2015/02/06

六本木歌舞伎『地球投五郎宇宙荒事』

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4日(水)、妻と娘と一緒に東京六本木の『EX THEATER ROPPONGI』にて上演中の六本木歌舞伎『地球投五郎宇宙荒事(ちきゅうなげごろう うちゅうのあらごと)』を観賞に行ってきました。

この六本木歌舞伎『地球投五郎宇宙荒事』、主演は今をときめく若手歌舞伎俳優の11代目市川海老蔵さんと2代目中村獅童さん。脚本を務めるのはなんとNHKの朝ドラ「あまちゃん」の脚本も書いたことで一躍有名となった劇団大人計画所属の脚本家で俳優の宮藤官九郎さん(クドカン)、演出を務めるのは「クローズZERO」や「十三人の刺客」といった作品で知られる映画監督の三池崇史さん。

この超異色の組み合わせとも言える凄いメンバーが組んで新作の歌舞伎を演じるのは、国際都市東京の中でも特に国際色の強い港区六本木。「EX THEATER ROPPONGI」というアルファベットだらけの名称の劇場です。ここで日本の伝統芸能である歌舞伎を上演しようというわけですから、かなり挑戦的なことです。

今回の歌舞伎観賞は娘の発案で、私と妻の結婚30周年の子供達からのお祝いらしいです(娘はちゃっかり自分もくっついて来ていますが…)。

実は私は歌舞伎を観賞するのは初めてのことです。日本の伝統芸能でも落語や講談は好きで、1人でもよく寄席に聴きに行ったりもするのですが、歌舞伎のほうはちょっと敷居が高くって、今回が初めてのことでした。その初めての歌舞伎観賞がこの新作歌舞伎の「六本木歌舞伎」というわけです(ちなみに、妻も娘も初めての歌舞伎観賞です)。

それはなにも私達家族に限ったことではないようで、この日の六本木「EX THEATER ROPPONGI」には古くからの歌舞伎ファンに混じって、いやそれ以上に若い人達の姿が多く見掛けられました。さすがに当代人気の“海老蔵、獅童、クドカン、三池”です。

実際、今回の「六本木歌舞伎」に関して、今作が歌舞伎の演出初挑戦となる三池崇史監督は、

「歌舞伎って本当に面白いんです。ただ歌舞伎を定期的に観に行こうという習慣が周りを見ても中々ない。なので歌舞伎をもっと多くの人に見ていただきたいし、今作を見に来た方を失望させないようにしたい。そのために第一に、歌舞伎役者って凄い…って事をテーマに演出してみたいと思います。期待していただいて結構です…と言って自分にプレッシャーをかける事にします(笑)」

とコメントしたと新聞に記事が載っていました。まさにその狙いはバッチリ!って感じですね。私達家族もそうですが、これだけ多くの歌舞伎初心者と思われる若い人達を“動員”しているわけですから。

また、今回の「六本木歌舞伎」は、ちょうど1年前に海老蔵さんと獅童さんが新橋演舞場の歌舞伎で一緒になり、その楽屋(控え室)で、2人で「こんな事をしたい、あんな事をしたい…」と話しているうちに意気投合して、3時間後にはやる事が決まったのだとか。そこから獅童さんが官九郎さんに電話をして脚本のオファーを出し、海老蔵さんが三池さんに電話をして演出のオファーを出し、僅か3日後には上演が決まったという奇跡的な舞台なんだそうです。これも新聞の海老蔵さんのインタビュー記事に載っていました。

芝居の内容については、亡くなった18代目中村勘三郎さんが、生前、海老蔵さんと獅童さんに言っていた言葉が発端なんだとか。生前勘三郎さんは海老蔵さんに「成田屋(成田屋は江戸歌舞伎の代表的な家系、市川團十郎家の屋号)の家の芸は“荒事”なんだから、宮藤さんのような若い人と組んで、最後は地球を投げるくらいの事をして欲しい」というようなことを言っていて、その言葉がベースになったのだそうです。脚本を務めた宮藤官九郎さんも海老蔵さんが言われた事と同じ構想を生前の勘三郎さんから聞かされていたそうで、獅童さんからオファーを受けた時、すぐに「ぜひやらせていただきたい」と即答したのだそうです。

調べてみると、宮藤官九郎さんは既に歌舞伎の脚本を2本書いて上演したことがあるのだとか。1作目は2009年12月に改修前の東京・歌舞伎座で行われた歌舞伎座さよなら公演「十二月大歌舞伎」で上演された『大江戸りびんぐでっど』。18代目中村勘三郎さんからの依頼で、宮藤官九郎さんが初めて歌舞伎作品の脚本と演出に挑むということで、当時話題騒然となりました(私でも覚えています)。江戸時代に現れた”ぞんび”が、人間の代わりに派遣社員として働くという奇抜なアイデアによる新作歌舞伎で、歌舞伎初心者でも楽しめる現代の歌舞伎作品が誕生しました。2作目は2012年7月に東京の渋谷にあるシアターコクーンで行われたコクーン歌舞伎『天日坊』。埋もれていた古典歌舞伎の演目にクドカンらしい新たな脚色を加えて、145年ぶりに上演されました。で、今回の作品が3作目。今作品では伝統という事を意識し過ぎて萎縮しないようにしたい…と意気込みを語ったということが、同じく新聞に載っていました。

(ちなみに、中村獅童さんと宮藤官九郎さんと言えば、2002年公開の映画『ピンポン』ですね。ほんの脇役としての出演でしたが、中村獅童さんが歌舞伎の世界を飛び出して、我々一般庶民の前にその圧倒的な存在感を示した作品でした。漫画を原作にした作品でしたが、その脚本を書いたのが宮藤官九郎さんでした。)

今回の「六本木歌舞伎」は2月3日(火)が初日で、私達が観た4日(水)は2日目。

芝居のあらすじはというと…、いきなり現代劇で、今回の『六本木歌舞伎』の発端になった市川海老蔵さんと中村獅童さんの楽屋での2人で「こんな事をしたい、あんな事をしたい…」と話しているやり取り(これがオーバーな芝居なので、いきなり笑えます)から始まって、実に自然の成り行きで時は元禄時代に移ります(さすがはクドカンの脚本、三池監督の演出です)。

浅草・浅草寺の空中に円筒形をした謎の宇宙船が現れ、中から降り立ったのは中村獅童さん扮する悪の親玉・駄足米太夫(だあしべいだゆう)、衛利庵(えいりあん)です(@_@)。この宇宙生命体の襲来で大混乱し、幕府が機能しなくなってしまった江戸。そこへ駆けつけたのは市川海老蔵さん扮する正義の味方、五郎こと歌舞伎俳優の市川團九郎。その2人の対決を描くという、まぁ~“単純明快”かつ“荒唐無稽”な作品でした。これなら歌舞伎の初心者でも内容が判りすぎるくらいに判ります。そのオーバーすぎるくらいの演技に何度も笑わせていただきました。途中、数日前に再婚を発表した中村獅童さんを市川海老蔵さんがからかうセリフや、市川海老蔵さんのブログの更新頻度が半端じゃあないことを呆れるセリフが入ったりと次から次へとアドリブが満載で、とにかく面白かったです。

決めポーズ(歌舞伎では“見得をきる”と言います)のたびに客席からは「よっ!成田屋ぁ~!(市川海老蔵さんの屋号)」、「萬屋ぁ~!(よろず屋:中村獅童さんの屋号)」とご贔屓筋からの掛け声がかかるのですが、それ以上に沸き起こる笑い声。まぁ~、一言で言うと、映画『スターウォーズ』のパロディです。悪の親玉・駄足米太夫だけでなく、謎の老人・与駄(よーだ)が登場したり、駄足米太夫の登場シーンでは『スターウォーズ』のダースベイダーの登場シーンで流れる曲が三味線で演奏されたり…と、とにかく分かりやすい(笑)。歌舞伎の“吉本新喜劇”ってところでしょうか(笑)

元禄時代の江戸・浅草に謎の宇宙人が襲来するなんて、“荒唐無稽”すぎて、古くからの歌舞伎ファンからは顰蹙をかっちゃうんじゃあないの…って心配しちゃいそうですが、それって歌舞伎素人の勝手な思い込みで、もともと歌舞伎には荒唐無稽な設定が多いので問題ないのだとか。

調べてみると、「歌舞伎」の語源は、“傾く(かぶく)”を名詞化した“かぶき”なんだそうです。で、その“かぶく”の“かぶ”とは“頭”の古称であるといわれ、本来の意味は“頭を傾ける”というものであったのですが、“頭を傾ける”ような行動という意味から「常識外れ」や「異様な風体」を表すようになったのだとか。さらにそこから転じて、風体や行動が華美であることや、色めいた振る舞いなどを指すようになり、そのような身なり振る舞いをする者を“かぶき者”といい、時代の美意識を示す俗語として天正年間(1573年~1592年)頃に流行したのだそうです。この「かぶき」という語が、現代のような「歌舞伎」となったのは、17世紀初頭、出雲大社の巫女『出雲の阿国(いずものおくに)』と呼ばれる女性(巫女)の踊りが、あまりに斬新で派手な風俗を取り込んでいたため、「かぶき踊り」と称されたことによるのだとか。

特に、今回の「六本木歌舞伎」で演じられたのは“荒事(あらごと)”。これは元禄時代の江戸で初代の市川團十郎によって創始された荒々しくて豪快な歌舞伎の演技様式のことです。荒事の主人公は、凄まじい悪に対立し、それを屈服させる超人的な威力をもったスーパーヒーロー。これは上述の18代目中村勘三郎さんの言葉にあるように初代から続く成田屋(市川團十郎家)に伝わる芸風というもののようです。

このように、歌舞伎はもともと“荒唐無稽”なもののようで、今回の六本木歌舞伎『地球投五郎宇宙荒事』は、その意味では歌舞伎の伝統に則った“王道”を行くものと言うこともできます。その“荒唐無稽”な世界を伝統によって培われてきた役者さんの卓越した芸で実現する…、それが「歌舞伎」ということかもしれません。

歌舞伎は思いっきり“かぶいて”いないといけない…これは亡くなった18代目中村勘三郎さんの言葉だったかな?

その勘三郎さんの遺志を中村獅童さんも市川海老蔵さんもしっかり受け継いでいるのでしょう。海老蔵さんは、今回の「六本木歌舞伎」に臨む意気込みとして「歌舞伎はやはり“かぶいて”いないといけないし、その精神を忘れてはいけない」とインタビューに応えた…と新聞に載っていました。「もっと皆さんに“あいつ何をやるんだ?”って注目を集めないといけない。そういう意味で、私も獅童さんもまだまだ甘っちょろい。自分に喝を入れるつもりでやります!」…とも。

歌舞伎を観るのは初めてのことでしたが、今回、娘からのプレゼントで「六本木歌舞伎」という新作歌舞伎を観たことで、歌舞伎の世界に大いに興味を持ってしまいました。これは凄い世界です。かつてどなたかに「歌舞伎を楽しまずに日本で生きているのはもったいない」と言われたことがありましたが、まさにその通りですね。

最終的には“古典”の歌舞伎を観てみたいのですが、まずは2009年12月に改修前の東京・歌舞伎座で行われた歌舞伎座さよなら公演「十二月大歌舞伎」で上演された新作歌舞伎『大江戸りびんぐでっど』。この作品は歌舞伎初心者でも十分楽しめる作品のようで「シネマ歌舞伎」と称してDVDも発売されているようなので、私もレンタルショップで借りてきて観てみようと思っています。

前述のように、この作品は宮藤官九郎さんが初めて歌舞伎作品の脚本と演出に挑んだ作品です。この作品もクドカンの脚本ということで“荒唐無稽”。江戸時代に現れた”ぞんび”が、人間の代わりに派遣社員として働くという奇抜なアイデアに始まり、流行りの一発芸から下ネタ、ヒップホップにゾンビテイストを加えたダンスなどのエンタテインメント性のみならず、当時社会問題となっていた派遣切りも題材にしているなど、現代の歌舞伎に仕上がっているそうですから。これを伝統ある歌舞伎座の「さよなら公演」でやったと言うのですから、歌舞伎、おそるべし!…です。

最後に、市川海老蔵さんはこうも言っています。「伝統と言うのは“改革”と“革新”の連続。昔からの伝統は伝統で守るべきですが、そもそも“改革”と“革新”の連続が“歌舞伎の伝統”であると思っています」…と。これって、“イノベーション”と呼ばれていることの本質ではないか…と私は思います。名言です(^^)d

この歌舞伎『地球投五郎宇宙荒事』、六本木「EX THEATER ROPPONGI」での公演は2月3日から2月18日までで、今年8月には名古屋(中日劇場で8月2日~10日)と大阪(オリックス劇場で8月15日~23日)でも公演が行われるようです。


【追記1】
歌舞伎って伝統的な日本の古典芸能ってイメージが強いのですが、実は市川海老蔵さんがおっしゃっているように、常に“改革”と“革新”が連続して行われてきた世界のようです。

有名なところでは『スーパー歌舞伎』。これは3代目市川猿之助さん(俳優・香川照之さんの父。現2代目市川猿翁さん)が1986年に始めたもので、古典芸能化した歌舞伎とは異なる演出による現代風歌舞伎のことです。“宙乗り”をはじめとしたエンターテイメント性に富んだ演出を行うため、伝統的な歌舞伎座ではなく、新橋演舞場などの会場で上演されることが多いという特徴があります。第1作は哲学者・梅原猛さんの脚本による「ヤマトタケル」。題材も日本のものだけにとどまらず、三国志のような中国の古典も取り上げています。2014年より『スーパー歌舞伎Ⅱ』と称して名跡を継いだ4代目市川猿之助さんを中心として新たな作品の上演を続けています。

また、女優・松たか子さんのお父様である9代目松本幸四郎さんも歌舞伎界の革命児のお一人と言えるかもしれません。歌舞伎では伝統ある高麗屋の芸を継承し、名役者であるのはもちろんのこと、その一方で、現代劇やミュージカルでの活躍が目覚しく、海外でもニューヨーク・ブロードウェイで『ラ・マンチャの男』の主役を、またロンドン・ウエストエンドでは『王様と私』の主役をそれぞれ英語でこなされているほか、舞台演出家のとしても有名で、実に多彩な方です。

さらに歌舞伎界の革命児として忘れてはならないのは、本文中にも何度も登場してきた18代目中村勘三郎さん。2009年12月の東京歌舞伎座さよなら公演で宮藤官九郎さん脚本の『大江戸りびんぐでっど』を仕掛けたのも18代目中村勘三郎さんでしたし、それ以前の1994年5月には、東京の渋谷にあるシアターコクーンにて『コクーン歌舞伎』を始められたのも18代目中村勘三郎さんでした。この『コクーン歌舞伎』では、古典歌舞伎の演目を現代風の新たな演出で再構成して上演することに力を入れています。

このように、最近の歌舞伎の前衛的な取り組みには、必ず18代目中村勘三郎さんが関係してきました。さらに18代目中村勘三郎さんと言えば、「平成中村座」があります。「平成中村座」は、18代目中村勘三郎さんが中心となって浅草・隅田公園内に江戸時代の芝居小屋を模した仮設劇場を設営して、そこを「平成中村座」と名付け、2000年11月に歌舞伎『隅田川続俤 法界坊』を上演したのが始まりです。座主の勘三郎さんが2012年12月に亡くなったため、2013年は公演を行わなかったのですが、勘三郎さんの遺志を継いだ長男の6代目中村勘九郎さんが座主を引き継ぎ、2014年に実弟の2代目中村七之助さん、2代目中村獅童さんとともにアメリカ合衆国・ニューヨークで「平成中村座」復活公演を行いました。また、先日、その6代目勘九郎さんと2代目七之助さんが記者会見し、今年(2015年)4月~5月に、東京・浅草寺の境内で「平成中村座」公演を行うことを発表しました。

このように、この18代目中村勘三郎さん、歌舞伎の世界に革命を起こす“イノベーター”でした。18代目中村勘三郎さんは1955年(昭和30年)5月30日のお生まれですから、私と同学年ということになります。子役時代から現代劇やテレビドラマ、映画等にも積極的に出演し、46年間名乗った前名、「5代目中村勘九郎」としてお茶の間にも広く知られていました。私も同学年ということで、ちょっと意識していたようなところがありました。

2012年12月に食道癌によりお亡くなりになったのですが、今後の歌舞伎界の牽引役の一人と目されてただけに、亨年57歳という早すぎる死は梨園(歌舞伎界)にとどまらず、多方面から大変惜しまれた名優でした。

著書も幾つか残されているようなので、イノベーターを目指そうとされる方は、是非、そういう著書からこの18代目中村勘三郎さんの考え方や生き方を勉強されることを強くお薦めします。その前に、18代目中村勘三郎さんが目指そうとしていた歌舞伎の世界に触れるところからスタートかな?


【追記2】
3代目市川猿之助さん、9代目松本幸四郎さん、18代目中村勘三郎さん、この方々に共通していることは、子供の頃から長年培ってきたしっかりとした古典歌舞伎の基礎をお持ちで、その上で“改革”や“革新”に取り組まれているということ。イノベーションを起こすには、ここのところが重要なポイントだと私は思います。だからこそ上手くいくのです(それでも相当のご苦労をなさっていると思うのですが…)。

それに加えて、このお三人は“変えていいこと”と“変えてはいけないこと”の見極めがしっかりと出来ているということなのでしょう。これもイノベーションを起こすにあたっては極めて重要なポイントであると私は思っています。

イノベーションを語っている方の中には、このあたりのことを考えずに“イノベーション”を語っておられる方があまりにも多くて、私はいつも違和感を覚えています。怪しげなシンクタンク系の方がよくやられる手法ですが、国としての歴史の浅いアメリカ合衆国での事例を持ってきて、「アメリカでは」などといくら“ではのかみ”を語ってみたとしても、同じ論理は2000年以上の歴史を誇る日本社会の中ではなかなか通用しません。日本はあくまでも日本流のやり方っていうものがあると私は思っています。繰り返しになりますが、イノベーションを語るには歌舞伎や落語といった日本の伝統的な古典芸能にまず関心を持つことだ…と私は思っています。

3代目市川猿之助さんの名言
「政治・経済は人が作る  文化・芸能は人を作る!」…です。

執筆者

株式会社ハレックス前代表取締役社長 越智正昭

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前代表取締役社長

越智正昭

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