2016/04/25

大人の修学旅行2016 in城崎温泉(その6)

定刻の10時41分、福知山駅に到着。ホームの向かい側の番線にやって来る新大阪駅発城崎温泉駅行きの特急「こうのとり3号」を待ち受けます。3号車が自由席なので、その車両に乗りますとココさんにメールを出すと、指定席車両に乗っていたココさんも3号車に移りますとの返事が返ってきました。嬉しいです。

ホームは高架上にあるので、ホームからは福知山市の中心市街地が見渡せます。福知山は丹後の国を平定した明智光秀が築城した福知山城を中核とした城下町です。この福知山は丹波盆地の西の端にあたり、すぐ西に連なる山々に京都府と兵庫県との間の県境があります。その山々の向こう側が兵庫県、その兵庫県北部を昔の国名で言うと但馬の国です。なので、丹波の国の西の守りを固めるために明智光秀はこの福知山の地に福知山城を築城したのだと思います。

そして福知山市と言えば、2年前の2014年(平成26年)8月15日から17日にかけての『平成26年8月豪雨』が思い出されます。この『平成26年8月豪雨』では広島市安佐南区で起きた74名もの死者を出した大規模な土砂災害が有名ですが、この福知山市でも大規模な洪水被害をもたらしました。京都地方気象台の発表によると、福知山市では、アメダス観測で17日4時30分までの1時間に62.0ミリ、解析雨量で17日2時30分までの1時間に約90ミリの猛烈な雨が記録されました。この豪雨により福知山市の市内を流れる由良川の支流が溢れ、市街地の約2,500世帯が浸水し、多数の床上浸水、床下浸水の被害が発生しました。JR福知山線も、石生駅から福知山駅までの間の駅舎と線路の冠水により、8月17日から9月2日まで運休しました。今はその被害の爪痕は駅のホームからは確認できません。

間もなく、特急「はしだて1号」が停車する同じホームの向かい側の番線にココさんの乗る新大阪駅発城崎温泉駅行きの特急「こうのとり3号」が入線してきました。使用車両は「はしだて1号」と同じくJR西日本の在来線用直流特急形車両の287系電車です。自由席車両の3号車にココさんの顔が見えます。ここまで単独行でしたが、ここから餘部駅までの約2時間はココさんとの「同行二人」です。定刻の10時46分、特急「こうのとり3号」は福知山駅を出発しました。福知山の市街を抜けると、車窓には再び典型的な日本の田舎の風景が連なります。

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1年ぶりに会ったココさんですが、高校時代と変わらず知的な雰囲気を漂わせています。その知的な雰囲気の中に親しみやすさがある魅力な女性です。ここ数年はベレー帽がトレードマークになっているようなところがあり、この日もそのベレー帽をかぶっていました。ココさんはかつて中学校の社会科の教師をなさっていましたが(確か)、現在は医師をなさっているご主人の勤務の関係で青森県青森市在住です。温暖な四国出身者にとってはカルチャーショック連続の青森暮らしの話、最近私がはまっている日本の歴史の解明の話、お互い共通の趣味の鉄道の話‥‥、車内での話は尽きることなく、大いに盛り上がりました。これだけ鉄道の話で盛り上がれる女性は、身近では他にいらっしゃいません。この山陰本線の車窓風景を眺めながら、「典型的な日本の田舎の風景だけど、雪がないのが新鮮だったりして」と、おっしゃられました。さすが青森在住!

餘部(あまるべ)駅を目指しているのは私とココさんだけではありません。地元香川県から参加のウスキとキョウコさん、ノリコさんも岡山から鳥取経由で餘部駅に入るルートで移動中です。9時20分にウスキから「今、岡山でスーパーいなばに乗り換えました。これからまず上郡に向かいます。ほぼ満席です」というメールが届きました。「ん?、上郡?、山陽本線の上郡? 」と私が疑問に思ってメールを送ると、「昔は岡山から鳥取に向かう列車は津山線から因美線経由だったけど、25年くらい前の台風か何かで岡山市内の線路が土砂崩れに遭い、しばらく不通で、それを契機に上郡経由の特急ができ、それが今では岡山・鳥取間のメインルートになっている」とウスキから回答がありました。あっ、智頭急行線ね。そうでした。私は子供の頃からの鉄道マニアですが、最近は身近な東日本の状況にばかり関心が向きがちで、西日本の鉄道事情に疎くなってしまっているようです。こりゃあ、こちらにやって来て、アウェイ感を感じるわけです;^_^A

「スーパーいなば」は岡山と鳥取の間を山陽本線と智頭(ちず)急行智頭線、因美(いんび)線経由で結ぶ特急列車です。岡山を出るといったん山陽本線を東(神戸・大阪方面)に向けて走り、兵庫県の上郡駅で北に方向を変えて第三セクターの智頭急行の智頭線に入り、鳥取県の智頭駅に。そこで今度は因美線に入り鳥取駅に至ります。智頭急行智頭線は京阪神地域と鳥取を結ぶ短絡線、山陽地域と鳥取を結ぶ高速路線として、1994年に開業した比較的新しい鉄道路線で、最初から高速規格で建設された路線であることから、上郡駅を経由する一見遠回りに思えるルートですが、実は時間距離は短いルートなんです。実は京都から鳥取に行く場合も、山陰本線を使うルートよりも、東海道本線、山陽本線、智頭急行智頭線、因美線経由の遠回りに思えるルートのほうが速く、この京都駅〜鳥取駅間をこのルートで結ぶ特急「スーパーはくと」が運転されています(ちなみに、山陰本線経由で京都駅〜鳥取駅間を直接結ぶ列車は現在は設定されていません)。

その後、ウスキからは10時ちょうど頃に智頭急行智頭線の沿線風景として、智頭線に並行して流れる千種川の写真が送られてきました。

千種川と言えば…、今から7年前の2009年(平成21年)8月9日、平成21年台風9号の接近による大雨により甚大な被害を出した兵庫県佐用町は、この智頭急行智頭線の沿線にあります。この災害の要因となったのは台風9号の接近に伴ってもたらされた大量の雨でした。8月8日午前9時に日本のすぐ南の海上で発生した熱帯低気圧は北上しながら急激に勢力を拡大し、翌8月9日の15時に台風9号となりました。北上を続けた台風9号は8月10日には四国、紀伊半島の沖を北東に進み、8月11 日には東海地方,関東地方の沖を東に進路を変え、8月13 日には日本の東海上へ抜けて熱帯低気圧となりました。このように台風9号の日本列島への上陸はなかったものの、日本の南海上にあった大量の湿った空気が台風の北上接近に伴って日本列島を縦断する形となり、8月8日から11 日にかけて西日本から東日本、東北地方に渡る日本列島の非常に広い範囲において大雨が発生し、各地で甚大な災害が発生しました。

このうち、特に8月9日から10日にかけて発生した豪雨は、兵庫県内播磨北西部から但馬南部にかけて記録的な大雨をもたらしました。この時、佐用町では24時間雨量326.5ミリという観測史上最大の雨量を記録。町内を流れる千種川の支流である佐用川の水位は8.40mにまで上昇し、勢いを増した濁流が護岸内側をえぐり、佐用町を含む兵庫県北西部では、洪水氾濫、がけ崩れ、橋脚の流失などで死者21名、行方不明者1名を出すという記録的な大惨事になりました。『兵庫県西・北部豪雨』とも呼ばれています。

台風は直接直撃を受けなくても、接近に伴ってもたらされた大量の湿った空気により甚大な大雨の被害をもたらす危険性があることを改めて再認識させていただいた災害でしたので、強く記憶に残っています。2009年といえば、私が前の会社を卒業させていただいて、弊社ハレックスの専任社長となった年です。その後、防災を考える上において、私が最も参考にしたのがこの『兵庫県西・北部豪雨』でした。

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私が福知山駅に到着する直前の10時35分にはウスキから「智頭に到着です。ここから因美線に入ります。沿線にサクラのつぼみが膨らんだ木々が見えています」というメールが届いたので、ウスキ達はそろそろ鳥取駅に到着する頃でしょうか。

私達を乗せた特急「こうのとり3号」は但馬の国(兵庫県)に入り、和田山駅に停車しました。この和田山駅は姫路へ行くJR播但線との接続駅です。この播但線、1995年1月17日に阪神淡路大震災で東海道本線と山陽本線が寸断された際には、神戸〜大阪間の迂回路として重要な役割を果たしました。すなわち、神戸〜(山陽本線)〜姫路〜(播但線)〜和田山〜(山陰本線)〜福知山〜(福知山線)〜新大阪というルートです。播但線は非電化区間があるため、全国から余剰のディーゼルカーが集められ、神戸〜新大阪間で上記の迂回輸送が行われました。物資運搬のための貨物列車も運行されたり、山陽本線が復旧するまでの間、九州方面に向かうブルートレイン(夜行寝台列車)の中にもこの迂回路を利用して運行された列車もありました。

播但線で和田山駅から1駅行った次の駅が竹田駅。この竹田駅の近くには“天空の城”として有名な竹田城があります。竹田城は城下から遥か高く見上げる標高353.7mの虎臥山の山頂に築かれた山城で、しばしば円山川から立ち昇る川霧が低地に停滞し雲海となって霞むことから、“天空の城”や“日本のマチュピチュ”とも呼ばれています。雲海の上に浮かび上がる古城の累々たる石垣群の威容は話題の観光名所にもなっていて、最近では缶コーヒーのテレビCMでも使われたりしています。川霧が低地に停滞して雲海が発生する要因は、このあたりの地形が周囲をびっしりと高い山で囲まれた盆地の地形だからで、その一番底部を流れる円山川から気温と水温の差によって立ち昇る水蒸気が川霧となってその盆地の底に滞留するからです。まさに自然が生みだす神秘の美って感じの光景です。

続いて豊岡駅に停車しました。豊岡駅の隣のホームにはこの豊岡駅と丹後半島の東の付け根にある宮津駅とを結ぶ京都丹後鉄道(北近畿タンゴ鉄道)宮豊線のディーゼルカーがポツンと1両停車していました。(天橋立駅もこの宮豊線の駅で、宮豊線は風光明媚な丹後半島を西側から東側に横切るように走ります。)

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豊岡市は兵庫県北部(但馬地域)に位置する都市で、日本で最後の野生のコウノトリの生息地として知られています。私が乗っている特急の愛称の「こうのとり」はこの豊岡市のコウノトリから付けられています。

その豊岡市といえば、今から12年前の2004年(平成16年)10月20日、台風23号により円山川、出石川の堤防が決壊し大水害が発生したのが記憶に新しいところです。秋雨前線を巻き込んだ大型で強い勢力の台風23号は、10月20日12時に高知県土佐清水市に上陸。その後、高知県室戸市、大阪府南部に再上陸。本州中部地方内陸を横断し、茨城県大洗町付近で太平洋へ抜けて温帯低気圧と変わりました。台風本体による強風と高波、及び台風の北側にあった前線の活動が活発化したことによる大雨などが原因で日本列島の広い範囲で幾多の災害が発生し、全国で98人の死者・行方不明者が出ました。これは平成に入ってからの台風被害では最多であり、当時の社会に大きな傷を残しました。

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豊岡市から少し離れた京都府舞鶴市では由良川が決壊して、たまたまそこを通りかかった観光バスが洪水に巻き込まれて水没するという事故が発生しました。バスの屋根に取り残されて救助を待つ乗客の姿を記憶しているおられる方も多いのではないでしょうか。あの台風です。私はハレックス社の代表取締役社長(その当時は非常勤)に就任した翌年のことで、気象情報会社の社長と言うことで、その後の防災を考えるきっかけになった災害の1つともいえる台風だったので、よく覚えています。

中でも、兵庫県では、豊岡市、氷上町(現丹波市)、西脇市、西宮市、淡路島を中心に県内の広い範囲で大きな被害が出ました。兵庫県内の死者は26人を数えています。特に豊岡市を中心とした但馬地方では、豊岡市を流れる円山川の堤防が決壊し、豊岡市で約8,300棟、日高町(現・豊岡市)で約1,000棟、出石町(現・豊岡市)では出石川が決壊し、500棟の床上床下浸水が発生し、7名の死者が出ました。また、気象庁の豊岡測候所が浸水し気象観測が一時不能になり、鉄道も山陰本線などが線路が水に浸かったり、道床が流されたりして一時不通となりました。

その円山川が、今、山陰本線の線路の横を流れています。豊岡市を中心とした円山川の下流域一帯は豊岡盆地と呼ばれ、但馬の国では最大の平地で、一大穀倉地帯となっています。豊岡盆地の円山川下流部は非常に流れが緩やかで(1万分の1程度の勾配)、河口から17km入った出石川合流付近まで海水が浸入する汽水域となっています。このため、昔からしばしば水害(河川の氾濫)に悩まされているところなんです(その円山川の氾濫により肥沃な土地が形成され、このあたり一帯が一大穀倉地帯になったという側面もあります)。

ちなみに、日本酒の醸造工程を行う職人集団のことを“杜氏”と呼び、全国各地に様々な地域流派の杜氏集団があるのですが、規模的に日本三大杜氏に数えられているのが岩手県の南部杜氏と新潟県の越後杜氏、そしてここ兵庫県(香美町周辺)の但馬杜氏です。その但馬杜氏に加えて日本最大の酒どころの1つである神戸市灘の酒蔵を支えている丹波杜氏(篠山市周辺)、さらには南丹杜氏(養父市周辺)、城崎杜氏(豊岡市周辺)‥‥と兵庫県北部の丹波・但馬地方には高度な技術を持った日本酒製造の職人集団が幾つも揃っているのです。その歴史的背景にあるのは、この肥沃な土地をベースとした一大穀倉地帯があるのではないか‥‥と私は思っています。

このような円山川ですが、この日は水量も少なく、穏やかな表情を湛えていました。2004年の台風23号であれだけの被害を出した川とはとても思えません。写真では川面が波立っているように見えますが、これは風によるもので、必ずしも流れているわけではありません。


……(その7)に続きます。

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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