2018/01/15

中山道六十九次・街道歩き【第18回: 岡谷→贄川宿】(その12)

昼食をいただき、また初期中山道の案内板のところまで観光バスで戻って、午後の街道歩きのスタートです。

歩き出してすぐ、「ようこそ木曽路」や「是より南 木曽路」という標識が幾つも出ています。標高812メートルですか。

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ちなみに、ちょっと分かりにくいですが国道19号線の「是より南 木曽路」の標識の先は橋になっていて、この下を流れる川の名称が境川。かつてここは松本藩領と尾張藩領の境で、「境橋」と呼ばれる高欄付きの刎橋(はねばし)が架かっていました。この刎橋は両藩折半で架橋したとのことです。現在は桜沢橋が架かっています。

国道19号線は左へカーブして行き、右手に有名な元祖「是より南 木曽路」の石碑が見えてきます。この碑はこの先にある桜沢茶屋本陣だった百瀬家が昭和15年(1940年)に松本藩(信濃国)と尾張藩(木曽国)との境に立てたものです。「これより南 木曽路」。中山道もここからいよいよ尾張藩の領地であった木曽路に入ります。

ところで、あまりにも有名な「是より南 木曽路」の石碑なのですが、昭和15年(1940年)に建てられたものなのですね。申し訳ないですが、なぁ~んだ…って感じを受けてしまいます。

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次の贄川宿から先は「木曽十一宿」と言われた木曽山中の宿場が続きます。島崎藤村の「夜明け前」に「木曽路はすべて山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖の道でり、……」と書かれています。木曽路碑を見ると、いよいよ木曽の山中に入ったな…そんな実感がふつふつと湧いてきます。ちなみに、島崎藤村の「夜明け前」の冒頭の一節は、「東ざかいの桜沢から、西の十曲峠まで、木曽十一宿はこの街道に沿うて、二十二里余に渡る長い渓谷の間に散在していた」というものです。木曽路を歩いて楽しむには、「夜明け前」をもう一度読み返さないとなりません。

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ここから先は断崖があるため、国道19号線からはずれて、街道は崖の上を迂回して進みます。桜沢の「遠巻き道」です。とても旧街道とは思えないような、山の中に入って行く登り道が見えます。中山道六十九次街道歩きではこれまで何度もこういうワイルドな道を歩いてきたので、慣れてきましたが…。いや、むしろ、中山道六十九次街道歩きでは途中にこういうワイルドな道が少しでもないと物足りなく思えるようになってきています(笑)。

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慎重に歩き続けると、峠の頂上のようになったところに馬頭観音が幾つか祀られています。ここからは下りになります。

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断崖越しに国道19号線に沿う形で進みます。眼下の国道19号線を大型トラックが何台も通り過ぎていきます。島崎藤村の名作『夜明け前』には「木曽路はすべて山の中である。あるところには岨(そば)づたいに行く”崖の道”であり、あるところは数十間の深さに臨む木曽川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。」との記述がありますが、ホントにその記述通りの”崖の道”が続きます。熊が出そうな寂しい断崖上の山道ですが、崖崩れ防止ネットがあったりするので遭遇する心配はなさそうです。

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路面に落ち葉が積もって滑りやすくなっているので、急坂を慎重にゆっくりと下ります。坂を下りきって国道19号線と合流する直前に馬頭観音や地蔵尊が幾つか並んでいます。

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ビックリしたことに、その馬頭観音や地蔵尊が幾つか並んでいるすぐ左手に使われなくなったトンネルの跡があります。トンネルの断面の形状と大きさから考えて、鉄道のトンネル、それも単線の鉄道のトンネルです。おそらく、昔の中央本線のトンネルで、複線化するにあたってルートが変更になったので、廃止されたのでしょう。ちなみに、現在、このあたりの中央本線はもう少し東側を通る別の長いトンネルを通っています。右側の写真はその廃トンネルから続く線路の跡です。鉄道マニアの中でもディープマニアと呼ばれている「廃線跡マニア」の人達にとっては、萌える風景なのでしょうね。

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すぐに国道19号線と合流します。山道の出口のところに祠に入った馬頭観音や道祖神の石像が立っています。

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国道と合流したすぐ右手に古い家が何軒か建っています。ここが立場で賑わったという桜沢の集落です。

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桜沢茶屋本陣跡です。このあたりには桜沢立場がありました。島崎藤村の『夜明け前』の冒頭には「東ざかいの桜沢から、西の十曲峠まで、木曽十一宿はこの街道に沿うて、二十二里余に渡る長い渓谷の間に散在していた」と書かれています。茶屋本陣は先ほど見た「木曽の碑」を建立した百瀬家が勤めました。連子格子を備えた屋敷と、本陣らしい立派な表門があり、「明治天皇櫻澤御膳水」、蔵の前には「明治天皇櫻澤御小休所碑」、「明治天皇駐輦跡碑」が立っています。桜沢の名に相応しく、周囲には八重桜の桜並木があります。桜のシーズンにはさぞや美しい光景になるのだろう…と想像できます。

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桜沢茶屋本陣跡を過ぎ、国道19号線を先に進みます。右手に長野県企業局の片平ダムがあります。流れている川は奈良井川。前述のように、奈良井川は中央アルプスの主峰木曽駒ヶ岳の北にある茶臼山北壁に源を発し、分水嶺が入り乱れる中、南下する東の天竜川、西の木曽川に挟まれた中を北上。奈良井宿、贄川宿を流れ、塩尻市、松本市を貫き、松本市内で梓川と合流。梓川はそこから犀川に名前を変え、長野市の川中島あたりで千曲川と合流して、その後、新潟県に入ると信濃川と名前を変え、新潟市で日本海に注ぎます。この奈良井川は明らかに北に向かって流れています。峠越えの多い中山道の旅は、分水嶺を越え続ける旅でもあるって実感します。

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やがて国道19号線の片平橋に出ます。旧中山道は片平橋を渡らずに左へ折れ、崖を下り、古い橋を渡って国道19号線に復帰するルートだったらしいのですが、橋が朽ちて廃道になっているそうなので、そのまま国道19号線を直進します。その旧中山道だった沢道に古い道祖神が佇んでいます。

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このあたりの国道19号線は登坂車線が設けられるほどの登り坂で、意外と疲れます。長久保宿の手前の笠取峠もそうでしたが、急な坂よりもこうした長いダラダラ坂を登って行くほうが、私は苦手です。

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国道脇にある石段を登りきった先に、小さな鳥居が見えます。「白山神社」なのだそうです。その石段の脇にはデッカイ庚申塔が立っています。

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山々の紅葉が綺麗です。ちょうど今が盛りで、私達はいい時に歩いているのでしょうね。昔の旅人もこの綺麗な景色を眺めながらここを歩いたのでしょうね、きっと。

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中山道は国道19号線から右にはずれて、片平集落に入っていきます。

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片平集落は短い距離ですが、街道沿いに出梁造りの民家が数軒並んでいます。僅かな区間ですが、静かな集落にホッとします。

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オヤオヤ、軒下にでっかいスズメバチの巣があります。ちゃんと駆除されているのかスズメバチは“お住い”ではないようです。

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すぐに国道19号線に戻ります。

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飛梅山鶯着禅寺(おうちゃくじ)という風雅な名称を持つ寺院があります。木曽路最北の寺院なのだそうです。

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国道19号線の反対側に道祖神が立っています。おそらく昔、中山道は今の国道19号線の上を微妙に蛇行しながら進んでいたと思われます。

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江戸の日本橋から数えて62番目の「若神子(わかみこ)一里塚」です。国道19号線の壁面上に西塚の一部のみが残っています。石垣の上にあって気がつきにくく、もういっぽうの東塚は鉄道を建設した時に壊されたのだそうです。案内板には、明治43年に中央本線が敷設された時に1基が取り壊されたと書かれていますが、現在の中央本線は奈良井川の向こう側をトンネルで通過しているので、トンネル開通前はこのあたりを鉄道の線路が通っていたということなのでしょう。現存するこの1基も国道19号線の拡幅工事によって切り崩されて、現在は直径5メートル、高さ1メートルほどを残すのみになっている…と書かれています。

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中山道は若神子一里塚の先で国道19号線から再び右へ分岐し、若神子の集落へ入っていきます。ここには古い家も残されていて、水場も何箇所か見られます。きれいな清水が湧いています。水場は階段状になっていて、上から順に洗うものが決められていたのだそうです。

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塩尻市が運営するコミュニティバス「塩尻市地域振興バス」の「若神子バス停」があります。ここを走る楢川線の地域振興バスは塩尻駅から牧野原、本山仲町、長泉院前…と私達がこの日歩いてきた旧中山道にほぼ沿った経路で運行されていて、この先は贄川駅、贄川関所を経て奈良井駅まで行くようです。日曜祝日も運行されているようですが1日5往復(平日は奈良井方面に早朝1便あり)と本数は限られています。その限られた本数の1便が、偶然にも私達の横を後ろから追い越していきました。明るいマルーン色をしたマイクロバスです。

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若神子の集落の出口の右手に諏訪神社があり、曲り角に庚申塔や二十三夜塔などが並んで立っています。

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……(その13)に続きます。

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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