2016/08/08

同業他社の経営破綻に思うこと

先日、同業のウェザー・サービス株式会社が経営破綻し、破産申請を行いました。
「あなたの街の熱中症予防」などのアプリを提供のウェザー・サービス(株)が破産申請へ
(東京商工リサーチ 7月27日(水)21時13分配信) Yahoo!ニュース

NTTドコモと資本提携し、NTTドコモと連携したサービスも提供していたウェザー・サービス社(WS社)の経営破綻ですので、同じNTTグループに属する気象情報会社として、少なからずショックを受けております。WS社と弊社とは目指す方向性が微妙に異なるため、これまでビジネスで関わることはほとんどなかったのですが、同じNTTグループに属する気象情報会社として何度か横田匡彦社長とは意見交換をさせていただいたことがあります。

ネットの報道を読む限り、WS社の経営破綻の原因は、以前横田社長が私に熱く語っておられていた「付加価値性の高い気象情報サービスの提供」の部分ではなく、官公庁向け開発案件という「従来型ビジネス」の受注を無理に重ねてきたことによるものであると推察されます。仕様書が提示されてほとんど価格競争だけで案件の受注を目指す従来型ビジネスは、価格を下げることで簡単に目先の案件を受注することができるので、一見魅力的に思えるものの、価格競争下での案件受注のため利幅が小さく(場合によっては赤字受注だったりします)、そればかりに依存していくと、ボクシングにおけるボディーブローのようにダメージが蓄積され、徐々に企業体力を低下させていくことに繋がりかねません。企業体力が弱かったWS社の場合、それがついにレッドゾーンに入って、ついにはダウンしてしまったのではないかと思われます。

こうなると、お客様にも社員にも、さらには出資していただいている株主様にも不幸を招くことになります。経営者の責任と言ってしまえばそれまでですが、こういう事態に陥る前に、誰も経営者の暴走を止めることができなかったのか…と思ってしまいます。これにより、WS社が独自に進めていた花粉症の予測など付加価値のある先進的な取り組みも開発を断念せざるを得なくなったわけですから、社会的にもなんとも勿体ないことであると思ってしまいます。

“営利企業”という言葉が示すように、民間企業はちゃんと利益をあげ、その利益をベースに将来に向けて投資することで成長していくことが求められます。これは民間企業の経営の「基本中の基本」と言えるものです。そして、事業を健全に継続していくこと、それも成長基調で。これが最大のお客様満足をもたらす…と私は考えています。反対に価格ダンピングによる無理な受注は、結局はお客様をはじめ、社員や株主等すべてのステークホルダーに対して大きな不幸をもたらします。今回のWS社のケースがそのいい例のように思えます。

近年、世の中の市場の価値が多様化し、コモディティ化が進む中、様々な産業分野で価格競争というものが激化してきています。特に中小企業にとっては、この状況は非常に厳しいものがあります。価格競争による低価格化が進むと、企業の利益が減り、経営が圧迫されるからです。経営が圧迫されると健全な「未来に対する投資」が真っ先に抑えられ、企業は成長のエンジンを止めざるを得なくなります。ネットの報道を読む限りにおいては、今回のWS社の経営破綻も、前述のように、残念ながらこの不毛な、そして無理な価格競争の繰り返しが招いた悲しい結末としか思えません。

コモディティ化とは、同じ業界の中で、商品の機能や品質、ブランド力などの差別化できる特徴が損なわれ、「価格」や「量」を元に売買が行われるようになった状態のことを言います。現在の市場では、新商品が発売されてもすぐに同じような商品が市場に出回り、あっという間にコモディティ化が進んでしまいます。

例えばスマートフォンの市場では、発売当初は端末のプロセッサーやディスプレイ、カメラ、電池などの機能高度化に焦点があてられ、商品仕様間での健全な技術開発競争が行われていました。しかしすぐに、どの提供会社でも似たり寄ったりの仕様の商品が提供できるようになり、今では、既にどの機種も高機能化が進み、消費者はある程度それらの提供機能に満足しているような状況になっているため、機能や性能では会社間の競争にはなり得ず、価格の安いものが売れるような状況になっています。

市場が未開拓の段階では、商品に機能が追加されていくに従って、消費者にとっての購買価値も上がっていきます。つまり、機能が充実すればするほど、消費者は価値を感じてそれを購入するようになるのです。しかし、多くの企業が同じような商品を打ち出しスペック競争が進んでいくと、機能や性能がある程度出揃ってしまい、差別化が難しくなってしまいます。消費者から見ても、どれも似たりよったりの機能が並んでいるため、商品同士を機能面から比較する意味がなくなってくるのです。

このようなコモディティ化が進行すると、消費者は次に「価格の安さ」や、近くの店やネットショップで簡単に入手できるか等の「買いやすさ」を基準に商品を選ぶようになります。しかし、商品を開発・製造・販売する企業側にとっては、それはジワジワとボディーブローのように体力を奪い、二度と再起できないほどの大きな打撃になります。価格競争が激化することで必然的に価格は下落し、利益率に大きな影響を与えてくるからです。場合によっては、赤字に転落することもあり、その場合は根本的な部分からの企業体質の変更を施さないと再生は不可能で、そうとうな時間を要します。これにより、それまでスマートフォンを製造してきた幾多の国内携帯電話メーカーが撤退したり、規模の縮小を余儀なくされてきました。実は、弊社ハレックスも今から14年前にそういう崖っぷちの状態にあり、そこからなんとか再生してきた経験を持つだけに、そのことは心から実感しています。

残念ながら私達が属する気象情報提供の業界は、現状、このコモディティ化が進むに進んだ業界であると言えます。今から23年前の1993年に気象業務法が改正され、気象予報業務が民間企業に開放された以降、100社を超える民間気象会社が乱立していますが、驚くべきことにその1993年以降、気象予報・地震予報の関連市場規模は約300億円のままなのです。地震動の予報業務許可が加わったのは2007年からなので、むしろ市場規模は縮小してきているということもできます。(気象庁長官の許可を受けた気象・波浪の予報業務許可事業者は現時点で63社、重複もありますが、地震動の予報業務許可事業者は54社)

私がここで改めて申し上げることでもありませんが、気象や波浪、地震動等の自然現象は、国民の生活に密接に関わっており、交通、電力、農業、食品や衣料品販売等様々な産業に影響を与え、国民及び産業界には気象情報に対する幅広いニーズが存在しています。このような個々のニーズに応えるため、気象庁は今から23年前に気象予報を民間気象事業者に開放し、幅広い気象サービスの提供を期待したわけです。しかしながら、この23年間、市場規模が約300億円のまま拡大してこなかったというのは、私達民間気象会社がそうした気象庁の期待、それはとりもなおさず世の中の期待に十分にお応えすることができていなかったということにほかならないのではないか‥‥と私は捉えています。すなわち、これまで民間気象会社の怠慢と言いますか、市場を少しでも拡大していこうという企業努力の決定的な欠如があったというわけです。

なので、市場は今から23年前に気象予報が民間気象会社に開放された時のサービスレベルのままコモディティ化し、無益な足の引っ張り合いや血を血で洗うような無理な価格競争がふだんから日常的に行われる、いわゆる「レッドオーシャン」の状態へと突入していったわけです。そして、仕事は増えるけれど、売上はサッパリ伸びない‥‥、こういう状況に業界全体が陥ってしまった…と私は分析しています。同業他社の皆様には申し訳ありませんが、今回のWS社の経営破綻は、それがとうとう表面化しただけのことではないか‥‥と思っています。恐れていたことが起こってしまった…と、同業者として悲しい限りです。
いっぽうで、近年では、高速インターネットやスマートフォンをはじめとする携帯端末の普及等、CPUやメモリの指数関数的な性能向上による情報通信技術の目覚ましい発展と相まって、多くの国民が、情報を一方的に受けるだけでなく、自らの判断で必要とする情報を入手することが可能な時代になってきました。このような情報通信技術の進展に伴い、国民及び産業界のニーズは、今後、より多様化・個別化することが見込まれることから、民間気象事業者の役割はますます重要になってきています。しかしながら、そのような重要な役割をちゃんと果たそうとすると、民間気象事業者の側では健全な「未来に対する投資」というものが必要になってきます。そのためにはしっかりとした経営基盤の確立というものが重要となってきます。いくら頑張っても利益が期待できないいわゆる「レッドオーシャン」の中にいたのでは経営基盤の確立なんてとてもできませんし、健全な「未来に対する投資」もできません。

弊社ハレックスは今から7年前にこの業界全体を取り巻く危機に気付き、事業内容の抜本的な見直しを一歩ずつ進めてきました。目指したのは、一言で言うと「価格競争から脱却」と「提供する価値で選ばれる会社への変革」で、そのためには、同業他社と一線を画して差別化していくための明確な付加価値を付けることが重要でした。その付加価値の源泉として弊社が着目したのがICT、すなわち情報通信技術でした。NTTグループに属する唯一の気象情報会社としてICTを前面に打ち立てて、業界一「ICTに強い気象情報会社」としての立ち位置を確立し、その「ブランディング」から付加価値を高めていこうという戦略に大きく舵を切ったわけです。NTTグループに属する気象情報会社としては至極当たり前の戦略で、この部分で他社の追従を許さないようにしていくことこそが、NTTグループが気象情報会社を保有することの唯一と言っていいくらいの“意義”だと思ったからです。

現在、気象庁から私達民間気象会社は1日約5万電文、約50Gバイトにも及ぶ膨大な量の気象データの提供を受けています(オープンデータ、ビッグデータ)。23年前、気象予報業務が民間企業にも開放された当時、ファクシミリくらいしか有効な通信手段がなかったのですが、今はそんな時代とは大きく異なり、ICTの目覚ましい進展を背景に、その膨大な量のデータを解析処理して、お客様が求める情報にまで付加価値をつけて提供するサービスが実現可能な時代になってきています。また、1日5万電文という気象データが時々刻々、次から次へと気象庁から送られてくるわけですから、人による処理ではとてもじゃないが追いつきません。そこはICTが最も得意とする領域であり、どうしてもICTの力に頼らざるをえなくなります。現場の経験豊富な気象予報士のインテリジェンスを組み込んだICTシステムの実現こそがこれからの気象情報提供業界の主戦場になると7年前に見切ったことも大きかったと思います。そして、これまで誰もやってこなかったこれらのことを実現して、ハレックス社の事業を健全化するために私は前の会社を卒業させていただき、ハレックス社の専任社長にならせていただきました。

そして、自らの投資による幾多の試行錯誤の結果生まれたのが、弊社ハレックス独自開発のオンラインリアルタイム気象ビッグデータ解析処理を用いたオリジナル気象情報サービス「HalexDream!」です。弊社は、近年、この「HalexDream!」等をベースに、「付加価値性の高い気象情報サービスの提供」に特化することに力を入れてきていて、その成果も徐々に出始めて来ています。ですが、今回のWS社の事例を“他山の石”として、現状に慢心することなく、さらに高い付加価値を世の中に提供できるよう、今後も全社一丸となって「ビジネスモデルの変革」になお一層取り組んでいきたいと思っています。

私は「経営とは“変えること”そのものである」という考え方を持っています。相変わらず従来型ビジネスが幅をきかせる厳しい市場環境が続いていますが、それを言い訳にすることなく、自らが果敢に市場環境を「価格競争」ではなく「価値競争」の市場へと作り変えていく…くらいの思いで、今後の経営に取り組んでいきたいと思っています。

ハレックスは、これからも時代が求める付加価値を提供できる気象情報会社を目指して、全社一丸となって取り組んでまいります。

執筆者

株式会社ハレックス前代表取締役社長 越智正昭

株式会社ハレックス
前代表取締役社長

越智正昭

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