2016/09/12
天才数学者アラン・チューリングってご存知ですか?(その1)
私は今年4月から、一般社団法人アドバンスト・ビジネス創造協会(略称:ABC協会)の理事も務めさせていただいています。このABC協会は、学校法人東京理科大学の本山和夫理事長を会長、一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の細川泰秀前理事長を副会長として、昨年2015年7月に設立された新しい団体で、企業の活性化・競争力強化のために、創造性のある人材を育成し、企業のイノベーションの推進、グローバル化の推進、並びに、新規サービス、新規ビジネス創出の支援を行うことを設立目的としています。私は旧知の細川副会長から散々口説かれて、理事の一人として名前を連ねさせていただくことになりました。どうも細川副会長は私のことをIT業界におけるウルサ型の論客の一人と勘違いされているようです。
一般社団法人アドバンスト・ビジネス創造協会公式HP
そのABC協会の活動の1つに「YAT(Yet Another IoT)アカデミー」というものがあります。「Yet Another IoT」とは「まだもう一つのIoT」とでも訳せばいいのでしょうか、今ITの分野で話題になっているIoT(Internet of Things:モノのインターネット)の普及に関して、単にITの分野に限らず、様々な分野の有識者をお招きして講演をしていただき、参加者全員で意見交換と可能性の追求を行おうというものです。その第1回目の会合が7月20日にあり、私も参加してきました。
「YATアカデミー」の第1回は明治大学研究・知財戦略機構の三村昌泰特任教授(先端数理科学インスティテュート(MIMS)副所長)をお招きして「自然現象における知的な振る舞い」と題するご講演をしていただきました。三村特任教授は応用数学を専攻する数学者ですが、数学と自然科学をはじめとした諸科学の具体的融合を目指す『現象数理学』をご専門とされていらっしゃいます。
明治大学グローバルCEOプログラム『現象数理学の形成と発展』HP
「現象数理学」という聞き慣れない学問ですが、上記HP内の拠点リーダー挨拶や、下記の明治大学先端数理科学インスティテュート(MIMS)HPの中で「現象数理学の発展をめざして」と題して三村教授が述べられている文章にその解説が書かれていますので、是非、そちらのほうをご覧ください。
拠点リーダー挨拶
明治大学先端数理科学インスティテュート(MIMS)HP
まぁ~一言で言えば、「現象数理学」とは、自然現象と数理の世界の橋渡しであるモデル構築をキーワードとして、モデリング、解析、そしてそれらを補完するシミュレーション等を用いて、自然現象の解明に数学的アプローチで接近するというというもので、日本では三村教授が提唱なさっている学問領域です。
三村教授は昭和40年京都大学工学部数理工学科を卒業され、昭和48年に工学博士号(京都大学)を取得、その後、甲南大学理学部助教授、同教授を経て、昭和55年に広島大学理学部教授に就任なさっておられます。平成5年、東京大学大学院数理科学研究科教授、平成11年、再び広島大学大学院理学研究科教授を経て、平成16年から明治大学理工学部教授、平成17年から明治大学先端数理科学インスティテュート所長を務められています。私は昭和53年3月に広島大学工学部を卒業したので、昭和55年に広島大学理学部教授にご就任ということは、私とは時間的にカブってはおられませんが、同じキャンパスに長くおられたということで、私は非常に親近感を覚えました。
研究なさっている「現象数理学」という分野も、今の私にとって非常に関心の高い分野なので、刺激的で大変興味深く聴かせていただきました。弊社ハレックスは現在、農業向け気象情報提供に積極的に取り組んでいます。農業の分野においてはなかなかIT化が進まないと言われています。その原因を、私は農業の分野では、他の産業に比べて「ディジタル化」と「モデル化」が進んでいないからだと考えています。私が申し上げるまでもなく、ITの基本はこの「ディジタル化」と「モデル化」にあります。「ディジタル化」とは、時間的に連続な連続信号(アナログ)である事象に関する情報を、主として0と1から成る離散的な値の配列によって符号化し、コンピュータなどで処理しやすい形式にすることを言います。情報をディジタル化することにより、検索や演算、加工、通信などの処理が容易になります。「モデル化」とはコンピュータにおける業務処理を効率よく行うために、現状を調査し収集したデータをもとに、データと処理の流れを数式で定式化したり、図式化したりすることを言います。このモデル化を行うことによって、複雑な業務の流れや構造を直感的に表すことが可能となります。アナログ情報の集合体とも言える“自然現象”を相手にする農業の場合、この「ディジタル化」と「モデル化」がなかなかうまく進んでいないことが、IT化を遅らせる大きな要因になっているという風に私は分析していました。
その自然現象のうち、農業に関連する最も大きい要因が気象(気候)です。この気象の分野は自然科学の分野でもディジタル化とモデル化が進んでいる先進領域です。全国に張り巡らされた気象観測センサーや降雨レーダー、気象衛星等で観測された情報は全てディジタルデータで表現され、数値気象モデルというモデル化された演算式により気象庁に設置されたスーパーコンピュータで解析され、気象予測が行われます。気象庁からはその演算結果を含む膨大な量の気象データがオープンデータとして時々刻々ディジタルデータとして提供されているものの、それをコンピュータで処理しやすい形式にまでは変換されていなかったので、弊社ハレックスはその変換を独自のオンラインリアルタイム処理によって実現し、コンピュータでの様々な処理を可能にするようにしています。問題はそれ以外の情報のディジタル化とモデル化です。三村教授の提唱なさっている「現象数理学」は、その自然現象のモデル化を数学的に行おうというもので、講演をお聴きしていて大きな可能性を感じました。前述のように、近年、ITの分野では「ビッグデータ」や「IoT」が話題になることが多いのですが、指数関数的に発展を続けているコンピュータの能力の向上により、今後ビッグデータの解析処理が容易化され、様々な自然現象や社会現象のモデル化が急速に進むのではないか…と十分に思わせていただきました。
このように三村教授は私と微妙に接点の多い方なのですが、その三村教授の講演の中で出てきたある一人の天才数学者の名前にさらに接点を感じ、ビックリしてしまいました。その天才数学者の名前は『アラン・チューリング』。
アラン・チューリング(Alan Mathison Turing:1912年〜1954年)はイギリスの天才数学者で論理学者、暗号解読者、コンピュータ科学者です。アラン・チューリングの残した業績として真っ先に挙げられるのは、数学的アルゴリズムを実行する仕組み(マシン)を形式的に記述したものの一つである「チューリングマシン」を提唱し、理論面だけではなく、実際面でもコンピュータの誕生に重要な役割を果たしたことです。これによりコンピュータサイエンスおよび人工知能の父とも言われています。
第二次世界大戦の期間中はイギリスの暗号解読センターで、ドイツの暗号を解読する幾つかの手法を考案し、英国の海上補給線を脅かすドイツ海軍のUボートの暗号通信を解読する部門の責任者となりました。当時ドイツ海軍が使用していた、絶対に解読不可能と言われたエニグマ暗号機を利用した通信の暗号文を解読することに成功し、暗号解読機 bombe を設計しました。これによりイギリスはドイツ軍、特にドイツ海軍のUボートの動きを把握できるようになり、第二次世界大戦の勝利に結びついたとも言われています。ちなみに、このbombeが、その後、世界初のプログラム可能な電子式デジタル計算機 Colossus (コロッサス)のベースとなります。ちなみに、電子式デジタル計算機と言っても Colossus は1,000本以上並べた真空管をCPUに用いていました。
戦後は、イギリス国立物理学研究所 (NPL) に勤務し、現在のコンピュータに繋がる「プログラム内蔵式コンピュータ」の初期の設計のひとつACE (Automatic Computing Engine) の設計に携わりました。現在のほとんどのコンピュータの動作原理であるプログラム内蔵式コンピュータ(ストアードプログラム方式)は「ノイマン型コンピュータ」とも呼ばれ、ハンガリー出身のアメリカ合衆国の数学者、フォン・ノイマン(John von Neumann:1903年〜1957年)が発表した論文が最初と言われていますが、後から発表したチューリングの論文の方が詳細であり、より具体的なものであったと言われています。このように、アラン・チューリングは現在のコンピュータの基礎を築いた功績者の1人とされています。
1948年、マンチェスター大学数学科の助教授に招かれ、そこで初期のコンピュータ Manchester Mark I におけるソフトウェア開発に従事するのですが、より概念的な仕事にも取り組み、人工知能の問題も提起し、今日「チューリングテスト」として知られている実験を提案しています。この「チューリングテスト」とは、機械を「知的」と呼ぶ際の基準を提案したもので、人間の質問者が機械と会話をして人間か機械か判別できない場合に、その機械が「思考」していると言えるというものです。その中で、アラン・チューリングは最初から大人の精神をプログラムによって構築するよりも、子どもの精神をプログラムして教育によって育てていくのがよいと示唆しています。その一環として、彼はコンピュータチェスのプログラムを書き始めています。
さらに、その延長として、数理生物学に興味を持つようになります。数理生物学は、様々な応用数学の技術と道具を活用し、生物学的過程の数学的表現、処理、モデル化を目的とするもので、現代では生物学、医学生物学およびバイオテクノロジーの研究の分野において、理論的な面でも実用的な面でも用いられている学問なのですが、今から70年近く前の1948年の段階で、この分野に興味を持って、研究に取り組んでいたというのは驚異的です。さすがに天才数学者です。三村教授の提唱なさっている「現象数理学」は、このアラン・チューリングの研究の流れを汲むものです。
ちなみに、アラン・チューリングと並んで現在のコンピュータの基礎を築いた功績者の1人とされるフォン・ノイマンも気象学や気象予報において数理モデルとコンピュータを使う斬新な手法を持ち込み、天気を操るアイディアも提案していて、気象力学の草分けの一人とされています。コンピュータの基礎を築いた2人の数学の天才がどちらも生物学や気象学といった自然科学に興味を持つようになるのは、当然の帰結のように思います。そういう2人の天才には足元にも及びませんが、私も長くコンピュータエンジニアをやって来て、気象の世界に足を突っ込み、最近は農業の世界にも興味を持っています。すると、なんとなく彼等の気持ちが分かるような気がするんですよね。数学って実は自然科学そのもので、様々な自然現象は数式を用いたモデル化で説明ができるのではないかって思えてくるのです。数学の奥深さとでもいいますか‥‥。もちろん、メチャメチャ難しいことではありますが‥‥。
1952年、アラン・チューリングは同性愛の罪(風俗壊乱罪)で、警察に逮捕され、保護観察の身となり、ホルモン療法を受けていたのですが、1954年、突然亡くなります。41歳の若さでした。検死によると、青酸中毒による自殺と断定されたのですが、その死の真相はいまだに謎に包まれたままです。
アラン・チューリングの残したこれら素晴らしい業績に関しては、エニグマ暗号の解読という第二次世界大戦中の業績が国家機密扱いだったため、長くイギリス政府により秘匿にされていたのですが、死後50年近くが経ってから再評価されるようになり、1999年には、タイム誌が選ぶ「タイム100: 20世紀の最も影響力のある100人」の中で、コンピュータの創造に果たした役割からアラン・チューリングが選ばれています。
2014年には今注目の俳優ベネディクト・カンバーバッチ主演でアラン・チューリングの生涯を描いた『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密(原題:The Imitation Game)』という映画が作られ、アラン・チューリングの業績が一般の人にも広く知られるようになりました。この『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密(The Imitation Game)』は、第87回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞を含めた8部門で受賞候補にノミネートされ、最優秀脚色賞を受賞しました。まったくの余談ですが、主演のベネディクト・カンバーバッチは私の大好きな映画『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(2012年)の中でジョン・ハリソン(カーン)を演じ、「世紀の悪役」として世界中から絶賛されました。また、2004年に放映されたBBC放送の『ホーキング』では、若き日のスティーヴン・ホーキング博士を演じて、モンテカルロ・テレビ祭の主演男優賞を受賞しています。アラン・チューリングにスティーヴン・ホーキング、天才科学者を演じさせたらピカイチの俳優さんです。
『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密(The Imitation Game)』公式HP
また、IEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc.)とともに、コンピュータ科学の分野で最も影響力の強い学会であるアメリカ合衆国をベースとする国際学会のACM(Association for Computing Machinery) は、1966年からコンピュータ社会に技術的に貢献した人物に対して「チューリング賞」というアラン・チューリングの名前を冠した賞を授与しています。これは、コンピュータ関係者のノーベル賞とも言われる賞です。
‥‥(その2)に続きます。
一般社団法人アドバンスト・ビジネス創造協会公式HP
そのABC協会の活動の1つに「YAT(Yet Another IoT)アカデミー」というものがあります。「Yet Another IoT」とは「まだもう一つのIoT」とでも訳せばいいのでしょうか、今ITの分野で話題になっているIoT(Internet of Things:モノのインターネット)の普及に関して、単にITの分野に限らず、様々な分野の有識者をお招きして講演をしていただき、参加者全員で意見交換と可能性の追求を行おうというものです。その第1回目の会合が7月20日にあり、私も参加してきました。
「YATアカデミー」の第1回は明治大学研究・知財戦略機構の三村昌泰特任教授(先端数理科学インスティテュート(MIMS)副所長)をお招きして「自然現象における知的な振る舞い」と題するご講演をしていただきました。三村特任教授は応用数学を専攻する数学者ですが、数学と自然科学をはじめとした諸科学の具体的融合を目指す『現象数理学』をご専門とされていらっしゃいます。
明治大学グローバルCEOプログラム『現象数理学の形成と発展』HP
「現象数理学」という聞き慣れない学問ですが、上記HP内の拠点リーダー挨拶や、下記の明治大学先端数理科学インスティテュート(MIMS)HPの中で「現象数理学の発展をめざして」と題して三村教授が述べられている文章にその解説が書かれていますので、是非、そちらのほうをご覧ください。
拠点リーダー挨拶
明治大学先端数理科学インスティテュート(MIMS)HP
まぁ~一言で言えば、「現象数理学」とは、自然現象と数理の世界の橋渡しであるモデル構築をキーワードとして、モデリング、解析、そしてそれらを補完するシミュレーション等を用いて、自然現象の解明に数学的アプローチで接近するというというもので、日本では三村教授が提唱なさっている学問領域です。
三村教授は昭和40年京都大学工学部数理工学科を卒業され、昭和48年に工学博士号(京都大学)を取得、その後、甲南大学理学部助教授、同教授を経て、昭和55年に広島大学理学部教授に就任なさっておられます。平成5年、東京大学大学院数理科学研究科教授、平成11年、再び広島大学大学院理学研究科教授を経て、平成16年から明治大学理工学部教授、平成17年から明治大学先端数理科学インスティテュート所長を務められています。私は昭和53年3月に広島大学工学部を卒業したので、昭和55年に広島大学理学部教授にご就任ということは、私とは時間的にカブってはおられませんが、同じキャンパスに長くおられたということで、私は非常に親近感を覚えました。
研究なさっている「現象数理学」という分野も、今の私にとって非常に関心の高い分野なので、刺激的で大変興味深く聴かせていただきました。弊社ハレックスは現在、農業向け気象情報提供に積極的に取り組んでいます。農業の分野においてはなかなかIT化が進まないと言われています。その原因を、私は農業の分野では、他の産業に比べて「ディジタル化」と「モデル化」が進んでいないからだと考えています。私が申し上げるまでもなく、ITの基本はこの「ディジタル化」と「モデル化」にあります。「ディジタル化」とは、時間的に連続な連続信号(アナログ)である事象に関する情報を、主として0と1から成る離散的な値の配列によって符号化し、コンピュータなどで処理しやすい形式にすることを言います。情報をディジタル化することにより、検索や演算、加工、通信などの処理が容易になります。「モデル化」とはコンピュータにおける業務処理を効率よく行うために、現状を調査し収集したデータをもとに、データと処理の流れを数式で定式化したり、図式化したりすることを言います。このモデル化を行うことによって、複雑な業務の流れや構造を直感的に表すことが可能となります。アナログ情報の集合体とも言える“自然現象”を相手にする農業の場合、この「ディジタル化」と「モデル化」がなかなかうまく進んでいないことが、IT化を遅らせる大きな要因になっているという風に私は分析していました。
その自然現象のうち、農業に関連する最も大きい要因が気象(気候)です。この気象の分野は自然科学の分野でもディジタル化とモデル化が進んでいる先進領域です。全国に張り巡らされた気象観測センサーや降雨レーダー、気象衛星等で観測された情報は全てディジタルデータで表現され、数値気象モデルというモデル化された演算式により気象庁に設置されたスーパーコンピュータで解析され、気象予測が行われます。気象庁からはその演算結果を含む膨大な量の気象データがオープンデータとして時々刻々ディジタルデータとして提供されているものの、それをコンピュータで処理しやすい形式にまでは変換されていなかったので、弊社ハレックスはその変換を独自のオンラインリアルタイム処理によって実現し、コンピュータでの様々な処理を可能にするようにしています。問題はそれ以外の情報のディジタル化とモデル化です。三村教授の提唱なさっている「現象数理学」は、その自然現象のモデル化を数学的に行おうというもので、講演をお聴きしていて大きな可能性を感じました。前述のように、近年、ITの分野では「ビッグデータ」や「IoT」が話題になることが多いのですが、指数関数的に発展を続けているコンピュータの能力の向上により、今後ビッグデータの解析処理が容易化され、様々な自然現象や社会現象のモデル化が急速に進むのではないか…と十分に思わせていただきました。
このように三村教授は私と微妙に接点の多い方なのですが、その三村教授の講演の中で出てきたある一人の天才数学者の名前にさらに接点を感じ、ビックリしてしまいました。その天才数学者の名前は『アラン・チューリング』。
アラン・チューリング(Alan Mathison Turing:1912年〜1954年)はイギリスの天才数学者で論理学者、暗号解読者、コンピュータ科学者です。アラン・チューリングの残した業績として真っ先に挙げられるのは、数学的アルゴリズムを実行する仕組み(マシン)を形式的に記述したものの一つである「チューリングマシン」を提唱し、理論面だけではなく、実際面でもコンピュータの誕生に重要な役割を果たしたことです。これによりコンピュータサイエンスおよび人工知能の父とも言われています。
第二次世界大戦の期間中はイギリスの暗号解読センターで、ドイツの暗号を解読する幾つかの手法を考案し、英国の海上補給線を脅かすドイツ海軍のUボートの暗号通信を解読する部門の責任者となりました。当時ドイツ海軍が使用していた、絶対に解読不可能と言われたエニグマ暗号機を利用した通信の暗号文を解読することに成功し、暗号解読機 bombe を設計しました。これによりイギリスはドイツ軍、特にドイツ海軍のUボートの動きを把握できるようになり、第二次世界大戦の勝利に結びついたとも言われています。ちなみに、このbombeが、その後、世界初のプログラム可能な電子式デジタル計算機 Colossus (コロッサス)のベースとなります。ちなみに、電子式デジタル計算機と言っても Colossus は1,000本以上並べた真空管をCPUに用いていました。
戦後は、イギリス国立物理学研究所 (NPL) に勤務し、現在のコンピュータに繋がる「プログラム内蔵式コンピュータ」の初期の設計のひとつACE (Automatic Computing Engine) の設計に携わりました。現在のほとんどのコンピュータの動作原理であるプログラム内蔵式コンピュータ(ストアードプログラム方式)は「ノイマン型コンピュータ」とも呼ばれ、ハンガリー出身のアメリカ合衆国の数学者、フォン・ノイマン(John von Neumann:1903年〜1957年)が発表した論文が最初と言われていますが、後から発表したチューリングの論文の方が詳細であり、より具体的なものであったと言われています。このように、アラン・チューリングは現在のコンピュータの基礎を築いた功績者の1人とされています。
1948年、マンチェスター大学数学科の助教授に招かれ、そこで初期のコンピュータ Manchester Mark I におけるソフトウェア開発に従事するのですが、より概念的な仕事にも取り組み、人工知能の問題も提起し、今日「チューリングテスト」として知られている実験を提案しています。この「チューリングテスト」とは、機械を「知的」と呼ぶ際の基準を提案したもので、人間の質問者が機械と会話をして人間か機械か判別できない場合に、その機械が「思考」していると言えるというものです。その中で、アラン・チューリングは最初から大人の精神をプログラムによって構築するよりも、子どもの精神をプログラムして教育によって育てていくのがよいと示唆しています。その一環として、彼はコンピュータチェスのプログラムを書き始めています。
さらに、その延長として、数理生物学に興味を持つようになります。数理生物学は、様々な応用数学の技術と道具を活用し、生物学的過程の数学的表現、処理、モデル化を目的とするもので、現代では生物学、医学生物学およびバイオテクノロジーの研究の分野において、理論的な面でも実用的な面でも用いられている学問なのですが、今から70年近く前の1948年の段階で、この分野に興味を持って、研究に取り組んでいたというのは驚異的です。さすがに天才数学者です。三村教授の提唱なさっている「現象数理学」は、このアラン・チューリングの研究の流れを汲むものです。
ちなみに、アラン・チューリングと並んで現在のコンピュータの基礎を築いた功績者の1人とされるフォン・ノイマンも気象学や気象予報において数理モデルとコンピュータを使う斬新な手法を持ち込み、天気を操るアイディアも提案していて、気象力学の草分けの一人とされています。コンピュータの基礎を築いた2人の数学の天才がどちらも生物学や気象学といった自然科学に興味を持つようになるのは、当然の帰結のように思います。そういう2人の天才には足元にも及びませんが、私も長くコンピュータエンジニアをやって来て、気象の世界に足を突っ込み、最近は農業の世界にも興味を持っています。すると、なんとなく彼等の気持ちが分かるような気がするんですよね。数学って実は自然科学そのもので、様々な自然現象は数式を用いたモデル化で説明ができるのではないかって思えてくるのです。数学の奥深さとでもいいますか‥‥。もちろん、メチャメチャ難しいことではありますが‥‥。
1952年、アラン・チューリングは同性愛の罪(風俗壊乱罪)で、警察に逮捕され、保護観察の身となり、ホルモン療法を受けていたのですが、1954年、突然亡くなります。41歳の若さでした。検死によると、青酸中毒による自殺と断定されたのですが、その死の真相はいまだに謎に包まれたままです。
アラン・チューリングの残したこれら素晴らしい業績に関しては、エニグマ暗号の解読という第二次世界大戦中の業績が国家機密扱いだったため、長くイギリス政府により秘匿にされていたのですが、死後50年近くが経ってから再評価されるようになり、1999年には、タイム誌が選ぶ「タイム100: 20世紀の最も影響力のある100人」の中で、コンピュータの創造に果たした役割からアラン・チューリングが選ばれています。
2014年には今注目の俳優ベネディクト・カンバーバッチ主演でアラン・チューリングの生涯を描いた『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密(原題:The Imitation Game)』という映画が作られ、アラン・チューリングの業績が一般の人にも広く知られるようになりました。この『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密(The Imitation Game)』は、第87回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞を含めた8部門で受賞候補にノミネートされ、最優秀脚色賞を受賞しました。まったくの余談ですが、主演のベネディクト・カンバーバッチは私の大好きな映画『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(2012年)の中でジョン・ハリソン(カーン)を演じ、「世紀の悪役」として世界中から絶賛されました。また、2004年に放映されたBBC放送の『ホーキング』では、若き日のスティーヴン・ホーキング博士を演じて、モンテカルロ・テレビ祭の主演男優賞を受賞しています。アラン・チューリングにスティーヴン・ホーキング、天才科学者を演じさせたらピカイチの俳優さんです。
『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密(The Imitation Game)』公式HP
また、IEEE(The Institute of Electrical and Electronics Engineers, Inc.)とともに、コンピュータ科学の分野で最も影響力の強い学会であるアメリカ合衆国をベースとする国際学会のACM(Association for Computing Machinery) は、1966年からコンピュータ社会に技術的に貢献した人物に対して「チューリング賞」というアラン・チューリングの名前を冠した賞を授与しています。これは、コンピュータ関係者のノーベル賞とも言われる賞です。
‥‥(その2)に続きます。
執筆者
株式会社ハレックス
前代表取締役社長
越智正昭
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