研究者と言えます。

一方、理学(Science)の研究は新しい『発見(Discovery)』が目標であるように思います。未知の現象、原理、あるいは生命体を発見するために、理学の研究者は人跡未踏の僻地を探検したり、超高圧・極低温などの極限条件での実験を繰り返すのです。

優れた理学の研究者は他の研究者がなしえないような実験を行える優れた技術者としての側面があり、また、それ故に新しい現象にも遭遇することができるのでしょう。そして、実験結果をよく見る観察力と、現象を支配する原理を見抜く力、洞察力が、必要になるのだと思います。

このように『工学は発明』、『理学は発見』を目標とし、そして工学は如何にして実現するかを考え、理学は何故そうなるのかを探究する。言ってみれば「HOWの工学、WHYの理学」とも言えるのではないでしょうか。

それでは工学と理学の関係はどうなのでしょうか。工学に必要な発想は、力学、電磁気学、量子論など理学の研究の成果から生まれた様々な知識をもとにしていて、市場の評価や競争の中で揉まれて“技術”へと昇華します。

一方、理学の研究は多くの技術や機器により支えられています。これらは工学の成果です。新しい原理は新しい技術を生み、新しい技術はまた新しい原理を生む…。工学と理学はお互いに助け合い、進歩すると言えると思います。

「工学は創意と工夫」、「理学は分析と探究」。それぞれ、目的、手法は違っても、お互いを補完、強化しあう関係にあると言えます。その時々で速度の差こそあれ、工学と理学の調和のある発展を通して、これまで科学は進歩してきました。

気象の世界で言うと、台風や地震といった自然現象の発生メカニズムを様々な事象をもとに分析し解明しようとするのが『理学』。解明されたメカニズムを用いて、人々が求める生命や財産を守るための仕組みを創り出すのが『工学』です(もちろん、観測のための機器を作り出すのは工学です)。

我々民間気象情報会社は、気象に関する様々な情報を駆使して人々の生命や財産を守るための仕組みを提供するのが使命(存在意義)です。予報もそのための情報の大事な大事な要素です。人々の生命や財産を守るためには、避難や救助、補強、回避、復旧…といった人々が次に取るべき行動が極めて重要であり、関係者は(特にリーダーと呼ばれる人達は)それらに関する的確な選択を速やかに判断することが求められます。

次に取るべき行動のための判断ですから、その判断のために求められるのは未来、それも近未来に起こるであろう事象の予測です。人々の日々の暮らしや経済活動に深く関係して、加えて圧倒的な破壊エネルギーを秘めている自然現象の場合は、特にこの次に起こるであろう事象の予測は、次に取るべき行動の判断のために極めて重要になります。

我々民間気象情報会社に求められているのはまさにこの気象予報ですが、忘れてはならないのは、お客様が気象予報を得るのは、そこに明確な“目的(課題の解決)”があるからです。

お客様は気象の変化に応じて次に取るべき行動を判断するために我々からわざわざお金を出してまでも気象情報を購入されるわけです。従って、それぞれのお客様が必要とされる気象情報は気象庁のHPやテレビやラジオ等で提供される画一的なものではなく、お客様毎に微妙に違っている目的にかなうお客様ごとに特別なものでなくてはいけません。必要とされる地点も違いますし、必要とされる情報の種類も違ってきます。

ですが、膨大な量の気象情報の中からお客様のニーズに応じてそのつど個別に情報を作り、それをご提供していたのでは、膨大に稼働がかかり、結果としてお客様からは多大なお金を頂戴しないと経営として成り立たないということになります。これでは限られた極々一部の方にしかその恩恵をご提供できなくなります。

ここで重要になってくるのが“工学”の視点です。いかに安価で手軽にお客様それぞれで微妙に異なる課題解決のため“あなただけの気象情報”をご提供する仕組みを用意することができるか…、この目的を実現するために当社はここ3年間ほど様々な創意と工夫を繰り返してきました。その結果として生まれたのが、任意の緯度経度(1kmメッシュ)を指定するだけでその地点の1時間先や6時間先といった気象情報を提供する仕組み『HalexDream!』です。

この『HalexDream!』では、気象庁のスーパーコンピュータから送られてくる数値予報データを単に再配信するだけでなく、数値予報が持つ次のような課題を当社なりの創意と工夫で補うことも仕組みとして組み込みました。

①[課題1] 地理的分解能の課題
数値予報モデル(GPV)の格子間隔は5~20kmであり、数値はあくまでも格子内の平均値にすぎない。従って、日本のように地形変化の大きい地域の予報をこれで代用することは難しい

……この課題に対しては、“地域特性”の反映が重要との考えで、その地域のクセ(地域特性)を味付け(補正)することを実現しました。今回はその第1弾で、1kmメッシュ格子への“面”展開、さらには国土地理院の1kmメッシュ格毎の平均標高を用いた標高補正処理を実現しました。


②[課題2] 時間分解能の課題
1時間単位の時系列予報情報の元データは1日4回の発表。予報内容と実況にズレが生じ始めた場合、これまでの予報では実況との乖離が大きくなることもある。また、数値予報の計算結果を受信した時点で、数値予報に使った観測値の時間から5~6時間が経過していることもある

……この課題に対しては、情報の“精度”以上に“鮮度”の確保が重要との考えから、予報がズレていくことをいか  に早く察知して、予報を修正し、利用者に伝えていくかに力点を置いた開発を行いました。注目したのは“実測  値”。その地点の近傍にある複数のアメダス観測地点の直近の観測データを用いた1時間毎の同化(実測補正)処理を実現しました。また、降水ナウキャストなど、レーダー観測データ(実況情報)の活用も積極的に行っています。


③[課題3] データハンドリングの課題
各格子点毎の予想値のほかに位置・時刻・要素・単位・格子配列などのメタデータを読み取る必要があり、しかも気象庁から配信されるファイルの形式は独自の圧縮形式で、複雑な変換プログラムと専門知識を必要とする

……この課題に対しては、とにかくハンドリングの“容易性”の確保が必須との考えから、コンピュータ処理をしやするため、ファイル形式を意識せずに簡単に読み取る方法の実現を行いました。そのために開発したのが情報を知りたい地点の緯度経度をkeyとした検索機能のAPI (Application Programming Interface)による情報提供で、これにより、気象に関する特別な知識を必要とせずに気象情報をいろいろなコンピュータシステムに簡単に組み込むことを可能としました。


これらは全て工学ですので“発明”です。理学の世界では学術論文や学会等での学術発表が研究成果のようなところがありますが、工学の世界でこれに当たるのが“特許”の出願・取得です。工学者がこの“発明”のためにこれまで行ってきた創意や工夫に敬意を払い、その価値としての知的財産権を保護し保証するための制度が特許です。

この当社の『HalexDream!』も特許庁に特許の出願申請を行っています(出願番号:特願2013-37440  出願日:2013年2月27日)。

特許の出願には知的財産権の保護によりビジネス的に有利な状況を作り出すという経営戦略的な側面もありますが、これまでにはなかった新しい価値を世の中に創出したことを特許庁という国の公的機関に公式に認めていただく、すなわち、工学としての社会的な貢献価値を公的に認めていただくという側面もあります。

これから厳しい審査を受けて正式な『特許』ということになるのですが、出願を受理していただいたということは、とりあえず今回の発明の持つ“新奇性(新しく他に類がないこと)”は、最低限、公的に認めていただいたということを意味しています。

日本の特許制度は先願主義といって、先に出願したほうが絶対的に有利な権利を得ることとなりますので、他社が類似の仕組みを作ろうとした場合には、当社の特許を侵害するかもしれない…という相当のリスクを負うことになります。これは抑止力としてはかなり大きいものがあると私は思っています。

とりあえず、今回の特許出願で、現時点でコア(核)となりそうな基礎技術は獲得できました。次はこの応用を考えることになります。また、そこで、新たな価値の創出が行えるかもしれません。


【追記】
私がここで改めて言うことでもありませんが、我々人類は自然の中で暮らす以上、自然の恵みを上手くとらえ、また迫りくる自然の脅威の来襲をうまくかわし身を守ろうとするかは人類不朽の壮大なテーマの1つであり、自然現象の発生メカニズムの解明と、それに基づく気象予測技術の開発は有史以来数千年に渡る歴史を持っています。もしかしたら、人類最古の科学は気象学だったのかもしれない…と私は思っています。

使われる技術は時代とともに進歩し、大きな変容を遂げています。天気予報は未来の大気の状態がどのように進展するかを見極めるため、大気の状態(特に温度、湿度、及び風)に関するデータをできるだけ多く集め、かつこれまでの自然学者(理学者)が延々と分析・解明してきた大気の変化等に関する多くの理論をその集めてきた現在の状態に適用することで予報を成り立たせています。

現代の天気予報では、人手でやっていたのでは気が遠くなるような労力を要するこの膨大なデータによるシミュレーション処理を効率化するため、大気の状態を数値モデル化し、コンピュータを用いた演算を行い(これを数値予報と言う)、これに予報者の経験もそこに加味して予想を行っています。

しかしながら、質量が極めて軽い大気の変化はあまりに複雑で、気象変化を完全に理解し表現することは非常に困難です。そのため、天気予報はその予想量が増加するのに応じて(先になるにしたがって)、予測が不正確になってしまうという性質を持ちます。天気予報とは大気の変動を予測することであり、究極的には大気という非常に軽い質量を持つ“流体”の運動の予測です。これは非常に困難であり、少なくとも現時点では厳密に長期に渡る予想は不可能と言えます。

まぁ~ここの分野に関しては理学の世界に住む専門家の方達のなお一層の頑張りにお任せするとして、工学の世界に住む我々民間気象情報会社の人間は、そうした理学の世界の方々が苦労して解明したメカニズムを余すところなく駆使して、人々が求める生命や財産を守るための仕組みを次々と世の中に創り出していかねばなりません。

弊社ハレックスのチャレンジはさらに続きます。

執筆者

株式会社ハレックス前代表取締役社長 越智正昭

株式会社ハレックス
前代表取締役社長

越智正昭

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