2016/12/16

鉄研機関誌「せのはち」(その6)

日赤病院前(広大前)の次の電停が広電本社前。ここには広島電鉄の本社に隣接して路面電車の大規模な車庫(千田車庫)があります。広島電鉄(広電)にはこの広電本社に隣接した千田車庫に加えて、江波車庫と荒手車庫という計3つの路面電車の車庫があります。江波車庫と荒手車庫には既に運用から外れたものの保存されている車両もあり、大変に魅力的なのではありますが、今回は学生時代の思い出に浸るという目的が一番なので、ここは千田車庫です。広電は一般公開日でなくても車庫の事務所を訪れて許可をいただければいつでも車庫内の見学ができるという鉄道マニアにとって大変にありがたい鉄道会社なのですが(もちろん事前に電話で連絡を入れておくというのは最低限の礼儀ですが…)、この日は次に行きたいところもあり、時間の関係で、車庫の外から眺めることにしました(電車の近くに行ったら、長い時間眺めていそうですから、ここは自制です)。フェンス越しではありますが、ここでしばし撮影タイム、“鉄”のDNAが大いに刺激される時間です。

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この日曜日の昼間の時間帯は車歴の古い車両は車庫でしばしお休みの時間帯のようで、車庫にはなかなか渋い車両ばかりが並んで待機中です。

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一番奥の濃淡二色の緑色で塗り分けられた電車は570形。神戸市電が廃止になるまで神戸市で活躍していた車両で、神戸市電が廃止になった昭和47年(1972年)に広島にやってきました。表向きは昭和34年(1959年)の製造ということになっていますが、実は大正15年(1926年)〜昭和6年(1931年)に造られた電車を改造し、神戸市電で使っていたもので、90年近い車歴の持ち主です。広島には17両がやって来て、車長が長く、定員が多いので、私の学生時代は広電の主力車両として活躍していたのですが、さすがに寄る年波には勝てず、最新鋭の車両が導入されるたびに次々と廃車となり、今では写真に写っている582号1両のみが現役で残っています。

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その右は先でも述べた元京都市電の1900形。写真の1908号には「あらし山」の愛称が掲げられています。ちなみに1900形の電車は15両が京都市電から広電に移籍してきたのですが、性能がいいので、今も全てが広島で現役で活躍中で、比較的頻繁に見掛けます。

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その右側に並んでいるピンク色をした3連接車体の車両は3000形。元は西日本鉄道福岡市内線を走っていた車両で、昭和29年(1954年)から昭和39年(1964年)に製造された車両です。昭和51年(1976年)年に広島に移籍してきて、初の3連接車体として運転を開始しました。 移籍してきた当初はしばらく宮島線直通電車専用に使われたのですが、後継の最新鋭型車両の登場で、現在は基本的に3連接車体の特徴を活かして多くの乗客を捌く必要のある1系統(広島駅〜宇品線)で運用されています。ピンク色の塗装は西日本鉄道時代からのものではなく、最新鋭のグリーンライナーやグリーンムーバ登場以前の宮島線直通電車の標準カラーです。

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この750型はかつて大阪市電で活躍した車両で、昭和15年(1940年)に製造されました。昭和44年(1969年)に大阪市電が廃止となるのを受け、昭和40年(1965年)から昭和43年(1968年)にかけて大阪市交通局から大量に広島に移籍してきました。路面電車としては大型の車両で定員も多く、最新鋭車両が大量に導入されるまでは広電の主力車両として大阪市電時代と同じ塗装で大活躍しました。最新鋭車両の導入により次々と廃車され、今はこの写真の762号だけが現役で活躍をしています。その廃車の中で、766号はテレビドラマ「西部警察」の撮影で、広電宮島口駅構内で壮絶に爆破され、話題を集めました。私もそのシーンをテレビで観ましたが、派手なことで知られる石原プロダクションがやることとは言っても、「そこまでやるか!」と思ったものです。

そうそう、768号は今年(2016年)6月に車内で飲食可能なイベント電車「TRAIN ROUGE(トラン・ルージュ)」に改造されて再登場しています。この「TRAIN ROUGE」、このあとで紙屋町で見掛けました。さらに、772号は前述の3000形の2編成とともにミャンマー国鉄へ譲渡され、同国初の電車となって、彼の国で活躍しています。車歴は古いのですが、それだけ性能がいい電車だということです。

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広電の路面電車の出身地は国内だけに限りません。遠く海外から海を渡ってやって来た車両もあります。この70形は元々ドイツのドルトムント市で活躍していた3連接車体の車両で、1959年製。昭和56年(1981年)に広電が2編成購入し、宮島線で営業運転に投入しました。当時は外国の路面電車が走るということで大きな話題になったのですが、扱いが日本車と異なることで乗務員から不評を買い、当初は車庫で休むことが多かったそうです。その後、日本仕様に運転席周りを改造し、市内線の輸送力増強に伴い、3連接車体の特徴を活かし、しばらくは主に宇品線で活躍。その後は貸切用電車としてイベント時に活躍していました。77号は解体廃車されたのですが、残る76号は平成24年(2012年)まで活躍。その後、写真のように広電本社隣のスーパー前で、「トランヴェール・エクスプレス」としてカフェに転用されています。さすがにドイツ生まれ、なかなかお洒落な車体で、こういうことに転用されても似合います。また、広電には同じくドイツのハノーバー市からやって来た200形電車が1両ありますが、ふだんは江波の車庫で休んでいて、クリスマスシーズン等にイベント時の貸切用電車として使われています。

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平成17年(2005年)より営業運転を開始した広電自慢の最新鋭超低床車両5100形GREEN MOVER Max(グリーンムーバー・マックス)です。5連接車体の車両で、近畿車輛・三菱重工業・東洋電機製造が共同で開発した国産初の100%超低床LRV(Light Rail Vehicle)車両です。第1弾の超低床LRV車両5000形GREEN MOVERは全車両がドイツ・シーメンス社で製造されたものなので、純国産の超低床LRV車両というのはこの5100形が最初です。バリアフリー、低騒音で低速から高速まで幅広い走行性能を実現し、日本全国に路面電車を見直す大きなきっかけを作った電車ではないかと私は思っています。この電車の開発で培った技術で製造されたLRV車両が、現在、全国各地の路面電車に続々と導入されています。車体長の長さを活かして、宮島線直通列車や宇品線で活躍しています。

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白をベースにした車体に柔らかい丸みのあるブラックフェイス、それに淡いグリーンのラインが車体を引き締め、なかなか洒落たデザインの車両で、この車両ならLRVの本場ヨーロッパを十分に超えられる…と私は思っています。前述の70形連接車両をドイツのドルトムント市から購入したのも、きっとヨーロッパの進んだ連接車体車両製造技術の研究という意味もあったのだろうと思います。ついに超えられそうです。今年のプロ野球セ・リーグは地元広島を本拠地とする広島東洋カープが25年ぶりに優勝したこともあって、やって来た車体にはカープ優勝記念のラッピングが施されています。広島東洋カープは今年で7回目のリーグ優勝ですが、初優勝したのは私が大学2年生の時(昭和50年)でした。

広島東洋カープ、サンフレッチェ広島、広島交響楽団、今やこの3つは「広島が誇る三大プロ」と呼ばれています。広電では、これら三大プロを応援するため、球団や楽団のロゴやキャラクター、キャッチフレーズをラッピングした路面電車を走らせ、これら地元が誇る三大プロを応援して盛り上げていこうという取り組みをしています。この「カープ電車」のちょっと前に「サンフレッチェ電車」も私の目の前を通り過ぎていきましたが、いっけね!写真を撮るのを忘れてしまいました。

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最新鋭車両の1000形電車です。1000形は広島電鉄が市内線を走る旧型車両の置き換えを目指して平成25年(2013年)から導入している最新鋭の3連接車体の超低床LRT車両で、前述の5100形の3両編成バージョンともいえる車両です。最初に導入された2編成には大正時代の電車をイメージして広電の電車としては珍しい赤紫基調の塗装がなされ、1001号車がPICCOLO(ピッコロ)、1002号車がPICCOLA(ピッコラ)という愛称が与えられました。平成26年(2014年)に登場した1003号車以降は塗装を一新して白基調に濃い緑色のラインを入れた塗装に変わり、「GREEN MOVER LEX」(グリーンムーバー レックス)の愛称が与えられました。やはり広電の電車は緑色基調の塗装でないといけません。車体長もほどよく、次々と導入も進んでいることから、今後、この1000形が広島電鉄市内線の主力電車になっていくと思われます。私はこの車両、好きです。

いやぁ~、さすがは「動く路面電車博物館」と称せられる広島電鉄です。新旧いろいろな種類の車両があるので、いつまで見ていても飽きません。


……(その7)に続きます。

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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