2015/06/02

異常振域

5月30日午後8時24分頃、小笠原諸島西方沖の地下の非常に深いところを震源とする地震があり、小笠原諸島の母島と神奈川県二宮町で震度5強の強い揺れを観測したほか、埼玉県の春日部市と鴻巣市、それに宮代町で震度5弱の揺れを観測しました。また、関東甲信と静岡県の各地で震度4の揺れを観測し、北海道から沖縄県にかけての全国各地で震度3から1の揺れを観測しました。

気象庁の観測によりますと、震源の深さは682kmで、地震の規模を示すマグニチュードは8.1と推定されています。(発生当初は震源の深さは590kmで、地震の規模を示すマグニチュードは8.5と発表されていましたが、その後修正されました)。

今回の地震について気象庁は、「震源が非常に深いために、震源の近くだけでなく離れた地域にも強い揺れが伝わる、『異常震域』という現象が起きたとみられる」と説明しています。

『異常振域』ですか…、また耳慣れない言葉が出てきました。私も初めて聞いた言葉だったので、さっそく調べてみると、この『異常振域』とは、震源の深さが非常に深いところで発生した地震に見られる特徴で、震源地より遠く離れた所で異常に震度が高くなる現象のことです。場合によっては、震源の直上はまったく揺れず、震源地から遠く離れた所で大きく揺れることもあるようです。ふつうに考えると不思議な現象で、かつては地中に地震の振動が伝わる特別な抜け道があるのではないか…と考えられ、地震道(じしんみち)などと呼ばれていたりもしました。

『異常震域』が発生する原因としては、

①その周辺地域の地盤の状態によるもの (軟弱な地盤と地震波の反射、回析などによるもの)

②上部マントルの地震波速度構造の違いで、減衰度合いが場所によって異なることによるもの (構造線やプレート境界、火山地下のマグマ溜まりを超える時、地震波の伝達速度は大きく減衰することによるもの)

の2つに分類されるそうです。 今回の地震は震源の深さが682kmと極めて深いので、②のケースが当てはまり、地震が地中の非常に深いところで発生した場合に起きる地震の典型的パターンのようです。

この地震が起きた時、私はさいたま市中央区の自宅の玄関にいました。買い物した荷物をクルマから運び込んでいたところだったのですが、揺れが来る直前に小笠原で震度4の地震が発生した旨の地震速報がケータイメールで届いていました。その地震速報メールを確認した直後だっただけに、「えっ!?(^_^;)」って思ってしまいました。

さいたま市中央区も震度4の揺れだったのですが、妙に揺れの速度がゆっくりで、地震と言うよりも地面全体が大きくゆっくりと円を描くように動いているって感じでした。私は玄関に立って揺れを感じていたのですが、「これは通常の地震とはちょっと違うな…」と感じていました。これまでの耳学問で、ある程度地震に関する知識はあったので、こりゃあ震源が相当深いな…と思いながら急いでリビングに行き、テレビで震源や各地の揺れを確認しました。震源の深さは590km(その後、682kmに修正)という情報に納得しちゃいました。

それにしても震源の深さが682kmですか…。682kmと言うと、相当な深さです。

皆さんご存じのように、地球の表面は地殻と呼ばれる硬い岩盤に覆われています。地殻は大陸地殻や海洋地殻といった違いがありますがおおよそ地表面から地下5~70kmくらいまでの厚さを有しています。その下はマントルと呼ばれる層になっています。震源の深さが682kmと言うと、完全にマントルの層で発生した地震ということになります。

マントルも地殻と同様、岩石でできているのですが、地殻とマントルとでは物質組成が異なることからマントルと地殻との境界面では地震波はその組成物質の密度の違いから速度が急変し、屈折を起こします。この境界面のことを発見者の名前をとって“モホロビチッチ不連続面”と呼びます。

マントルは地中約2,900kmまでの岩石の層を構成していますが、マントル内部における化学組成に大きな差異はないと推測されています。ただ、深度が深くなるにつれ温度・密度ともに上昇し、特に密度に関しては相転移を繰り返しながら不連続に増加すると考えられています。地中410 km、520 km、660 km、2,700 kmの地点に地震波の不連続面があることが分かっていて、これが相転移の境界ではないかと考えられています。特に、地中660 km付近にある不連続面は明瞭であり、これを境に上部マントルと下部マントルに分けられています。今回の地震は震源の深さが682kmということは、もしかしたら下部マントルで発生した地震ということかもしれません。

余談ですが、火山噴火で噴出することで知られているマグマですが、このマグマは地下にある流動性を有する極めて高温のケイ酸塩混合物のことで、岩石成分と、揮発性成分(主に水)で構成されています。マグマの生成過程は未だ詳細は解明できていませんが、マントルの上層部で生成されると考えられています。

今回のような極めて深い深度で発生した地震の場合、緊急地震速報はうまく機能しません。
気象庁も今回の地震の緊急地震速報第1報提供から主要動到達までの時間及び推計震度分布を図にして公表しています。

緊急地震速報の内容

それによると、20時24分26.1秒に震源の深さ10km、推定マグニチュード6.8、予測震度は最大震度3程度以上で第1報を出してはいるのですが、その18秒後の20時24分44.3秒に出された第6報では震源の深さ560km、推定マグニチュード8.2と解析したものの、予測震度の発表はなされておりません。その後の第16報(20時27分25.2秒)までこれは続きます。

これは震源があまりにも深いため、現在の緊急地震速報のアルゴリズムでは震度推定が正確に出来ないという気象庁の判断によるものです。

参考までに、気象庁地震火山部が公表している緊急地震速報の概要や処理手法に関する技術的参考資料を以下に示します。

緊急地震速報の概要や処理手法に関する技術的参考資料

この13ページに「震源の深さに関する制限」という項があり、「緊急地震速報で使用されている距離減衰式は、概ね 50km 以浅の地震を対象として決定された式であるため、深発地震に対して適用すると最大速度値を大きく計算される。この式の懸案事項であるが、深さ 120km を越えた地震で被害が想定される震度5弱以上の地震は観測されたことはないため、深さ 150km を越えた場合には、震度を予測しないこととしている」という記述があります。

今回の地震でも、震源の深さの推定が560kmとなった時点で、150kmという深さに関する閾値を超えたため、各地の推定震度の有効性が保証できないということから、その後も20時27分25.2秒の第16報まで緊急地震速報は発表されたのですが、予測震度の情報は付与されない情報になったわけです。

まぁ~、下部マントルの内部で発生した地震ですので、幾つもの不連続面を超えて地震波が到達したわけで、地震波は複雑に屈折して地表面に到達したと予想されます。これにより、震源の近くだけでなく離れた地域にも強い揺れが伝わったわけです。今回の地震では47都道府県のすべてで震度1以上の揺れを観測したそうで、気象庁によると、このような地震は観測史上初めてのことだそうです。この意味で、『異常震域』ということなのでしょう。自然は人類の想定を遥かに超えて未知の部分が多く、いろいろと新しいことが出てきますね。日々勉強が必要です。

先ほど、私は今回の地震のことを、「妙に揺れの速度がゆっくりで、地震と言うよりも地面全体が大きくゆっくりと円を描くように動いているって感じだった」という風に書きましたが、テレビの報道を見ても、多くの人が「船に乗って揺れているようだった」という表現を使われていました。これは『長周期地震動』と呼ばれる地震の震動のことです。この『長周期地震動』とは、通常の地震発生時に発生する短い周波数の地震動とは異なり、約2~20秒という長い周期で揺れる震動のことです。この『長周期地震動』は減衰しにくく、また長い周期での震動は特に高層建築物の固有振動数と一致したりすると、建造物を共振(または共鳴)させ、急激に振幅が増大することがあります。

今回の地震でも東京都心をはじめ、全国各地の高層ビルでエレベーターが停止し、週末の夜を楽しむ多くの人が高層階に足止めされました。ビルに対する従来の地震への耐震性確保は、建造物の剛性の向上に偏りがちなところがあり、長周期地震動に対して設計段階での対策が必ずしも十分とは言い難いところがありました。しかし、近年、『長周期地震動』による被害の研究が進み、地震に対して比較的強いとされてきた既設の超高層ビルに対しても、この『長周期地震動』が建造物に対して破壊的ダメージをもたらすことの危険性が指摘されはじめています。このため、最近の高層建築物においては、これまでの制震構造や免震構造技術に加えて、長周期地震動への対策がなされ始めています。

緊急地震速報でも、今後、さらに研究が進み、『長周期地震動』の予測が出せるようになっていくと期待しています。

まだまだやることがいっぱい残っています。

執筆者

株式会社ハレックス前代表取締役社長 越智正昭

株式会社ハレックス
前代表取締役社長

越智正昭

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