2017/11/29

中山道六十九次・街道歩き【第17回: 和田峠→岡谷】(その8)

次に春宮の周辺の森を散策します。境内のすぐ横に長い真っ直ぐな棒が何本も保管されています。これは「建方(たてかた)」と呼ばれる人達が御柱を立てる時に使う道具でしょうか。

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砥川を橋で渡ります。渡った先が浮島で、ここに浮島社という小さな社があるのですが、どんな大水にも流されず下社七不思議の一つと言われているのだそうです。

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春宮の森、砥川の扇状地の一角の畑の奥に石仏が鎮座しています。「万治(まんじ)の石仏」です。ここの石仏は普通の石仏とは違い、大きな自然石の上に首がちょこんと乗っているだけの稚拙な感じがするユニークな形をした石仏なのですが、この石仏は「芸術は爆発ダァ~!」で有名な画家・岡本太郎さんが「こんな面白いものは見たことがない」と激賞した石仏なのだそうです。不格好ではありますが、確かに岡本太郎さんが好みそうな石仏です。作家・新田次郎さんはこの石仏を見て、イースター島のモアイ像を連想したそうなのですが、私も同意見です。これは明らかにモアイ像です。ちなみに、“万治”の名は、胴石に「万治三年(西暦1660年)十一月一日 願主」の刻銘があることによるのだそうです。

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伝承によると、この石仏は、石工職人達が諏訪大社下社春宮に石の大鳥居を造る為にこの石仏に使われている石を材料にしようと鑿を入れたところ(その鑿は現存しているそうです)、傷口から血が流れ出てきたため職人達は祟りをおそれ、その晩に職人達が夢枕で上原山に良い石材があるという夢を見て、探しに行ったところ運よく見つけることが出来たので、職人達はその石を彫って頭部を作り、この石仏を阿弥陀如来として祀ったのだそうです。

「万治の石仏」にはお参りの仕方というものがあって
1.正面で一礼し、手を合わせて「よろずおさまりますように」と心で念じる
2.石仏の周りを願い事を心で唱えながら時計回りに三周する
3.正面に戻り、「よろずおさめました」と唱えてから一礼する
のだそうです。

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皆さん、お参りの仕方に忠実に従って参拝しています。もちろん私もこの列に入って石仏の周囲を三周回りました。

ちなみに、「万治の石仏」の近くには「万治の石仏」に感動した岡本太郎さんの碑が立っています。「こんな面白いもの見たことがない」との自筆の書が刻まれているそうですが、時間の関係で立ち寄れませんでした。

「万治の石仏」のあたりからは春宮の背後の森が見えます。裏から見る感じになるのですが、写真中央奥に春宮三の御柱が立っているのが分かります。春宮の御神木とされる杉の巨木を見つけたかったのですが、それはよく分かりませんでした。

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春宮の境内を出て、下諏訪宿に向かいます。

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諏訪大社春宮から少し歩くと、左手に「慈雲寺」という寺院が見えてきます。その慈雲寺の入口には「龍の口」と呼ばれる湧き水がこんこんと流れ落ちている見事な龍頭水口の石像があります。この龍頭水口の石像は寛政年間に山田金右衛門という職人の手によって作られた物と言われ、昔からここを通る人の間でも評判だったのだそうです。この慈雲寺に参拝に来た人だけでなく、中山道を旅するため多くの旅人の喉を潤してきたのでしょう。

その龍頭水口の左の石段を上った先に慈雲寺という寺院があります。その境内に「矢除石」と呼ばれる岩があります。武田信玄が慈雲寺に立ち寄った際、慈雲寺中興の祖と言われる天桂和尚に戦勝祈願を問うと、天桂和尚は境内にある岩の上に立ち、信玄に「弓で射よ!」と告げました。信玄が数本弓を射ると、矢はことごとく岩に弾かれて、天桂和尚には1本も刺さる事はありませんでした。天桂和尚はこの岩には矢除けの霊力がある…と信玄に告げ、それ以降、武田信玄はたびたび戦勝祈願に訪れるようになったのだそうです。時間の関係で、石段を上って慈雲寺とその境内にある「矢除石」を見ることはできませんでした。

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慈雲寺の前を過ぎると、一気に風景が変わってきます。土蔵造りの家屋や旧旅館などが建ち並んでいて、宿場の雰囲気がそこはかとなく漂ってきます。

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右手の民家の前の板葺き屋根の軒下に小さな石碑が立っています。これは江戸の日本橋から数えて55番目の一里塚「下諏訪(下之原)の一里塚」の跡碑です。残念ながら、今はこの石碑が残るだけです。しかし、その周辺は旧街道の雰囲気を色濃く残しています。

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一里塚碑の隣が伏見屋邸で、150年ほど前に建てられ、近年、復元修理された「歴史的風致形成建造物」なのだそうです。

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少し先の左手に御作田神社があり、境内に柵で囲われた小さい水田があります。この水田は諏訪大社の水田で、春宮の「御田植神事」はここで行われます。また、収穫された稲は春宮の神供として捧げられます。

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……(その9)に続きます。

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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