2015/11/20

第1回さいたま国際マラソン

さいたま国際マラソン1

さいたま国際マラソン2
さいたま国際マラソン3

さいたま国際マラソン4


11月15日(日)、私が住む埼玉県さいたま市(一部越谷市)で第1回の『さいたま国際マラソン』が開催されました。

この『さいたま国際マラソン』は、これまでさいたま市で開催されてきたハーフマラソン主体の「さいたまシティマラソン」を42.195kmのフルマラソン化した大会で、これまで日本陸上競技連盟主催の国際大会代表選考レースとして横浜市で開催されてきた「横浜国際女子マラソン」の後継の大会として開催されました。

「さいたまシティマラソン」は、私が30年近く住む与野市(現さいたま市中央区)主催の「与野大かやマラソン」(1979年開始)を母体とし、そこに大宮市主催の「大宮市民マラソン」(1990年開始)、浦和市主催の「浦和ハーフマラソン」(1995年開始)、岩槻市主催の「いわつき人形(ひな)の里マラソン」(1991年開始)を合併によるさいたま市の設置に伴って統合して2002年より毎年2月に開催してきた大会です。さらに埼玉県も1992年から2001年までの間、「彩の国さいたまマラソン」の名称で市民によるフルマラソン大会を上尾運動公園を発着点とするコースで開催していたのですが、それらを全て引っくるめてフルマラソン化しようという計画が2011年より起こり、それが結実して今回の第1回の『さいたま国際マラソン』として開催されることになったというわけです。

一方、横浜国際女子マラソンは世界初の国際陸上競技連盟公認の女子限定マラソン大会であった「東京国際女子マラソン」の系譜を受け継ぐ大会として2009年より毎年11月に横浜市で開催されてきたのですが、2014年限りで終了となったため、後継大会を横浜市以外での開催を求めていたので、そこに『さいたま国際マラソン』が名乗りを上げたということのようで、2015年4月15日、開催が発表されました。

フルマラソンは「日本代表チャレンジャーの部」と銘打たれたリオデジャネイロ五輪日本代表選手の選考を兼ねた女子だけのエリートレースと、「一般の部」の2部門。「一般の部」は男子も参加も可になっています。「日本代表チャレンジャーの部」が午前9時10分のスタート。「一般の部」がそれから30分後の午前9時40分のスタートでした。ほかに、初心者向けに「3kmの部」、「1.5kmの部」、「親子マラソンの部」等もあり、1万人を超えようかという実に多くの方がさいたま市内を疾走されました。

スタート地点とゴール地点はさいたま新都心にある「さいたまスーパーアリーナ」。我が家から東へ200mほど行ったところを国道17号線が走っているのですが、そこは「さいたまスーパーアリーナ」を出発して1㎞ほどの地点にあたります。なので、私も妻と娘を誘ってその地点でランナー達を応援させていただきました。20年近く前、沿道で箱根駅伝を応援したことはありますが、マラソン、それも女子マラソンを応援するのは初めてのことです。

スタートしてから約3分後、女性警官が乗る埼玉県警の2台の白バイに先導されて「日本代表チャレンジャーの部」の先頭集団が私達が観ている前を通り過ぎていきました。まだスタートして1㎞ほどの地点ですので、大勢の選手が団子状態でやって来るのかな…と想像していたのですが、既に招待選手を中心に10人ほどの先頭集団が形成され、後ろを引き離していました。その先頭集団のさらに先頭を2人のペースメーカーの黒人選手が引っ張っています。10人ほどの先頭集団はケニアをはじめとしたアフリカの黒人選手がほとんどなのですが、その集団の中に地元埼玉県出身の吉田香織選手と、元日本記録保持者の渋井陽子選手という2人の日本人選手が混じっていました。「頑張れ!吉田! 頑張れ!渋井!」…私も大声で声援を送らせていただきました\(*⌒0⌒)b♪

この『さいたま国際マラソン』のコース、ほとんどがさいたま市内を走るのですが、このさいたま市、市内に山と呼べるほどの山はほとんどないのですが、実は微妙に登ったり下ったりする起伏がいっぱいあり、純粋に平坦なところというところはほとんどないような地形なんです。なので、“心臓破りの坂”と呼べるほどの急な坂はないものの、アップダウンを何度も何度も繰り返す好タイムはなかなか期待できそうにない難コースになっているのです。我が家の近所の国道17号線は北浦和駅方向にダラダラとしたかなり長い距離の登り坂になっています。スタート地点からこの地点までの約1㎞でもさほど急ではないものの一旦登って下るという坂があり、この先もJR京浜東北線や宇都宮線・高崎線を越える高架橋を渡ったり…とかなり起伏があるコースになっています。

スタートしてすぐにこのダラダラとした長い距離の登り坂になっているからでしょう、目の前を通り過ぎる集団は予想したよりは少しスローなペースです。先頭集団が目の前を通過して10秒ほど過ぎてから第2集団が、その第2集団からさらに10秒ほど遅れて大きな集団が目の前を通り過ぎていきました。これからしばらく走ると、この大集団も徐々に崩れて、長い列のようになるのでしょうね。

それから30分ほどして「日本代表チャレンジャーの部」から30分遅れてスタートした「一般の部」の大集団がやって来ました。この「一般の部」は男子も混じった大集団で、4車線の国道17号線の幅一杯に拡がってこちらに向かって迫ってきます。「一般の部」は招待選手のような有力選手は出場しておらず、走っているのは素人の市民ランナーばかりなので、スタートしてから約1㎞ほどのこの地点ではまだ先頭集団と呼べるようなものは形成されておらず、1万人近い大集団が一団となって走ってきます。圧巻の光景でした。

市民ランナーと言えども42.195kmの距離のフルマラソンに挑戦しようという方々ですので日頃から練習を積み重ねてきておられるのでしょう。軽快な足取りで走っています。若い人に混じって私と同世代と思われる方が何人も走られていて、妻からは「凄いね。パパもああいう方たちを見倣って、走ってみたら(身体を鍛えてみたら)…」とそそのかされちゃいましたが、「無理無理、勘弁しろ」_(^^;)ゞ 実は中学時代は中学校対抗駅伝の選手に選ばれたりして、長距離走は苦手ではなかったのですがねぇ~(^_^;) 妻というものは、自分のことをさておいて、夫に対しては常に厳しいことを言う存在のようです(((^_^;)

スタート直後は気温も低く、「日本代表チャレンジャーの部」の選手達が通過した時までは小雨が降るちょっと厳しいコンディションだったのですが、「一般の部」の大集団が通過して行ったあたりから雨はあがり、見上げると青空も覗き始めました。天気予報、大当たりですd=(^o^)=b 気温の上昇が気になりますが、コンディション的にはバッチリになってきました。

「一般の部」が通り過ぎた後、一旦朝食を摂りに自宅に戻りました。さすがにリオデジャネイロ五輪日本代表選手の選考を兼ねた『さいたま国際マラソン』はテレビで全国生中継されていて、画面には見覚えのある光景の中を走る先頭集団の様子が映っていました。

ゆっくり朝食を摂った後、今度はゴール地点のさいたまスーパーアリーナに行くことにしました。散歩がてら歩いてさいたまスーパーアリーナに向かったのですが、上空にはヘリコプターが1機、ゆっくりと飛んでいました。実はこのヘリコプター、テレビの中継用で、先頭集団のほぼ真上を飛んでいることが先程まで観ていたテレビで分かっていたので、「ああ、先頭集団はあのあたりを走っているのね」ということが離れていても分かります。徐々にそのヘリコプターがゴールであるさいたまスーパーアリーナに近付いてきます。

ゴール付近はかなりの人出でした。交通規制も敷かれ、ゴールになかなか接近できなかったので、私はゴールの約100m手前の道路脇でラストスパートする選手達を応援することにしました。最初に現れたのが、エチオピアのアツェデ・バイサ選手(優勝タイムは2時間25分44秒でした)。褐色の身体が飛び跳ねるように駆け抜けていきました。それから遅れること4分。2位で地元埼玉県出身の吉田香織選手が日本人選手トップで入ってきました。吉田選手は、元日本記録保持者の渋井陽子選手とともに先頭集団に入って走っていましたが、30km地点の手前で渋井選手が遅れたのに続き、30kmを過ぎて先頭から遅れました。しかし、その後も粘り強く走り続け、39km付近で前を走っていたケニアの選手をかわし、日本選手トップとなる2時間28分43秒のタイムで2位でゴールしました。それから遅れること約2分半。渋井陽子選手も日本人選手2番目となる2時間31分6秒のタイムで4位でゴールしました。その後は続々と選手がゴールに戻ってきました。しばらく間をおいて、「一般の部」の男子選手も続々とゴールに戻ってきました。皆さん、疲れているだろうに、42.195kmを走り切った充実感からか、爽やかな笑顔でゴールに向かう方が多かったですね。

さいたま国際マラソン6

さいたま国際マラソン7
さいたま国際マラソン8

さいたま国際マラソン9


こうして、第1回の『さいたま国際マラソン』は終了しました。先日ご紹介した『ツール・ド・フランス さいたまクリテリウム』もそうですが、このところ埼玉県さいたま市でスポーツの大きな大会が開催されるようになり、住民としては嬉しい限りです。首都圏の中でのさいたま市の位置付けが大きく変わってきているように感じます。かつては『ダサイたま』なぁ~んて言われたりもしましたが、もうその言葉は死語になってきているように感じます。

また、来年の大会が楽しみです。

さいたま国際マラソン5

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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越智正昭

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