2017/03/17
中山道六十九次・街道歩き【第9回: 本庄→新町】(その5)
金鑚神社を出たところに交差点があり、その交差点から西方向に分岐している道路が「下仁田街道」です(現在、本庄市付近は国道462号)。この下仁田街道は本庄宿より分岐して中山道の脇往還として開削された街道で、大名行列などでは利用されませんでしたが、利便性に富んだ街道で、険しい道を避けたルート設定がされているので、女性の利用が多かったことから「姫街道」などと呼ばれていました。大名行列などでは利用されなかったものの物資の往来は盛んで、米を中心に生糸や麻、楮、煙草、漆などが取引されて各宿場には活気があったといわれています。中山道の本庄宿から分岐し、吉井藩や七日市藩などの城下町を通り、下仁田宿や現在でも古い町並みを残す本宿を経て追分宿で再び中山道に合流します。街道には西牧関所と南牧関所の2つの関所が設けられましたが、いずれも数人程度が務める小規模なもので、中山道の碓氷関所に比べると取締りも楽だったとされています。また、ここが本庄宿の京方の入り口で、道路脇に石燈籠が立っています。
金鑚神社を後にすると中山道はいったん埼玉県道392号勅使河原本庄線から離れ、路地裏のような狭い道路を通って、ほんの少しの区間だけ国道462号に入り、すぐに左折します。そこから旧中山道らしい幅の道となります。が、しばらく歩くと再び埼玉県道392号勅使河原本庄線に三叉路で合流します。
右に唐鈴神社の参道があり、その先に長松寺という寺院があります。正保4年(1647年)に入寂した祐海法印が開山した長松寺は、弘法大師空海を宗祖とし、十一面観世音菩薩を本尊とする真言宗の寺だそうなのですが、今回は時間の関係でパスです。
中山道の道端に建つ馬頭観音です。建立されたのは平成7年(1995年)10月ということなので、比較的最近に建てられた馬頭観音です。交通安全の文字も刻まれていることから、このあたりで交通事故に遭われた方を慰霊して建てられた馬頭観音なのかもしれません。
このあたりに江戸・日本橋から22里目の一里塚、「万年寺一里塚」があったようなのですが、今は何も残されていません。
本庄市を抜けて、埼玉県児玉郡上里町に入りました。上里町は埼玉県の最北端の町で、神流川、烏川を挟んで群馬県との県境を有する町です。上里という地名、私達首都圏に住む者にとっては、関越自動車道の上里サービスエリア(SA)があることで比較的よく知られたところです。私も関越自動車道を利用する際には、必ずと言っていいくらいこの上里SAで休憩を取ります。下りはここまでが埼玉県で、上りはここからが埼玉県。埼玉県の玄関口のようなところですからね。大規模なSAですし、気分転換にもちょうどいいので。
鉄道の駅で言えば、JR高崎線の神保原駅が上里町にある唯一の駅です。この神保原という地名は、明治22年(1889年)にそれまであった石神村、忍保村、八町河原村が合併した際、石神村、忍保村、八町河原村からそれぞれ漢字1字ずつを取って神保原村と命名したことに起因するのだそうです。また、現在の上里町はその神保原村を中心に昭和29年(1954年)に同じく児玉郡の賀美村、七本木村、長幡村の4ヶ村が合併して成立した上里村から、昭和46年(1971年)に町制へ移行してできた町です。上里の地名は、かつてこのあたり一帯を「賀美郡(かみぐん)」と称していたことに因むとのことだそうです。
しばらく行くと浅間山古墳(せんげんやまこふん)があります。この古墳は古墳時代終末期の7世紀後半に築造され8世紀初頭まで墓として使用されていたと考えられるものなのだそうです。本庄台地の先端部に広がる旭・小島古墳群の一つで、直径約38m、高さ約6mの円墳です。本庄台地は古くから用水が整備され、北側の利根川流域とともに肥沃な土壌に恵まれていたので、古代より多くの人々が居住していたと考えられています。旭・小島古墳群には、この浅間山古墳のほかに前の山古墳・御手長山古墳・小島八幡山古墳などがあり、前の山古墳から出土した「笑う盾持ち人物埴輪」は、本庄市のマスコット「はにぽん」の元になっています。
中山道に面した民家の庭の隅に橋の欄干と思われる石が2つと庚申塔、由来を書いた石碑があります。石碑には「泪橋跡」と書かれています。過酷な助郷制度によって苦役を強いられた農民達がこの橋で自分の身の侘しさを思い泪を流したことから「泪橋」と呼ばれるようになったのだそうです。多分、この先の御陣馬川に架けられていた橋ではないかと言われています。
「中山道」の碑が建っていますが、真新しいので、このところの街道歩きブームに合わせて、最近建てられたものなのでしょう。
歩き始めてちょうど2時間。12時を回ったところで昼食タイムです。今回も昼食は中山道沿いのコンビニの駐車場に停めた観光バスの中でお弁当をいただきました。低気圧が徐々に関東地方に接近しているためか、空に雲が多くなってきました。弊社のオリジナル気象情報サービス「HalexDream!」の降雨レーダーで雨雲の状態を確認すると、広い面積の雨域が山梨県を過ぎてちょうど秩父連山にかかってきているところでした。このあたりに雨が降り始めるのは朝確認した予報通り15時ちょうど頃でしょうか。雨が降り始める前までに、行けるところまで行っておきたいところです。
……(その6)に続きます。
金鑚神社を後にすると中山道はいったん埼玉県道392号勅使河原本庄線から離れ、路地裏のような狭い道路を通って、ほんの少しの区間だけ国道462号に入り、すぐに左折します。そこから旧中山道らしい幅の道となります。が、しばらく歩くと再び埼玉県道392号勅使河原本庄線に三叉路で合流します。
右に唐鈴神社の参道があり、その先に長松寺という寺院があります。正保4年(1647年)に入寂した祐海法印が開山した長松寺は、弘法大師空海を宗祖とし、十一面観世音菩薩を本尊とする真言宗の寺だそうなのですが、今回は時間の関係でパスです。
中山道の道端に建つ馬頭観音です。建立されたのは平成7年(1995年)10月ということなので、比較的最近に建てられた馬頭観音です。交通安全の文字も刻まれていることから、このあたりで交通事故に遭われた方を慰霊して建てられた馬頭観音なのかもしれません。
このあたりに江戸・日本橋から22里目の一里塚、「万年寺一里塚」があったようなのですが、今は何も残されていません。
本庄市を抜けて、埼玉県児玉郡上里町に入りました。上里町は埼玉県の最北端の町で、神流川、烏川を挟んで群馬県との県境を有する町です。上里という地名、私達首都圏に住む者にとっては、関越自動車道の上里サービスエリア(SA)があることで比較的よく知られたところです。私も関越自動車道を利用する際には、必ずと言っていいくらいこの上里SAで休憩を取ります。下りはここまでが埼玉県で、上りはここからが埼玉県。埼玉県の玄関口のようなところですからね。大規模なSAですし、気分転換にもちょうどいいので。
鉄道の駅で言えば、JR高崎線の神保原駅が上里町にある唯一の駅です。この神保原という地名は、明治22年(1889年)にそれまであった石神村、忍保村、八町河原村が合併した際、石神村、忍保村、八町河原村からそれぞれ漢字1字ずつを取って神保原村と命名したことに起因するのだそうです。また、現在の上里町はその神保原村を中心に昭和29年(1954年)に同じく児玉郡の賀美村、七本木村、長幡村の4ヶ村が合併して成立した上里村から、昭和46年(1971年)に町制へ移行してできた町です。上里の地名は、かつてこのあたり一帯を「賀美郡(かみぐん)」と称していたことに因むとのことだそうです。
しばらく行くと浅間山古墳(せんげんやまこふん)があります。この古墳は古墳時代終末期の7世紀後半に築造され8世紀初頭まで墓として使用されていたと考えられるものなのだそうです。本庄台地の先端部に広がる旭・小島古墳群の一つで、直径約38m、高さ約6mの円墳です。本庄台地は古くから用水が整備され、北側の利根川流域とともに肥沃な土壌に恵まれていたので、古代より多くの人々が居住していたと考えられています。旭・小島古墳群には、この浅間山古墳のほかに前の山古墳・御手長山古墳・小島八幡山古墳などがあり、前の山古墳から出土した「笑う盾持ち人物埴輪」は、本庄市のマスコット「はにぽん」の元になっています。
中山道に面した民家の庭の隅に橋の欄干と思われる石が2つと庚申塔、由来を書いた石碑があります。石碑には「泪橋跡」と書かれています。過酷な助郷制度によって苦役を強いられた農民達がこの橋で自分の身の侘しさを思い泪を流したことから「泪橋」と呼ばれるようになったのだそうです。多分、この先の御陣馬川に架けられていた橋ではないかと言われています。
「中山道」の碑が建っていますが、真新しいので、このところの街道歩きブームに合わせて、最近建てられたものなのでしょう。
歩き始めてちょうど2時間。12時を回ったところで昼食タイムです。今回も昼食は中山道沿いのコンビニの駐車場に停めた観光バスの中でお弁当をいただきました。低気圧が徐々に関東地方に接近しているためか、空に雲が多くなってきました。弊社のオリジナル気象情報サービス「HalexDream!」の降雨レーダーで雨雲の状態を確認すると、広い面積の雨域が山梨県を過ぎてちょうど秩父連山にかかってきているところでした。このあたりに雨が降り始めるのは朝確認した予報通り15時ちょうど頃でしょうか。雨が降り始める前までに、行けるところまで行っておきたいところです。
……(その6)に続きます。
執筆者
株式会社ハレックス
前代表取締役社長
越智正昭
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