2015/11/16

MRJ、初飛行に成功!

11月11日(水)、三菱航空機を筆頭にした複数の国内メーカーが開発・製造中の国産初の小型ジェット旅客機『MRJ(三菱リージョナルジェット)』が初飛行に成功したという嬉しいニュースが流れていました。

日本の国産旅客機といえば、「YS-11」という日本航空機製造が製造した双発のターボプロップエンジン方式の旅客機が有名です。このYS-11は第二次世界大戦後に初めて日本のメーカーが開発した旅客機です。初飛行は1962年(昭和37年)。その2年後の1964年(昭和39年)に行われた東京オリンピックの聖火の輸送を担うなどして親しまれ、その後、日本国内航空、東亜航空(合併等により東亜国内航空→日本エアシステム→日本航空)、全日本空輸、南西航空(現・日本トランスオーシャン航空) という日本の主要航空会社に多数導入され、日本の空を駆ける代表的機材として、長期にわたり運用されました。この他、アジア、南北アメリカ、ヨーロッパ、アフリカの航空会社に新造機として導入されたほか、ギリシア政府やフィリピン政府専用機および空軍機としても運航されていました。

YS-11は1973年(昭和48年)3月末、10年ほどの間に総計182機を製造して生産終了となりましたが、40年以上の長い期間運用されました。残念ながら2006年をもって日本においての旅客機用途での運航を終了し、また、2011年に海上保安庁で使われていた機体も、また2014年には海上自衛隊で使われていた機体も退役しました。現在は10機ほどの機体が航空自衛隊で使われているだけになっています。

この総生産機数182機のうち民需は145機、これは同クラスの競合機であった英国のホーカー・シドレー社製のHS748の118機をしのぎ、ベストセラー機であったオランダのフォッカー社製のF-27フレンドシップに次ぐ売り上げだったのですが、前述のようにYS-11は1973年(昭和48年)3月末、生産終了となりました。これは海外での販売が当初期待したようには伸び悩んだことが主たる原因でした。YS-11が生産終了に追い込まれたことで、次の国産旅客機の開発を続ける機運が失われ、その後40年以上、国産の旅客機が製造されることができなかったのが残念なことでした。

40年以上運用されたYS-11は、この間、松山沖墜落事故やばんだい号墜落事故、中華航空206便墜落事故という3回の墜落事故を含めオーバーラン等幾つかの事故を起こしていますが、機体の構造面が主たる原因であると特定された事故は皆無で、極めて性能のいい素晴らしい機体でした。中には胴体着陸事故という極めて大きな事故を起こした後、修理を経て再び運用に復帰した機体もあるなど、構造的には見た目以上に頑丈な機体でした。

生産が取り止めになってしまったのは決して機体が性能的に劣っていたわけではなく、海外での販売が当初期待したようには伸び悩んだことに代表されるように、ひとえに“営業力”が決定的に乏しかったことが主たる要因でした。それは製造メーカーであった日本航空機製造が半官半民の特殊法人であったことが大きく関係していたようです。このため、日本航空機製造は1981年12月28日に行われた政府閣議で、業務の民間への移管と1982年(昭和57年)度中の解散が正式決定され、1982年(昭和57年)8月1日に営業権を三菱重工に譲渡し、1983年(昭和58年)3月23日に解散しました。その後のアフターサービスは三菱重工業が請け負いました。

今回初飛行に成功したMRJは、その三菱重工業から分派した専門子会社である三菱航空機が中心となって開発・製造されている旅客機なので、YS-11の正統な後継機種と言うことができるのではないかと思います。まさに“リベンジ”です。

1973年(昭和48年)3月末にYS-11が生産終了となった以降、純国産の旅客機の生産は行われなかったものの、日本の航空機関連メーカーは、ボーイングやエアバスといった欧米のメーカーが製造する旅客機で、機体やエンジンの一部などを手がける下請けの役割を担ってきました。この部品や素材の供給を続けていく中で、日本のメーカーの技術力は徐々に向上していきました。

また、旅客機こそ生産されなかったものの、自衛隊向けの航空機については国産の航空機が幾つも作られてきました。多くは同盟国である米国のメーカーの機体のライセンス生産によるものですが、中には日本独自に開発された素晴らしい機体もあります。

輸送機では航空自衛隊で30機が使用されている主力のC-1中型輸送機と、その後継機として開発されているXC-2中型輸送機(どちらも川崎重工業製)。戦闘機ではかつての航空自衛隊の主力機材の1つであったF-1支援戦闘機と、現在も日本の空を守る主力機材の1つであるF-2A/B戦闘機(どちらも三菱重工業製。F-2は米国のF-16をベースにしているという言われ方もされていますが、F-2は日米共同開発の機体です)。練習機ではT-1B中等練習機(富士重工業製)、T-2高等練習機(三菱重工業製)、T-4中等練習機(川崎重工業製。世界最高難度の曲技飛行で世界的に有名な航空自衛隊のブルーインパルスは、現在このT-4中等練習機を使っています)。

対潜哨戒機や救難機では、海上自衛隊が使用しているPS-1対潜哨戒飛行艇、US-1/1A救難飛行艇、その後継機であるUS-2救難飛行艇(どれも新明和工業製)。これから配備される予定のP-1哨戒機(川崎重工業製)があり、このUS-2救難飛行艇やP-1哨戒機はあまりの性能の良さに世界が注目しているほどです。

このほか、多目的小型ビジネス機としてMU-2(三菱重工業)やFA-200(富士重工業)、HondaJet(本田技研工業)等が開発・製造されています。

このような実績を1つ1つ積み重ね、旅客機の開発と製造に必要となる技術を徐々に蓄積して、ついに日本の航空機製造業界が満をじして開発に乗り出した機体がMRJでした。12年前の2003年に官民共同開発に向けて国が補助金をつけ、7年前の2008年には三菱航空機によるMRJの事業化が決定し、本格的な開発が進められてきました。そして、先日2015年11月11日にめでたく初飛行に成功したというわけです。

このMRJ開発の背景には、経済のグローバル化や新興国の成長などにより、今後の旅客機需要の急速な拡大が見込まれることが挙げられます。この需要の拡大は、ボーイングとエアバスという世界の二大航空機製造メーカーが得意とする大型機や中型機ではなく、むしろ乗客数100名以下という小型機の分野において大きな需要の伸びが期待されることから、その小型機ニーズにターゲットを絞って開発に着手したことも、意味は大きいと私は思っています。

MRJは「リージョナルジェット」の名前に示すように、大都市と地方を結ぶ路線での利用が想定されています。新興国の経済成長に伴って人の移動が増えていることなどから、この市場は今後ますます拡大していくとみられています。業界団体の日本航空機開発協会によりますと、世界で運航されている座席数が60席から99席の小型の旅客機は、去年は1,988機でしたが、2034年には3,761機になると予想されていて、この間に買い替えの分も含めると3,000機を超える需要が生まれると見込まれています。現在、この市場にはブラジルのエンブラエル社とカナダのボンバルディア社という強力なライバルがいて、航空会社に既に納入された1,988機のリージョナルジェットのうち9割以上はこの2社が占めており、MRJは彼等の間に割って市場に参入していく形となります。

MRJはこれまでに407機の受注を得ているということのようですが、日本とアメリカの航空会社を除くとミャンマーからの10機のみにとどまっていて、アジアなどの新興国やヨーロッパなどの航空会社からの受注をどこまで伸ばせるかが大きな課題となります。主要な性能的には世界の市場で高いシェアを持つブラジルのエンブラエル社やカナダのボンバルディア社の従来の小型ジェット旅客機と比べてほぼ同じ水準だということですが、燃費はMRJのほうが2割ほどよいということなので、日本製らしいここあたりの特長を“売り”に受注機数を大きく伸ばしていってほしいと願っています。これまで初飛行が何度か延期になり、期待していたほどの受注の上積みが出来ていなかったようですが、今回の初飛行の成功でそれも払拭され、受注拡大の弾みになることでしょう。

MRJの部品数はおよそ100万点に上り、航空機製造産業は極めて裾野の広い産業領域であるだけに、受注を伸ばすことにより、優れた技術を持つ中小を含めた日本の企業の活躍の場の拡大が期待でき、日本経済に明るい未来も描けますから。

11日の夜にテレビのニュースでMRJの初飛行の様子を観させていただきました。離陸シーンは実に滑らかで、短い滑走距離であったにも関わらず、「スッ」と離陸するところが実に印象的でした。エンジンのパワーにモノを言わせてグワァァァ~ッ!と強引に離陸するような印象のあるボーイングやエアバスの大型機や中型機の離陸シーンとはまるで異なり、表現としたら「スッ」という感じで滑らかに、そして軽やかに柔らかに離陸(凧のように「フワッ」でもありません。あくまでも「スッ」です)。着陸も同じで「スッ」という感じで実に滑らかに着陸し、短い滑走距離で停止しました。

これはC-1中型輸送機やUS-2救難飛行艇等でこれまで培ってきた日本の航空機製造技術、特に優れた短距離離着陸(STOL)性能の表われというもので、短い滑走路の飛行場での離着陸の機会の多い「リージョナルジェット」においては極めて重要な特長と言えます。燃費の良さに加えて、このあたりも営業上の“売り”になるのではないか…と私は思いました。

そして、なによりカッコイイ(美しい)(^^)d。私はエンジニアとして、工学的に性能がいいモノは、見た目もカッコイイ(美しい)…という持論を持っています。自動車、船舶、飛行機…、工学的に性能がいいモノは、見た目もカッコイイ(美しい)んです(^^)d 特に、地球の引力に逆らって空を飛ぶ飛行機に関してはなおのことです。その論からすると、見た目もカッコイイ(美しい)MRJは絶対に工学的に性能がいい筈です。競合相手のブラジルのエンブラエル社やカナダのボンバルディア社の機体と比べても十分にカッコイイ(美しい)ということは、ブラジルのエンブラエル社やカナダのボンバルディア社の機体よりも性能がいいということを意味している…と私は思っています(^^)d

モノづくり大国、日本のエンジニアリング(工学)の質の高さをナメんなよ!…って言いたいです。だって、日本は今から70年前までは、資源が乏しい中でも、“あの”米国の戦闘機や爆撃機と実際に丁々発止とやりあっていた航空機製造大国だったのですから。そんな国、日本のほかにはドイツくらいしかありません。カナダやブラジルはもちろんのこと、どこぞの大陸の国も、半島の国も“あの”米国と真っ正面から戦った歴史はただの一度もないわけですから(ロシアだって実際には米国の戦闘機と丁々発止の空戦を行った歴史はありません)。戦っていたのは、なにも兵隊さんだけではないのです。エンジニアだって、自分の持ち場で寝る間を惜しんで、体を張って戦っていたのです(^-^)v

ちなみに、米国のボーイング社と大型機や中型機の領域で競合している欧州のエアバス社のメインの工場はドイツにあります。米国と競合できるだけの技術力を潜在的に有している国は日本とドイツだけである…と私は思っています。

MRJの初飛行のニュース映像を観ながら、根っからのエンジニアの私は、そんなことを思ってしまいました。

そうです!、この国は太古の昔からモノづくりが得意な国なんです。今こそ日本人は、国民性の根源なるものを覚醒して、『理系の逆襲』に出なくてはなりません! (^^)d


【追記1】
太平洋戦争中、「零戦を見たら、とにかく逃げろ!」と米空軍に恐れられた零式艦上戦闘機(零戦)を作った伝統ある“三菱”が、最新鋭機MRJを引っ提げて市場競争の最前線(ビジネスの戦場)に戻ってきたのです。ここからの戦いで頑張るのは営業(兵士)の皆さんです。とにかく頑張ってもらいましょう!\(*⌒0⌒)b♪

【追記2】
MRJはこれから各種の試験を行い、形式証明を取得後、2017年4月~6月期から発注しているエアラインに順次引き渡される予定になっています。

最初に引き渡されるローンチカスタマーは全日本空輸(ANA。同社のグループ会社であるANAウイングスが運航)。実はYS-11の時もローンチカスタマーはANAでした。ANAは25機を発注(仮発注10機を含む)しています。また、日本航空(JAL。同社のグループ会社であるジェイエアが運航)もANA以上の32機を発注していて、2021年から順次引き渡される予定になっています。

飛行機好きの私とすれば、MRJに乗れる日を今から楽しみにしています。早く乗ってみたいなぁ~(^_^)

それよりも、まずはMRJのミニチュア模型が欲しい!

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

株式会社ハレックス
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越智正昭

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