2018/03/20

邪馬台国は四国にあった…が確信に!(その17)

ついに阿波忌部三木氏直系第28代当主の三木信夫さんにお会いすることができました。手前で説明をしていただいている方がその三木信夫さんです。昭和11年(1936年)のお生まれというから今年81歳。とてもそんなお歳には見えません。お顔の肌艶もよく、お元気そのものの方です。現在は「NPO 法人全国重文民家の集い」の副代表幹事も務めていらっしゃいます。

2019年に行われる大嘗祭の準備のため、しばらくこちらにお住まいとのこと。この日もこのあとお客様がおみえになるとおっしゃっていましたが、もしかすると大嘗祭の準備のための打ち合わせでもあるのかもしれません。

三木信夫さんはいきなり「今の建物は江戸時代の初期に建てられたものですが、私の一族は奈良時代の前からこの地に住んでいます」…と切り出されました。なんと奈良時代の前からですか!? ホント、なんと、なんとです!!

奈良時代と言えば鎌倉時代の遥かに前です。国道492号線沿いに掲げられた「南北朝時代の三木家の館」と題された説明板には「三木家は鎌倉時代には御殿人として宮中に奉仕する家柄であった」と書かれていたので、忌部氏は源平の合戦で敗れて山に逃げ落ちた「平家の落人」なんぞではありません。

奈良時代より前から…と言うことは、私が「エッ!邪馬台国は四国にあった?(その5)」に書いたこと、すなわち、邪馬台国(倭國)は徳島にあって、もともと四国の徳島を中心に暮らしていたその邪馬台国「倭(和)國」の人達が水稲耕作による稲作の技術の伝来に伴い大量に新天地である近畿地方に移住して新しくできた国が「大倭(大和)國」。そして、西暦684年に発生した超巨大地震『白鳳大地震』により壊滅的な被害を受けたことで、倭(和)國はそれまでの首都であった阿波の地を完全に放棄。淡路島を渡り大倭(大和)國に集団で移動した…という仮説を裏付ける証言が得られたように思えます。

エッ!邪馬台国は四国にあった?(その5)

もちろん阿波忌部氏も大和朝廷と一緒に大倭(大和)國に移住した人もいたでしょうが、中にはそもそもの大和朝廷発祥の地に残り、その地をずっと守ってきた阿波忌部氏もいたということでしょう。

もうこれだけで、私が今回徳島を訪れた目的は十分すぎるほどに果たせた感じがします。

あとは大嘗祭を控えているというので、麻の話が中心でした。

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麁服に使われる麻とは大麻草の繊維のことです。大麻は本来は日本の中で神聖な植物であり、太古の昔から神道・祭祀の中で大切に扱われていた大麻も、戦後の日本では「大麻は麻薬である」という大麻の偏った一面しか我々国民は教えられていません。現在の日本では、皆さん御存知のように、大麻取締法により大麻の成分を医療目的であっても使用・輸入・所持することは厳しく禁止されていて、大変に危険な植物のように捉えられています。

しかしながら、神道においては、昔から大麻草は罪穢れを祓う神聖なものとされてきました。例えば、祓い具である祓い串の御真(ぎょしん)を包んだ伊勢神宮の神札(おふだ)のことを『神宮大麻(じんぐうたいま)』と呼び、大麻とは天照大御神の御印とされているくらいで、大麻は神道とも歴史的に深い関わりを持っている植物なのです。

日本人と大麻草との関係は縄文時代まで遡ります。福井県の鳥浜貝塚遺跡という約1万年前の縄文時代草創期~前期にかけての遺跡からは、当時のものと推定される大麻草の種子が発見されています。これはその当時から人々が大麻草を様々に利用していたことの証拠ではないかと思われます。海外ではトルコの遺跡から出土した約5,000年前頃の大麻草の繊維で編んだ布や、エジプトの遺跡から出土した約6,500年前頃の大麻草の繊維で編んだ布があり、これらが人類による大麻利用の最古のものであるとされていますが、日本の鳥浜貝塚遺跡から発見された大麻草の種はそれよりさらに約5,000年も古いものなので、こちらのほうがおそらく世界最古のものであると言えます。それも圧倒的に…。

さらに、縄文時代の時代名称にもなった“縄文”とは、土器の表面に縄を押しつけて付けたと思われる紋様(縄文)からきているのですが、それに使われた縄もおそらく大麻草で作られた縄でした。大麻草は日本列島に自生していたあらゆる植物の中で最も長い繊維を持つ植物で、しかもその繊維は強いという特徴を持ちます。もし大麻草の繊維で作った布がなければ、縄文の人々は寒さ厳しい冬を越せなかったかもしれません。このように、大麻草は我々の祖先の肌を暖かく包み、守ってきてくれた、言ってみれば日本人の赤ちゃんの産着のような植物だったのです。

奈良時代には、税金を大麻草の布か絹で支払うこともできたという話もあります。このように、日本の古代においては、大麻草は絹と同じくらい非常に貴重な産品として扱われていたようです。奈良時代や平安時代には、大麻草の畑があちらこちらにあって、万葉集には20首以上も麻を詠んだ和歌が収められているくらいです。東京の港区「麻布」をはじめとして、日本の各地には「麻」の字がつく地名が結構多いのですが、それも大麻が日本人の生活にいかに密接なものであったのかということを証明しているように思います。

実は、大麻草は大東亜戦争の終戦前までは、日本では米(コメ)と並んで、作付け量を国から指定されて盛んに栽培されていた主要農作物だったってことを、皆さんご存知でしょうか。日本で大麻草の生産が行われなくなったのは、大東亜戦争後、進駐してきた連合国軍(GHQ:主に米国軍)により大麻取締法が制定されたことによるもので、それまで米(コメ)と並んで国に生産を奨励されてバンバン作ってきた農家にとっては、反対の声が大きかったということのようです。

日本では元々嗜好目的での大麻の吸引の習慣はなく、大麻草はあくまでも繊維の利用など産業用途だけに栽培されていたものでした。日本における嗜好目的での大麻の使用は太平洋戦争後のアメリカ進駐軍から広まったとされています。(と言うか、昔から日本で広く栽培されていた日本原産の大麻草にはもともと幻覚を起こす成分はほとんど含まれていなかったようです。もし幻覚成分が含まれていたのだとしたら、きっと誰かがそれに気付き、嗜好目的での大麻吸引の習慣は瞬く間に全国に広まっていたと考えられます。)

でもまぁ~、第二次世界大戦で敗北した日本本土に米国を中心とした欧米列強による連合国の進駐軍が乗り込んできた時、目にしたのが国土一面に広がる大麻草の畑だったとしたら、そりゃあビックリしたとともに、これはヤバい!と思ったのでしょうね、きっと。米国や欧州では嗜好目的で大麻を吸引するという習慣というものがかなり以前からあったようなので、もしかすると日本人はみんな大麻を吸引するのか!?…と勘違いしたのかもしれません。あるいは、進駐軍の兵隊から教えられて日本人も吸引するようになると困ると思って、予防的に栽培禁止にしたのかもしれません。

それと、もしかしたら米国の繊維(綿花)の売り込みも裏では動いたのではないでしょうか。なんと言っても学校給食にパンを奨励して、小麦をバンバン買わせた国ですから。

大麻草は中央アジア原産とされるアサ科アサ属の一年性の草本のことで、一般に日本で麻と呼ばれるものは、この大麻草のことを指します。大麻草、実は食用となるほか、油も取れるなど、棄てるところがないほど利用価値が高い植物です。大豆に匹敵するほど高い栄養価を持つ実を食用として料理に使うことは違法ではないのですが、現在、国内では許可なく育てることができないため、食用の種子は100%輸入に頼っているのが現状です。

ちなみに、この植物のなかでも麻薬成分(陶酔成分)を多く含む品種の葉及び花冠(いわゆる“花びら”の集まりのこと)を乾燥または樹脂化、液体化させたものを「マリファナ」と呼びます。この「マリファナ」は鎮静剤や鎮痛剤、睡眠薬として医療用に広く使われているのですが、それを嗜好品として常用しない限り、大変に有益なもののようです。最近ではそれらの使い方に加えて、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や注意欠陥障害(ADD)、注意欠陥行動障害(ADHD)といった精神疾患や、緑内障、喘息、ガン患者の緩和ケアなど様々な医療分野での活用が期待されているそうです。

麻(アサ)は広義には麻繊維を採るための植物の総称のように使われていることがあり、アマ科の亜麻やイラクサ科の苧麻(カラムシ)、シナノキ科の黄麻(ジュート)、バショウ科のマニラ麻、リュウゼツラン科のサイザル麻も総称として麻(アサ)と呼ばれることがありますが、実は植物学的には本来の麻(アサ)とは科のレベルで異なる全く別の種類の植物なのだそうです。

大麻草は精神的にも物質的にも、日本人のシンボルともいえる植物であり、桜が日本の国花とするならば、大麻草は日本の国草であると言ってもいいくらいの植物だったようです。大麻草はもともと日本列島で自生していた雑草なので日本の気候風土に合っていて生命力が強く、また一年草ですが、わずか4ヶ月で4メートルほどの背丈にも伸びるというほど極めて成長が早いという特徴があります。大麻草は天皇一族にとって、とても重要な植物です。それは、大麻草の持つ強いこの生命力が魂の象徴とされたようなところがあり、神の依り代(よりしろ:憑代とも)と見られていたからです。

大麻草が神の依り代とされている神話の一つに、「天照大御神の天岩戸(あまのいわと)隠れ」があります。

ある日、素盞鳴尊(スサノオウノミコト)が暴れ回ったことに怒った天照大御神は天岩戸に隠れてしまい、世界中が真っ暗闇になってしまいました(言うまでもなく、これは巨大火山の爆発により噴出された大量のガスが大気を覆ったのだと推定されます)。困った神々は、天照大御神の気を引こうと、岩戸の前で詔を唱えたり、踊りを踊ったりしました。その中の神の1人に、忌部(いんべ)氏の祖であるとされる天太玉命(あまのふとだまのみこと)という方がいらっしゃいました。この天太玉命は、天照大御神の気を引くために、大麻草の繊維で出来た美しい縄の先に幾つもの勾玉を綺麗に飾り付けた棒を捧げ持ってきました。そして岩戸の前に集まっていた神々によるパフォーマンスが最高潮に達し、まさに岩戸が開かれようとしたその時、天太玉命が捧げもっていたその棒の先に、一羽の鳥が舞い降りました。神々は、これを吉兆と見て大変喜びました。そして、この鳥は天日鷲命(あめのひわしのみこと)という神となったと言われています。ちなみに、(その3)で書きましたように、天日鷲命(あめのひわしのみこと)は阿波忌部氏の祖神で、忌部神社に祀られている主祭神です。

また、大麻草が神道で神の象徴であるという例の一つに、伊勢神宮の御札があります。この御札は「神宮大麻」という名で、その昔は現在のような紙ではなく、大麻草が材料として使用されていました。大正時代には、「大麻は之を仰ぎ崇敬の念を致すべき御神徳の標章」であるとされていました。また、家庭においても大麻草を、朝夕家族で拝むことは、子供たちの教育上も多大な効果があるとされていました。神道における大麻草の使用は、その美しい繊維の束を棒の先にくくりつけ、参拝する者の頭上や特定の場所などの穢れを祓う大麻(おおぬさ)や御幣(ごへい)であったり、聖域を囲む結界のための麻紐であったりしました。また、神殿に吊るしてある鈴の縄として、現在も使用されています。神道では、「清浄」を重視しており、大麻草は穢れを拭い去る力を持つ繊維とされ、1948年に連合国(主として米国)の占領政策によって大麻取締法が制定されるまでは、日本では大麻草の成分を抽出した薬が喘息やアレルギー、痛み止めなどに効く漢方薬として市販されていました。

さらに、かつてはお盆の迎え火や正月の護摩焚きでも麻(大麻草)が燃やされるなど、大麻草は神事、仏事に広く利用されていました。迎え火や護摩焚きも現在のように藁や木ではなく、正式には大麻草の茎を燃やしていたわけです。もしかしたら、その煙を吸ったことによりなんらかの幻覚が見えた人が極たまにいたりして、そんなことが宗教的意味合いを持っていたのかもしれません。

そうそう、大相撲の横綱がしめる綱には必ず大麻草の繊維が使用されています。横綱は、大相撲の力士の格付け(番付)における最高位の称号で、語源的には、横綱だけが腰に締めることを許されている白麻製の綱の名称に由来します。すなわち、大麻草で作られた綱を締めることができる最高の位のことから横綱と呼ばれるようになったのです。

なんの話の流れかは忘れましたが、牧さんが「私は百姓です」と三木信夫さんに告げたところ、三木さんは「それは大事な仕事をしてなさる。農業は難しい仕事でしょう。一生勉強だ。我々の思い通りにならない自然、特に気まぐれな“気象”を相手にしなければいけない仕事だから、大変だ」とおっしゃられました。ご自身もずっと麻を、それも天皇家に納めなければならない上質の麻を栽培なさっていて、苦労をしておられればこその言葉です。その中で、“気象”の単語が出てきたことに驚きましたし、嬉しかったですね。すかさず牧さんが「ここにいる越智さんは気象情報会社の社長で……」と私を紹介してくれました。その時、三木さんのお顔が一瞬ほころび、その後私を見る目が変わったように感じました。私の思い違いでなければ、少なくとも人として受け入れていただけたようです。その後、私のほうを何度も見て話していただけるようになりましたし。

話の最後に目の前に広がる畑を指さして、三木信夫さんから「ここで麻を植えるんです」と説明を受けたのですが、もちろんそこに麻は植えるのでしょうが、おそらくそれはダミーでしょう。次の天皇陛下が即位後初めて行う践祚大嘗祭で麁服(あらたえ)に使う麻をこんな目立つところで作るはずがありません。麻の栽培中は警察のSPがずっと警護に就くとまで言われている大事な大事な麻です。きっと、この山の中に秘密の栽培場所があるはずです。

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まもなくお客様がやって来るということで三木信夫さんの話はそれまで。本当はもっともっとお訊きしたいことが山ほどあったのですが、お会いしていただけただけで十分です。前述のように、私の最低限の目的は三木信夫さんが発した最初の一言で果たせたわけですから、これ以上は無理も言えません。

資料館をゆっくりと観ていってよ…という言葉を発して、三木信夫さんはご自宅のほうに戻られていきました。



……(その18)に続きます。

執筆者

株式会社ハレックス代表取締役社長 越智正昭

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