2015/01/29

『終末時計』2分進め、残り3分に!(@_@)

報道によりますと、地球破滅までの残り時間を象徴的に示すいわゆる『終末時計(Doomsday clock)』について、1月22日、アメリカの科学雑誌、「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ(Bulletin of the Atomic Scientists)」は、気候変動や核軍縮の取り組みが停 滞しているとして、時計の針を2分進め残り時間を3分にしたと発表したそうです。

この雑誌は地球が破滅するのを午前0時に設定して、それまでの残り時間を『終末時計』という形で毎年公表しているのですが、22日に発表された今年の『終末時計』によりますと、昨年は破滅まで5分だった時計の針を2分進め、残り時間を3分にしたそうなんです。

その理由について、ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ誌は、地球温暖化を防ぐ取り組みが不十分で気候変動の影響が避けがたいほど深刻になると想定されることや、アメリカとロシアの間で核軍縮の取り組みが停滞していることなどを挙げています。

記者会見で同誌のベネディクト事務局長は、「気候変動と核軍備競争は、人類を脅かし続けているが、世界の指導者たちは、市民を守るために必要な行動を取らず、地球上の人々を危機に陥れている」と述べ、批判をしたそうです。

68年前から続くこの『終末時計』は、1953年にはアメリカ合衆国と旧ソビエト連邦が相次いで核実験を行うなか、残り2分まで針が進められました。しかし、冷戦終結後に針は戻され、アメリカ合衆国のオバマ大統領が核軍縮への姿勢を見せるなか、5年前には残り6分になりましたが、3年前、核軍縮の努力が足りないとして、残り5分となっていました。

(記事引用: NHKニュース&スポーツ 2014/01/23 10:57)


『終末時計』とは、いかにも『終末論』思想が思想の根底にあるユダヤ教やキリスト教、イスラム教、ゾロアスターといった“一神教”の宗教を信じる人達の考えそうな発想ではありますね(仏教にも一部にそういう側面はありますが…)。

『終末論(Eschatology)』は、人類の歴史には必ず終わりというものがあり、それが歴史そのものの目的でもあるという考え方のことです。社会が政治的、経済的に不安定で、人々が困窮に苦しむような時代に、その困窮の原因や帰趨を、神や絶対者の審判や未来での救済に求めようとする風潮は世界中どこの国の文化や宗教にも一般に見られることではありますが、しかし、“終末”という言葉の基準を「個々人の死の意味ではなく、人類全体にとっての最後の時、あるいは唯一絶対的な力を有する“神”による人類全体に対する最後の審判と選別救済の時」と定義するならば、『終末論』は本質的に一神教の文化特有のものであると言うこともできようかと思います。

自然界には“八百万(やおよろず)の神々”がいらっしゃるとする自然崇拝の多神教を基本とした文化の中で生まれ育った私達日本人には(特に私には)、正直なかなか理解できない考え方ではありますが…。

最も有名な『終末論』としては、1999年に世界が滅ぶとした「ノストラダムスの大予言」がありました。その「ノストラダムスの大予言」が大ハズレした後、2010年頃からはマヤ文明の暦を扱った「2012年人類滅亡説」というものがまことしやかに叫ばれました。日本でもこの両方について一部に大騒ぎされた人達もいらっしゃいましたが、結局何も起こらず、今に至っています。

まぁ、真面目に物事の真理を突き詰めて考え過ぎる傾向の強い一神教の文化の人々にとっては、『終末論』はその思想の根底にあるものと思われますので、おそらく何年か後にはまたまた別の新しい『終末論』が見つけだされて、出てくるのではないか…と私は思っています。この『終末時計』も、その一種のようなものを感じますが、NHKのような権威のあるマスメディアが報道の中で取り上げたわけですから、さすがに気になります。

ちなみに『終末時計(Doomsday clock)』の“Doomsday”とは、キリスト教の新約聖書に出てくる「最後の審判(Last Judgement)の日」のことで、キリスト教用語です。

人は誰しも「どんなものにでも必ず終わりがある」ということを知っています。それは人間社会やこの地球も例外ではありません。「終わって欲しくない」と思いながらも、ある意味「終末の時」を待ち望んでいるかのように次から次へと新たな『終末論』が出てくるのは、何らかの大きな力(神?)からの救済を求めているからなのかもしれません。

もちろん「世界的な異常気象」や「地球温暖化」、「世界規模の経済不況」、最近では「イスラム国」の問題等々、後ろ向きなキーワードが毎日のように世界中のメディアで流されていることも大きな要因の1つではないか…とも思われます。

時計に例えて、地球破滅までの残り時間を定量的に表して、世界に警鐘を鳴らす…というのは、いかにも理系の科学雑誌らしい取り組みではありますが、核軍縮の取り組みが停滞していることより前に気候変動の影響が避け難いほど深刻になると想定されることを挙げていることに関しては、たいへん申し訳ないことではあるのですが、私は「ふぅ~~ん(-.-)」…って思ってしまっています。確かに地球規模で起きようとしている気候変動の影響が私達人類に大変な危機をもたらすであろう危険性については私もまったく否定しませんし、強く同意します。しかし、『ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ誌』は大変に歴史と権威のある科学雑誌であるということですが、こと科学雑誌としてのその姿勢に関しては「ふぅ~~ん(-.-)」、そして「あのねぇ~~(-.-)」ということだけなのです。

実はこれまでの“科学的な”『古気象学』の研究により、地球の気候には、様々な時間スケールで大きな変動があることが判明しています。太陽を回る地球の僅かな軌道のズレ、すなわち地球の公転軌道の離心率の周期的変化から、地球はおよそ10万年サイクルで“氷河期”と“間氷期”を繰り返しています。最後の“氷河期”は今から約7万年前に始まり約1万年前に終わり、日本列島では最終氷河期末の約1万6,500年前に旧石器時代に別れを告げ、土器を作る文明、“縄文時代”が世界に先駆けて始まったとされています。そして現在は、次の氷河期が来る前の“間氷期”と呼ばれる温暖な時代にあたります。

また、数百年単位のスケールで見ると、ここ2000年の間には、太陽活動は数百年単位で活発化し、あるいは低下し…と強弱を繰り返し、地球の気候は数百年単位で変動することが解ってきています。また、巨大火山の噴火による「火山の冬」の到来で、火山噴火も地球規模で気候に大きく影響を及ぼし、寒冷期と温暖期を繰り返してきたことも解ってきています。そして、そのたびに、それまで人類が築き上げた文明は興亡を繰り返してきたのです。

このように太陽活動の強弱と火山噴火は、太古の昔から地球規模で気候の温暖化・寒冷化の繰り返し、すなわち気候変動をもたらす大きな要因であったわけです。そして、この気候変動は天候不順や異常気象をもたらす主たる要因になります。日本列島においても、温暖な時代に干ばつが到来すると農作物が凶作となる一方、寒冷化すると冷夏・長雨によって同じく農作物の凶作を招き、酷い飢饉に見舞われてきました。天候不順は疫病を大流行させ、社会不安や戦乱の大きな要因ともなってきたわけです。

この1000年間の社会の安定・不安定の変動メカニズムは、単純化すれば以下のように説明できます。

この1000年の間、太陽活動は5回低下し、その都度、日本を含む世界各地で気候は寒冷となり、飢饉となりました。この寒冷期に巨大火山噴火が重なると、火山ガスが成層圏にまで達し太陽の放射を遮るためにさらに寒冷化に拍車がかかり、飢饉の被害が甚大となり、社会不安が加速しました。

一方、太陽活動が安定し、巨大火山噴火もない温暖な時期には、農作物の生育は良好で、結果、人口も増え、時の政権も安定していました。これに数年に一度発生するエルニーニョ現象による影響が加わり、このメカニズムはより複雑化します。

このように、世界は有史以来、人類の歴史はずっと自然、すなわち“異常気象”との戦いの歴史だったわけです。そしてこのところの100年間は基本的には“間氷期”にあって太陽活動が安定し、巨大火山噴火もなかった温暖な時期にあたります。なので、世界的に人口が爆発的に増加し、文明がこれまでないほどの勢いで発達してきたわけです。言ってみれば、“異常気象との戦い”の連続からしばし解放されて、人類が束の間のそれぞれの“欲の追求”に走ることができた“幸福な時代”であった…と言うこともできようかと思います。

しかし、そういう時代にあっても、自然は時折私達人類の前に牙を剥いてその本質を見せて来ることがあります。それが我々が現在“異常気象”と呼んでいるものであると考えたほうが妥当です。太陽活動が安定性を欠いてきたためなのか、はたまた人類が化石燃料の使いすぎから温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)を大気中に排出し過ぎたためなのか…、本当の原因は、残念ながらまだ今の科学では特定できていませんが、このところ地球規模で気候変動が起こっていることだけは確かなようです。現在起こっている“異常気象”と呼ばれるものは、そのことに対する自然が発する“警告”であると捉えるべきだと、私は思っています。

重要なのは、その“警告”を私達人類はどのように受け止めて、次の具体的な行動に結び付けていくべきかどうかだと、私は思います。その時に忘れてはならないことは、自然は私達人類の想像を遥かに超えた圧倒的破壊力を持つ“脅威の存在”であるということです。人類は決して思い上がってはいけません。自然に対しては、常に“畏敬の念”をもって接していかないといけません。しかも、まだまだ“警告”のレベルですから、やるべきことはいっぱい残っています。簡単に諦めて、“神のご加護”や“救世主の出現”といった『終末論』に頼るようではいきません。だって、過去の人達は今の時代ほどの技術や知識を持ち合わせていないにも関わらず、そうした“異常気象”との戦いの歴史を立派に乗り越え、“駅伝”のように、今に“時代の襷(たすき)”を繋いできたわけですから。私達も次の時代にその“時代の襷”を繋いでいく重要な責務があります(^^)d

気候変動や異常気象を考えるにあたっては、今のことだけを考えるのではなく、そうした過去の“歴史”についても正しく理解する必要がある…と私は思っています。

権威ある科学雑誌であるならば、単純に「地球温暖化を防ぐ取り組みが不十分」をその理由の最初に持ってくるのではなく、こうしたこれまで幾多の科学者の努力により解明されてきた“科学的根拠”に基づいた納得のいく説明を加えていただきたいものだと、私は思っています。たぶん、発表された雑誌の本文中にはそういうことが書かれていることと期待していますが…。

誤解のないように言っておきますと、気候変動に対する取り組みや核軍縮に向けた取り組みを否定するつもりはありませんし、世界各国が共同で今すぐにでも取り組むべき重要な課題であるとの認識であることに、なんら変わりはありません(^-^)v


【追記】
1月21日(水)に東京で活躍する愛媛県に関係の深い経済人の集まりである『東京・愛媛クラブ』の新年会があり、私も出席してきたのですが、そこで愛媛新聞社の今井瑠璃男相談役の『平成27年乙未(いつび=きのと・ひつじ)を考える』と題する講演を聴かせていただきました。

今井相談役は干支や風水に関する造詣が深く、毎年、『東京・愛媛クラブ』の新年会ではその年の干支に因んだ講演をなさります。今年の干支は「乙未」。今井相談役によると、これまで「乙未」の年には世の中的に大変な年が多かったとのことのようです。

「乙未」の年は60年に1回訪れてきますが、今から60年前の「乙未」の年は1955年(昭和30年)。私が生まれた年の1年前で、今年“還暦”を迎える私の学年の同級生が生まれた年でもあるのですが、この年には社会党の統一、民主党と自由党による保守合同などのいわゆる“五五年体制”の基本がスタートし、日米原子力協定が締結されて、原子力の平和利用が始まった年でした。 世界的にもワルシャワ 条約機構が結成されて、東西冷戦が激化し始めた年でした。現在に続く米国・中国・ロシア・朝鮮半島との関係における諸問題も、この年に日ソ和平交渉が開始され、それに端を発してスタートしたようにも思えます。

これは2回前の120年前の1895年(明治28年)「乙未」年の日本の政治・外交状況とも酷似していて、この年の日本は日清戦争の講話において朝鮮半島や大陸の問題が凝縮した1年だったようで、三国干渉をはじめ、国際社会に一躍躍り出た日本を押し込めようとする欧米列強の動きが激しくなった年でした。

60年前には森永砒素ミルク事件やスモン病があり、120年前にはコレラの大流行もありました。これ以前の約1,200年前までの「乙未」の年を調べてみても、疫病の大流行があったり、大地震や大暴風雨、長雨があったりと自然災害が起こり、加えて京都などの社寺の大規模な火災があったり、各地で百姓一揆等の騒動や京都奈良で僧兵達の騒ぎが起こったりと、世の中的に天変地異や政変が起きる等の大変な年が多かったとのことのようです。

なので、今年2015年のキーワードは「ひるまずに前進」なんだそうです。今から来年のことを言ったら鬼が笑うどころか、鬼も当惑しちゃいそうですが、今年をうまく乗り越えることができたならば、来年2016年(平成28年)は丙申(へいしん=ひのえさる)。光り輝く安定した1年に移っていくそうです。

「乙未」の年は天変地異も多いとのことのようですから、この愛媛新聞社の今井瑠璃男相談役の講演をお聴きして、私達民間気象情報会社も十分に心してそれに立ち向かっていきたいと考えたところです。

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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越智正昭

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