2014/09/17

理系の逆襲!(その1)

前回は『池上彰の教養のススメ』の稿でも書かせていただきましたが、私は2005年~2010年までの6年間、国立埼玉大学工学部で非常勤講師を務めさせていただいたことがあります。2004年に国土交通省のある委員会の委員を務めさせていただいた折、その委員会の主査を務めていらっしゃった先生が埼玉大学工学部のH教授で、ある日の委員会が終わった後、自宅近所のJR北浦和駅前でそのH教授と一緒に飲んでいるうちにすっかり意気投合。その先生に約半年間口説かれた挙げ句にお引き受けしました。私、実は口説きに弱いんです(苦笑)。

その時の殺し文句が、近年、工学部、特に電気電子システム工学科や情報工学科といった学科の人気がガタ落ちだってことでした。システムエンジニアの仕事が3Kだとか5Kだとか7Kだとかという噂が若者達の間に浸透しているらしく、埼玉大学に限らず、どの大学でも偏差値がガタ落ちしているということなんです。困ったことに。まぁ~、工学部そのものの偏差値が下がっているらしいんですけど、その中でもこれらの学科の凋落が甚だしい。理Ⅰや理Ⅱといった類別で入学する東大では3年生になる時に実際に専攻する学部や学科を選択するのですが、そこでも工学部、特にこれらの学科の人気は極めて低く、例年定員割れが続出しているそうだったんです。

たいした資源のないこの国の経済は、基本的に海外から資源を輸入し、それに付加価値をつけて製品化し、今度はその製品を海外に輸出することにより成り立っているわけで、“工学”の果たす役割というものは極めて大きい筈なんですが、この凋落傾向は本当に困ったもんだ! この国の存亡に関わる由々しき事態だ!…と、工学部出身のエンジ ニアとしては大いなる危機感を覚え、お引き受けすることにしました。

当時の私は前の会社で事業部長を務めていましたし、ハレックスの代表取締役社長にも就任したばかりで、会社の経営再建に取り組んでいるまさに真っ最中の時でした。その上でさらに大学の非常勤講師を務めるなんて絶対に無理、無理…と当初は思っていたのです。度重なる口説きを受け、「仕方ない、ここは次の世代を育成するために出来る範囲でお引き受けするしかない」…と決心して、恐る恐る当時の上司に相談すると、「なんだ、せっかくのいい話なのに、オマエやらないのか?」の一言で、拍子抜けしちゃうくらい実にあっさりとOKが出て、やらせていただくことにしたのでした。

お引き受けするにあたって、H教授からは私に教えて貰いたいという科目の内容を指定していただいたのですが、不遜にも私はそれを全面拒否。そういう内容なら他にもっと適切な人がいらっしゃるであろうから、私でないといけない内容でやらせて欲しい!…と強くお願いしちゃいました(お引き受けする取引条件という言葉を使ったように思います)。埼玉大学工学部で初めての民間企業からの講師、それも研究機関やシンクタンク系ではなく、現場のプロジェクトリーダーや営業最前線ばかりを経験してきた人間を講師に持ってくるわけですから、そうした人間でしかできない講義をしないといけない…との思いでした。

しかしながら、そうは言ってはみたものの、1回や2回の特別講義ではなくて、卒業にも関係する単位を2単位も出す正式な講義(必須科目ではなく選択科目でしたが…)。90分授業全15回、トータル22時間30分。大勢の前途有望な学生さん達を前にして有益なことを果たして私に教えることが出来るのか…と、悩みに悩みましたね。散々考えに考え抜いて、辿り着いた講義の題名が『社会システム創成学』(副題「eビジネスと情報システム」)。一言でいうと、理系の工学部の学生に対して、世の中の仕組みを創り出すために最低限必要となる基本的な知識と考え方を教えようというものでした。

私が教える埼玉大学工学部の学生さん達は、卒業後、研究者の道に進む人は少なく、ほとんどが民間企業に就職して、エンジニアとして製造や開発、あるいは営業といった現場最前線に従事するわけで、そこで役立つ物事の考え方の最低限の基本のようなものを教えてあげようと思ったからです。とは言え、学生さん達がすべて私がそれまで経験してきた情報通信・情報処理(ICT)の分野に就職するわけではないので、極々一般論で語らないといけません。そこで、高校や大学時代の友人からいろいろな話を聞いて、参考にさせていただきました。

実際、最初の講義の冒頭で「私はアカデミックなことは一才教えない。そういうことを期待しているのなら、その期待には応えられないので、大学の正規の先生方の講義のほうで聴いてくれ。私はコンピュータシステムの開発や営業の現場のことしか知らないから、私が経験したことや考えていることだけを、自分の言葉で教える!」と切り出しました。

私が民間企業人として若い世代の人と接していて感じることは、“創造性”の欠如です。この“創造性”ってやつ、私が若い頃、今の若者達よりももっと持っていたかと問われると、胸を張って「持っていた!」とは言い難いのですが、それでもなにか物足りなさを感じてしまっています。与えられた「問題(それも予め答えが用意されているような問題)」を解くのは比較的得意なのですが、明確な答えがないような問題を前にした時、からっきしダメ。さらに、自ら課題そのものを見つけ出さないといけないような場面では、なんでそういうことに気がつかないんだ!?…って言いたくなるようなことばかりです。ですから、そんな彼らに“創造性”というものを求めることが厳しくなっていました。

知識の詰め込み教育のおかげからか、確かに知識はいっぱい持っているのですが、単に知 識をもっているだけ。それでは単に「知識の倉庫」に過ぎません。知識はただ持っているだけではなんら価値を産むものではなく、それを活用して(すなわち、“知恵”にまで昇華して)はじめて価値を産むものという性格のものです。

“知識”とは、知っていることを自らが認識している状態のこと。
“知恵”とは、知っていることを恵みに帰られる状態のこと。
………by Masaaki OCHI

「ゆとり教育」の本質って、その“知識”を“知恵”にまで昇華させる“創造性”を育む部分にこそあった筈なのに、それがまったく活かされていないように思っています。と言うか、教える側にもどうやったらそれを伸ばすことが出来るかが分かっていなかったんでしょう。これって「ゆとり教育」云々の前に、日本の教育そのものの最大の課題なのかもしれません。特にこの傾向は「ゆとり教育」と言う以前に“草食系”と呼ばれることが多くなった男子学生のほうが強い感じがしています。昔からそうですが、工学部なんて男子校みたいなところがあって、男子学生のほうが圧倒的に多い。なので、なおのこと“創造性”の欠如が甚だしいところがありました。このような状態では、世の中の仕組みを創造するエンジニアを輩出するための工学部にとっては致命傷です。

非常勤講師をお引き受けする前に、埼玉大学のキャンパスを訪れ、学内の様子を覗いてみたのですが、私が見た工学部の学生の印象は、「真面目そうなんだけど、なぁ~んか小さくまとまっている…というか、自信を失っているようにしか見えないなぁ~」ってものでした。これは埼玉大学工学部の学生さん達だけのことではなくて、もしかしたら世の中の風潮を反映しているだけのことかもしれないな…とも思いました。当時はまだ日本社会全体が「失われた10年」とか「失われた20年」と呼ばれる景気低迷の真っ只中で、世の中全体が妙に自信を失くして小さくまとまってしまっている影響が、学生さん達の間にも影響しているのかもしれないと思いました。だったら、私達お父さん世代の問題である…とも言えます。そこで、私で少しでも力になれることがあるのなら、是非やらせていただこう!…と思ったわけです。

池上彰さんも『池上彰の教養のススメ』の中で書かれておられましたが、文系学部と違い、工学部をはじめとした理系の学部は、そもそも専門性が強く、本来は将来進むべき道をある程度明確にして(すなわち大学で学ぶ目的を明確にして)進学してきた学生が多い筈なのですが、最近はどうもこのあたりからがフニャフニャしている学生が目立つ感じがするという印象も持ちました。工学部で勉強する意義とでも言いますか…。エンジニアを目指すんだ!…ってことくらいはしっかり持っていてほしいな…と思いました。最近、国立大学の工学部って入試の偏差値が大いに低下しているんですが、何ら目的意識も持たずに、たまたま理系科目が得意で、しかも入りやすいからという理由で工学部へ進んだのだとしたら、そりゃあ大きな問題ですわ。

私が教えた講義の名称が『社会システム創成学』(副題「eビジネスと情報システム」)だったことは前述のとおりなんですが、それとは別に私の中にはもう一つの講義名称があって、それが『理系の逆襲!』。映画スターウォーズのエピソード5『帝国の逆襲』からパクらせていただきました。で、初日の講義に使ったPowerPointスライドの1枚目は、画面一杯に大きく書いたこの『理系の逆襲!』の文字でした。私の講義の基本テーマって、実はこれだったんです。世の中の仕組みを作り出すのは、つまるところ工学部出身のエンジニア達なんだ! だからみんな下を向 くな!、元気を出せ!…という工学部出身の先輩としての私からのメッセージでした。


一応、国立大学でもあり、文部科学省の認可も取らないといけないということで、提出したシラバスには。「eビジネスの分類と変遷」にはじまり、「IT投資の基礎」、「バランススコアカード(投資回収の考え方)」、「プロジェクトマネジメント」、「リーダー論」、「近未来学」…等々もっともらしい講義内容を書いて提出はしましたが、実際の講義ではそのあたりはサッと流して(もちろんポイントだけは押さえて教えはしましたが…)、重点を置いたのが社会人として仕事に臨むにあたって必要となる“立ち位置”と“姿勢”ってことでした。“立ち位置”と“姿勢”と書けばカッコイイことのようですが、まぁ~、雑学の数々ってこと、言ってみれば実践的経営工学ってやつです。このあたりの話題の引き出しは様々な経験からいっぱい持っていますからねぇ~。

これは絶対に大学の正規の先生方では教えられないし、研究職の方やシンクタンク系の方でも無理というもの。現場一筋の私ならでは講義になるだろう…という強い思いだけはありました。中には学生さん達から見て、自慢話のように聴こえた部分も多々あったでしょうが、これらを通して“工学を学ぶ意義”のようなことを教えていたつもりです。

非常勤講師をお引き受けするにあたって私はもう一つ条件を出していました。それが学科の垣根を取っ払っていただくこと。私の講義は工学部の電気・電子システム工学科及び情報工学科の4年生の学生さんを対象にしていたのですが、工学部の他の学科や、工学部以外の学生さん、1~3年の学年の学生さん達にも門戸を開放して欲しいということ。そのため、中には建築学科や理学部の学生さん、なかには大学院の学生さんも聴講に来ていただいたこともあります(彼等は卒業のための必要単位にはカウントされないという制約がありましたが…)。

人様に教えるにあたっては、まず自分がいろいろと勉強して、自分の考えをうまく体系的にまとめる必要があります。今から10年目のことですから、お引き受けした当時、私は48歳。会社の代表取締役社長を務めさせていただいてはいましたが、まだまだ未熟者で、大勢の学生さん達の前で達観してこれまでの経験を語れるほどではなかったので、朝夕の通勤電車の中などで秘かにいっぱい本を読んで、いろいろと勉強をしました。これまで58年間生きてきて、あのくらい集中的に本を読んだ時ってなかったように思います。おかげで、池上彰さんのおっしゃられる“教養”というものが、まだまだほんの僅かでしょうが身に付けることができるようになれたかな…と思っています。少なくとも、直接仕事とは関係のない“雑学”と呼ばれるものも含め、いろいろなことに興味を持てるようになりました。

社会人経験のない学生さん達に少しでも理解して貰おうと、いろいろな方面から適切な“喩え”を探して、説明しようと頑張ってみたこともいい経験になりました。本質を見抜く目や、難しいことを簡単に説明するコツというようなものも、この時に鍛えられました。おかげで、私のプレゼンはかなり上手くなったのではないか…と思っています。「喩えが上手い」ということもよく言われますし。いっけん無意味に思えそうな雑学であっても、こういうところでホント役に立ちます。

そのあたり、私を口説き落していただいて(誘っていただいて)大学の教壇に立つ機会を与えてくださった埼玉大学のH教授と、私の講義を真剣に聴いていただいた埼玉大学工学部の学生諸君にはホント感謝しないといけません。講義に備えていろいろと勉強させていただいたおかげで、いろいろな知識が身に付き、世の中の見方が一気に広がった感じがしています。

執筆者

株式会社ハレックス前代表取締役社長 越智正昭

株式会社ハレックス
前代表取締役社長

越智正昭

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