2017/10/06

中山道六十九次・街道歩き【第15回: 塩名田→長久保】(その11)

昼食後は笠取峠の頂上(サミット)にある峠の茶屋のところまで観光バスで戻り、街道歩きの午後の部に出発しました。

峠のサミット(頂上)を越えたので、ここからは下りに入ります。このあたりは国道142号線の改修工事で旧中山道はほとんど消えています。右手に別荘地への入り口があり、笠取峠碑や常夜灯が立っています。

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道路の反対側には「学者村」という興味を引く名称の石碑が立っています。「学者村」とはこのあたりの長野県長和町の町営別荘地の名称のようです。別荘地のためか、ログハウス専門の建築業者があります。

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国道142号線をドンドン下っていきます。右手に「立て場」のタイル絵が掛けられています。これが英国人アーネスト・サトウが絶賛した笠取峠のサミット(頂上)の立場茶屋(休憩所)の様子なんですね。なるほどぉ~~~。

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さらに下ると「中山道」の案内標識があり、ここからは国道を離れて、右側の旧国道に入っていきます。すぐに、今度は左側の石荒坂(いしあれざか)と呼ばれる「中山道原道」に入っていきます。一時期廃道になっていたのですが、原道が一部復元されています。文字通り荒れた道で、ところどころに石仏や枝垂れ桜があります。

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中山道の原道をドンドン下っていきます。

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大きな枝垂れ桜の木です。春の季節だと、さぞや綺麗でしょうね。

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原道はここまで。ここでいったん旧の国道に出ます。

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途中に馬頭観音像や野仏があり、旧街道らしさが漂ってきます。“つづら(九十九)折り”になった旧国道を少しだけ通ります。

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旧中山道は、勾配を緩くするために“つづら(九十九)折り”になった旧国道を直線的に横切るように、かなり急な勾配で次の長久保宿の方向にグングン下っていきます。

そしてまた原道に入っていきます。楽しくなっちゃうくらいワイルドな道です。

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原道はここまでです。原道の急な坂を下り、一気に高度を下げてきました。

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いったん国道142号線と合流し、すぐに右の脇道へ入っていきます。

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あれだけ長い距離を苦労して登ってきた笠取峠ですが、下りは今の道路を短絡するように山の中の原道を一気に下ってきたので、あっという間に下ってきました。林の中の曲がりくねった道をさらに下っていきます。

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ここに中山道を示す案内表示が立っています。実は旧中山道は道路の左側にある斜面を下って行くのが本来のルートなのですが、民家のすぐ庭先を通って行くことになりご迷惑もかかるので、少しの区間だけ迂回します。

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下の写真で左から来る道路が前述の民家の庭先を通ってきた本来の中山道です。ここからは中山道に戻ります。

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石荒坂を下ったところで上五十鈴川橋を渡り、道なりに右にカーブしているところで、右下に松尾神社が見えます。神社の脇に続く狭い石段のような道を下っていきます。

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坂道を下り、裏から神社の境内に入っていく感じになります。松尾神社です。

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この松尾神社、京都の酒造神松尾神社を勧請したものだと言われ、昔から「お酒」の神様と言うことで、信仰を集めていました。

諏訪大社に見られる2本の「御柱(おんばしら)」が鳥居の前に立っています。この御柱、勇壮なことで有名な諏訪大社の「御柱祭」と同様、7年ごとに「式年遷宮(造営)」が行われるのだそうです。

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歌碑があります。

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石でできた社(社)もあります。有名な伊那高遠の石工職人が作ったものでしょう。

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本殿は諏訪の宮大工が万延元年(1860年)に建てられたもので、本殿の装飾は江戸期に諏訪を本拠として活躍した神社・仏閣といった楼閣建築の装飾彫刻である宮彫の流派の1つ立川流の3代目立川和四郎富重の作です。総檜造りで、欄間には見事な彫刻が施され、たいそう立派な建物です。昭和33年(1958年)に長久保宿の西にあったものがこの地に遷宮されたのだそうです。長和町の文化財に指定されています。

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五十鈴川(いすずがわ)を松尾橋で渡ります。三重県の伊勢神宮のところを流れている川も五十鈴川です。神聖な川、清浄な川という意味なのでしょう。なるほど、透き通った綺麗な水が流れています。

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中から出ていくように赤い鳥居を潜ります。鳥居を抜けた先に、常夜灯と松尾神社の案内表示板が立っています。このあたりが長久保宿の江戸方の入り口でした。

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……(その12)に続きます。

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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