2014/07/25
鉄は魔法使い
2年前の愛媛県の農業法人ジェイ・ウイングファームの牧社長とのたまたま偶然の出会い(私と牧さんとの間では自然の神様が仕掛けた“運命の出会い”と呼んでいます)により農業気象に強い興味を持って以来、私は農業関連の本を幾つも読んでいるのですが、今回紹介する本はちょっと“変化球”で、漁業関係者の本です。
『鉄は魔法つかい ~命と地球をはぐくむ「鉄」物語』 (畠山重篤著、小学館)
有名な方なので御存知の方もいらっしゃるかと思いますが、著者の畠山重篤さんは宮城県の気仙沼湾で牡蠣の養殖をしている漁師さんです。
1943年生まれの今年71歳。地元の気仙沼水産高校を卒業後、家業の牡蠣養殖を継ぎ、宮城県で初めてホタテ貝の養殖に成功するなど、順調に漁師としての実績を積んでいかれたのですが、1970年頃から環境の悪化が原因で赤潮プランクトンが大量発生。それに加えて気仙沼港に流れ込んでいる大川河口上流でのダム建設計画が持ち上がり…と、危機が訪れます。
豊かな気仙沼湾の汽水域の恵みは森があってこそ生まれるということを気仙沼の漁師は経験から知っていたことから、1989年、畠山さんは気仙沼湾を救うために「牡蠣の森を慕う会」を立ち上げ、“森は海の恋人”をキャッチフレーズにしながら、上流の室根山にブナやナラといった落葉広葉樹の植林運動を始められました。
このことに関しては、NHKの『プロフェッショナル~仕事の流儀~』の、「それでも、海を信じている~カキ養殖・畠山重篤~」で取り上げられ、私もたまたまこの番組を偶然観て、感動した一人です。
で、先日、amazonでその畠山重篤さんの書かれた本を見つけたので、さっそく購入して読みました。
この『鉄は魔法つかい』はほとんどの漢字にルビがついていて、文字フォントが大きい子供向けの本です。ですから、老眼が進んで小さな活字が読みにくくなった私でも、すぐに読めます(^.^)
畠山さんの著書には『鉄で海がよみがえる』(文春文庫)、『森は海の恋人』(文春文庫)もあり、『森は海の恋人』も読みましたが、分かりやすさという点では圧倒的に子供向けのこの『鉄は魔法つかい』が一番のお薦めです。子供に理解させるために書かれた本ですから、当然、大人が読んだら、その内容がよぉ~く理解できます。
赤潮プランクトンの大量発生やダム建設計画と言う大ピンチをなんとか乗り越えることができた畠山重篤さんですが、あの2011年3月11日、気仙沼湾を大津波が襲います。畠山さんご自身は高台にある自宅にいたため一命を取り留めますが、牡蠣の養殖イカダはもちろんのこと、作業場もすべて流され、事業は壊滅的な被害を受けます。加えてお母様も津波の犠牲になり、帰らぬ人になります。それでも、すぐに笑顔を取戻し、前を向いて養殖再開に取り組む姿がNHKの『プロフェッショナル~仕事の流儀~』では中心になって取り上げられました。
この『鉄は魔法つかい』の帯にも『再生への願いを「鉄」に託して』という文字がデッカク書かれています。また、
「2011年3月11日、三陸を襲った大津波で、海の生きものはすべて姿を消した。でも、1ヶ月が経った時、小魚が現れ、日ごとにその数が増え始めた。森・川・海の繋がりがしっかりしていて、鉄が供給さえされれば、美しいふるさとは甦る。そう思った時、勇気がわいてきました。 著者 畠山重篤」
という一文も。
海を救うための活動が、なぜ植林活動なのか…。この本には“鉄”が持つ恐るべき力について分かりやすく書かれています。地球は水の星と言われているが、水は地球の極々表面だけのもので、質量比にすると、僅かに0.03%に過ぎない。地球の質量の30%以上は鉄で出来ていて、実は地球は鉄の星なんだと。(もちろん、“鉄”と言っても鉄ちゃん鉄子さんの“鉄”ではありません。)
牡蠣養殖など汽水域で生計を立てる漁師には昔からの経験で「川の頂点を押さえることが流域全体の改善に繋がる」という考えがあったことは確かなようですが、畠山さんが山の植林活動を始めた時点で、その活動にはなんら科学的根拠はありませんでした。
それでも畠山さんをこの活動に駆り立てたのは、中学生の時に聞いた世界的な牡蠣博士である東北大学農学部の今井丈夫教授の次の言葉だったのだそうです。
「プランクトンがうまく増えない時には、森にいって腐葉土を取ってきなさい。森には魔法使いがいる」
森とプランクトンを繋ぐ、その魔法使いこそが鉄。鉄は魔法のように大事な役割を果たしているという意味です。例えば、植物が光合成して成長するにはチッ素やリンなどの養分が必要となります。海中にいる植物プランクトンや海藻なども同様にこれらの養分が必要なのですが、海の中ではチッ素は硝酸塩、リンはリン酸塩として水に溶解しており、そのままでは植物は養分を吸収することができません。ここで鉄の出番となります。鉄が植物体内で硝酸塩、リン酸塩をそれぞれチッ素、リンへと還元することで、植物は養分を吸収できるようになるのです。
それにしても、この畠山重篤さんの行動力は凄いです。この本では北海道大学水産学部の松永勝彦教授をはじめ、様々な分野の科学者が登場します。
中でもジョン・マーチン博士の偉業には感嘆してしまいます。海洋科学者の中で長年謎とされていたことの1つに、HNLC海域という栄養が豊富でありながら植物プランクトンがほとんど存在しない海域が存在する現象があります。昔から鉄がその謎を解く鍵を握ると考えられてはいたのですが、それを実験で初めて確かめたのがジョン・マーチン博士です。ナノレベルの微量金属測定技術の開発がそれを可能にしました。
この実験結果を受けてマーチン博士が行ったのが「アイアンEX」と名づけられた実験。今度はHNLC海域に鉄を直接、トラック一台分撒いたのです。鉄の撒き方に試行錯誤はあったものの、結果的に海水中の植物プランクトンの量は30倍にまで増えて、この「鉄理論」は強固なものとなりました。この実験の最中にマーチン博士は癌でお亡くなりになります。
畠山重篤さんの興味は海にとどまるものではなく、鉄に関係があると思えば、日本全国どこへでもすぐに専門家に直接聞きに行ってしまうのが凄いところです。また、珍しい鉄鉱山に入山できると聞けば嬉々としてオーストラリアまで飛んでいく。年齢からは考えられないフットワークの軽さに驚かされます。
ある大学から“森は海の恋人”関連の講演を依頼された時には、突然その大学の医学部に押し掛け、血液の専門家を紹介してもらい、体内での鉄の役割についてしっかりと知識を深める貪欲さを持ち合わせています。どんな機会でも、また誰からでも新たな知識を仕入れてやろうという畠山さんの姿勢には本当に頭が下がります。
畠山重篤さんのこのフットワークの軽さを見ていると、好奇心はこれほどまでに人を駆り立てるのかと感動すら覚えます。この本を読んでいると本当にワクワクしてきます。立派な学位は持っていなくとも、事実を見つめ、仮説を立て、好奇心を燃料に縦横無尽に動き回る畠山重篤さんのような人間こそ本当の科学者だ…と、私は思います。
絶対にお薦めの一冊です(^^)d
【追記】
我々民間気象情報会社の人間も、畠山重篤さんの漁業と同じく自然を相手にすることを生業(なりわい)とさせていただいているわけですから、この畠山重篤さんのように好奇心を燃料に、フットワーク軽く、自然を、気象を、地象を、海象を突き詰めていって貰いたいものだ…と私は願っています。自然の中で、人類によって科学的に解明できている部分は極々ほんの僅かなものに過ぎないわけですから。
勉強する材料って世の中にいっぱいあります。
『鉄は魔法つかい ~命と地球をはぐくむ「鉄」物語』 (畠山重篤著、小学館)
有名な方なので御存知の方もいらっしゃるかと思いますが、著者の畠山重篤さんは宮城県の気仙沼湾で牡蠣の養殖をしている漁師さんです。
1943年生まれの今年71歳。地元の気仙沼水産高校を卒業後、家業の牡蠣養殖を継ぎ、宮城県で初めてホタテ貝の養殖に成功するなど、順調に漁師としての実績を積んでいかれたのですが、1970年頃から環境の悪化が原因で赤潮プランクトンが大量発生。それに加えて気仙沼港に流れ込んでいる大川河口上流でのダム建設計画が持ち上がり…と、危機が訪れます。
豊かな気仙沼湾の汽水域の恵みは森があってこそ生まれるということを気仙沼の漁師は経験から知っていたことから、1989年、畠山さんは気仙沼湾を救うために「牡蠣の森を慕う会」を立ち上げ、“森は海の恋人”をキャッチフレーズにしながら、上流の室根山にブナやナラといった落葉広葉樹の植林運動を始められました。
このことに関しては、NHKの『プロフェッショナル~仕事の流儀~』の、「それでも、海を信じている~カキ養殖・畠山重篤~」で取り上げられ、私もたまたまこの番組を偶然観て、感動した一人です。
で、先日、amazonでその畠山重篤さんの書かれた本を見つけたので、さっそく購入して読みました。
この『鉄は魔法つかい』はほとんどの漢字にルビがついていて、文字フォントが大きい子供向けの本です。ですから、老眼が進んで小さな活字が読みにくくなった私でも、すぐに読めます(^.^)
畠山さんの著書には『鉄で海がよみがえる』(文春文庫)、『森は海の恋人』(文春文庫)もあり、『森は海の恋人』も読みましたが、分かりやすさという点では圧倒的に子供向けのこの『鉄は魔法つかい』が一番のお薦めです。子供に理解させるために書かれた本ですから、当然、大人が読んだら、その内容がよぉ~く理解できます。
赤潮プランクトンの大量発生やダム建設計画と言う大ピンチをなんとか乗り越えることができた畠山重篤さんですが、あの2011年3月11日、気仙沼湾を大津波が襲います。畠山さんご自身は高台にある自宅にいたため一命を取り留めますが、牡蠣の養殖イカダはもちろんのこと、作業場もすべて流され、事業は壊滅的な被害を受けます。加えてお母様も津波の犠牲になり、帰らぬ人になります。それでも、すぐに笑顔を取戻し、前を向いて養殖再開に取り組む姿がNHKの『プロフェッショナル~仕事の流儀~』では中心になって取り上げられました。
この『鉄は魔法つかい』の帯にも『再生への願いを「鉄」に託して』という文字がデッカク書かれています。また、
「2011年3月11日、三陸を襲った大津波で、海の生きものはすべて姿を消した。でも、1ヶ月が経った時、小魚が現れ、日ごとにその数が増え始めた。森・川・海の繋がりがしっかりしていて、鉄が供給さえされれば、美しいふるさとは甦る。そう思った時、勇気がわいてきました。 著者 畠山重篤」
という一文も。
海を救うための活動が、なぜ植林活動なのか…。この本には“鉄”が持つ恐るべき力について分かりやすく書かれています。地球は水の星と言われているが、水は地球の極々表面だけのもので、質量比にすると、僅かに0.03%に過ぎない。地球の質量の30%以上は鉄で出来ていて、実は地球は鉄の星なんだと。(もちろん、“鉄”と言っても鉄ちゃん鉄子さんの“鉄”ではありません。)
牡蠣養殖など汽水域で生計を立てる漁師には昔からの経験で「川の頂点を押さえることが流域全体の改善に繋がる」という考えがあったことは確かなようですが、畠山さんが山の植林活動を始めた時点で、その活動にはなんら科学的根拠はありませんでした。
それでも畠山さんをこの活動に駆り立てたのは、中学生の時に聞いた世界的な牡蠣博士である東北大学農学部の今井丈夫教授の次の言葉だったのだそうです。
「プランクトンがうまく増えない時には、森にいって腐葉土を取ってきなさい。森には魔法使いがいる」
森とプランクトンを繋ぐ、その魔法使いこそが鉄。鉄は魔法のように大事な役割を果たしているという意味です。例えば、植物が光合成して成長するにはチッ素やリンなどの養分が必要となります。海中にいる植物プランクトンや海藻なども同様にこれらの養分が必要なのですが、海の中ではチッ素は硝酸塩、リンはリン酸塩として水に溶解しており、そのままでは植物は養分を吸収することができません。ここで鉄の出番となります。鉄が植物体内で硝酸塩、リン酸塩をそれぞれチッ素、リンへと還元することで、植物は養分を吸収できるようになるのです。
それにしても、この畠山重篤さんの行動力は凄いです。この本では北海道大学水産学部の松永勝彦教授をはじめ、様々な分野の科学者が登場します。
中でもジョン・マーチン博士の偉業には感嘆してしまいます。海洋科学者の中で長年謎とされていたことの1つに、HNLC海域という栄養が豊富でありながら植物プランクトンがほとんど存在しない海域が存在する現象があります。昔から鉄がその謎を解く鍵を握ると考えられてはいたのですが、それを実験で初めて確かめたのがジョン・マーチン博士です。ナノレベルの微量金属測定技術の開発がそれを可能にしました。
この実験結果を受けてマーチン博士が行ったのが「アイアンEX」と名づけられた実験。今度はHNLC海域に鉄を直接、トラック一台分撒いたのです。鉄の撒き方に試行錯誤はあったものの、結果的に海水中の植物プランクトンの量は30倍にまで増えて、この「鉄理論」は強固なものとなりました。この実験の最中にマーチン博士は癌でお亡くなりになります。
畠山重篤さんの興味は海にとどまるものではなく、鉄に関係があると思えば、日本全国どこへでもすぐに専門家に直接聞きに行ってしまうのが凄いところです。また、珍しい鉄鉱山に入山できると聞けば嬉々としてオーストラリアまで飛んでいく。年齢からは考えられないフットワークの軽さに驚かされます。
ある大学から“森は海の恋人”関連の講演を依頼された時には、突然その大学の医学部に押し掛け、血液の専門家を紹介してもらい、体内での鉄の役割についてしっかりと知識を深める貪欲さを持ち合わせています。どんな機会でも、また誰からでも新たな知識を仕入れてやろうという畠山さんの姿勢には本当に頭が下がります。
畠山重篤さんのこのフットワークの軽さを見ていると、好奇心はこれほどまでに人を駆り立てるのかと感動すら覚えます。この本を読んでいると本当にワクワクしてきます。立派な学位は持っていなくとも、事実を見つめ、仮説を立て、好奇心を燃料に縦横無尽に動き回る畠山重篤さんのような人間こそ本当の科学者だ…と、私は思います。
絶対にお薦めの一冊です(^^)d
【追記】
我々民間気象情報会社の人間も、畠山重篤さんの漁業と同じく自然を相手にすることを生業(なりわい)とさせていただいているわけですから、この畠山重篤さんのように好奇心を燃料に、フットワーク軽く、自然を、気象を、地象を、海象を突き詰めていって貰いたいものだ…と私は願っています。自然の中で、人類によって科学的に解明できている部分は極々ほんの僅かなものに過ぎないわけですから。
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執筆者
株式会社ハレックス
前代表取締役社長
越智正昭
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