2017/01/20

中山道六十九次・街道歩き【第8回: 深谷→本庄】(その1)

『中山道六十九次・街道歩き』、第8回目は深谷宿から本庄宿まで歩きます。旅行会社が用意した観光バスで前回第7回のゴールだった深谷宿の「旧七ツ梅酒造」のすぐ近くのイベントスペース「深谷ベース」が今回のスタート地点です。前回第7回で感動した「旧七ツ梅酒造」の煉瓦造りの建物群が見えます。前回も見た深谷宿の本陣だった飯田家の跡地、「旧七ツ梅酒造」の前を通り過ぎ、ここからが今日の本当のスタート、旧中山道の未体験区間に入ります。

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滝澤酒造です。創業は文久3年(1863年)。深谷宿が宿場町として栄えた当時から続く酒蔵です。創業以来、手造りにこだわり続け、高い技術を守りながら、良質の米、良質の水で酒を仕込んでいることが特徴です。銘柄は「菊泉」、この銘柄には“菊”のように香りが高く、“泉”のように清らかな酒という意味が込められているそうです。

軒先に杉玉が吊るされています。これは古い酒蔵の看板のようなものです。杉(スギ)の葉を集めてボール状にした造形物です。酒蔵などの軒先に緑の杉玉を吊すことで、新酒が出来たことを知らせる役割を果たしていました。「搾りを始めました」という意味です。吊るされたばかりの杉玉はまだ蒼々としているのですが、やがて枯れて茶色がかってきます。この色の変化がまた人々に、新酒の熟成の具合を知らせる役割を果たしていました。今日では、酒屋の看板のように受け取られがちなのですが、元々は酒の神様に感謝を捧げるものであったとされています。

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深谷宿西の常夜灯です。この常夜灯は天保11年(1840年)、富士山詣でを目的にした富士講の人々によって建立されました。高さが約4メートルもある堂々とした常夜灯で、日が暮れてから中山道を歩いて来た旅人に深谷宿の入り口を示していました。ここは深谷宿の京方(京都方面からの入り口)にあたり、枡形の名残が残っています。

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その深谷宿西の常夜灯の前に呑龍院があります。境内には「子守り地蔵尊」が祀られています。赤い鐘楼堂が目につきます。この深谷宿の呑龍院は近くの群馬県太田市にある浄土宗の寺院・大光院から別祀したものです。大光院の正式名称は義重山大光院新田寺。通称「子育て呑龍」、もしくは「呑龍さま」と呼ばれています。この大光院は戦国時代から江戸時代の前期にかけて、貧乏人の子弟の養育に尽力した心優しい浄土宗の僧侶「呑龍」が開山したもので、その僧侶の名前に因んで、「子育て呑龍」、「呑龍さま」と呼ばれているのだそうです。大東亜戦争中、群馬県太田市にあった中島飛行機で800機以上が製造され、主に中国戦線や南方方面で活躍した一〇〇式重爆撃機という陸軍の大型爆撃機の愛称「呑龍」は、この寺院の通称から名づけられたものなのだそうです。

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旧中山道は深谷からはしばらく埼玉県道265号寄居岡部深谷線を通り、途中からその埼玉県道265号寄居岡部深谷線が分岐していき、旧中山道は市道に変わります。

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宿根交差点で現在の中山道・国道17号と交差します。左右に交差している道路が国道17号。旧中山道はこのまままっすぐ伸びています。

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その宿根の交差点のところにある瀧宮神社です。このあたりの地は櫛引台地と妻沼低地の境目に位置し、荒川の伏流水が湧水として豊富に出るところであるため、古来、人々が生活を営んでいたことが土器や住居跡などの発掘によって知られています。深谷上杉氏が康正2年(1456年)に深谷城を築いた際には、城の西南に位置する瀧宮神社を坤門(裏鬼門)の守護神として祀り、この地の湧水を城の堀に引き込み、歴代の城主も信仰し続けました。寛永11年(1634年)、深谷城は廃城となったのですが、深谷は中山道の宿場町として大いに栄え、瀧宮神社は仲町・本町・西島の鎮守「瀧宮大明神」あるいは「大神宮瀧宮」 として深谷の人々の心の拠り所とされてきました。

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旧中山道は宿根でいったん国道17号を突っ切るのですが、すぐに北西に針路を変え、国道17号の東側を並行するように進みます。で、すぐに国道17号と合流します。しばらくは国道17号の歩道を歩きます。

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「岡部六弥太公 守本尊 曹洞宗良告山正明寺」。“正明”という寺の名称が気になります(私は名前が“正昭”だから・笑)。寺院の名称も気になるところですが、ウォーキングリーダーさんからこのあたりの土地の説明を聴いていると、岡部六弥太という名前がたびたび登場してきます。このあたりの地名、岡部を苗字に持つので、このあたりを本拠地にしていた戦国武将か大名だと思うのですが、その岡部六弥太って誰?

たびたび登場するので気になって調べてみると、岡部六弥太(忠澄)は平安時代末期から鎌倉時代にかけての武将、御家人のようです。武勇に優れ、保元の乱、平治の乱では源義朝の家人として、熊谷直実、斎藤実盛、猪俣範綱などとともに従軍して活躍しました。源義朝の死後は故郷のこの岡部に戻っていたのですが、治承4年(1180年)に義朝の遺児・源頼朝が挙兵すると、今度はそれに従い大活躍することになります。木曾義仲追討戦の後、源義経の指揮下に入り、寿永3年(1184年)の一ノ谷の戦いでは平清盛の異母弟である平忠度(たいらのただのり)を討ち取ったことで一躍有名になり、『平家物語』にもその場面が描かれています。なるほどぉ~。熊谷直実もそうですが、このあたりが平安時代後期から鎌倉時代・室町時代にかけて、武蔵国(現在の埼玉県)を中心として下野(現在の栃木県)、上野(現在の群馬県)、相模(現在の神奈川県)といった近隣諸国にまで勢力を伸ばしていた同族的武士団「武蔵七党」(横山党、猪俣党、野与党、村山党、西野党、児玉党、丹治党)の本拠地なのですね。

JR高崎線の深谷駅と本庄駅の間に岡部駅があり、このあたりの地名が岡部になっています。この辺りは櫛引台地の先端部で、岡の縁(へり)と云う地形的な特長から岡部という地名が付けられたそうです。岡部六弥太(忠澄)はこのあたりに本拠を構えていた武将です。岡部氏はもともと「武蔵七党」の1つ“猪俣党”の出身で、猪俣六太夫(忠綱)が岡部に居を構え、それ以降、岡部を姓としました。六弥太(忠澄)は六太夫(忠綱)の孫にあたります。

ちなみに、この先、旧中山道が通っている一帯は櫛引台地の上の標高が周囲より少し高いところで、そのあたりの地名を見ると、深谷市岡になっています。岡部が岡の縁(へり)、岡の上は“岡”ってことですね。“岡下”という地名もあります。分かりやすい。

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二十二夜塔です。二十二夜塔に代表される月待塔(つきまちとう)は、特定の月齢の夜に集まり、月待行事を行った講中(民間信仰)において、供養の記念として建てられた塔のことです。月待行事とは、十五夜、十六夜、十九夜、二十二夜、二十三夜などの特定の月齢の夜、「講中」と称する仲間が集まり、飲食を共にしたあと、経などを唱えて月の出を待ち、上がってきた月を拝み、悪霊を追い払うという宗教行事でした。特に普及したのが二十三夜に集まる二十三夜行事で、二十三夜講に集まった人々の建てた二十三夜塔は全国の路傍などに広く見られます(十五夜塔も多い)。群馬県や栃木県には「三日月さま」の塔も分布しており、集まる月齢に関しては地域的な片寄りもみられます。

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旧暦22日の月待の記念として、二十二夜講中によって造立された塔が「二十二夜塔」です。二十二夜講のほとんどは女人講、すなわち、その地域の女性、特に嫁仲間で結成された講でした。如意輪観音を本尊とすることがほとんどですが、准胝観音を本尊とする地方もあるようです(如意輪観音は、富を施し六道に迷う人々を救い、願いを成就させる観音様として、江戸時代中期以降、民間信仰に広く取り入れられ、二十二夜様の本尊として女性の盛んな信仰を受けました)。

「二十二夜」「二十二夜念仏供養」などと刻まれた文字塔と如意輪観音の刻像塔があり、特に埼玉県の北西部から群馬県の中西部域に濃密に分布しています。そのほか宮城県や福島県、新潟県、山梨県、岐阜県、愛知県にも分布しています。まぁ〜、庚申講の女性版のようなものですね。群馬県と埼玉県の西北部から群馬県の中西部にかけて多いということは、「カカア天下とカラッ風」という言葉に代表されるように、この地域は女性(嫁)の地位が高く、女性だけで集まる講(コミュニティー)も結成しやすかったからではないかと推察します。月に一度集まっては、亭主や舅姑の愚痴を言いあってフラストレーションの捌け口にしていたのではないでしょうか。

二十二夜というと満月から新月に向かうちょうど半月の夜です。日付けが変わる深夜に月が地表から顔を出してくるので、月を拝もうとすると、深夜過ぎまで待たなくてはいけないことを意味します。遅くまでの夜遊びを正当化するにはちょうど都合がいいですね(笑) また、かつて助産師をやっていた妻によると、統計的に半月の時って出産が少ないのだそうです。そういうことも少しは関係しているのかもしれません。

二十二夜塔の右には馬頭観音も建っています。

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国道17号をさらに北西方向に向かいます。


……(その2)に続きます。

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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越智正昭

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