2016/01/27

南の島に雪が降る

平成28年1月24日、奄美大島の名瀬測候所で観測史上2回目の雪を観測した。情報によると115年ぶりの稀有な現象である。

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この日、奄美大島や沖縄本島の周辺で雪を観測した地点が他にもあった。沖永良部島、沖縄本島の名護、久米島でも「みぞれ」を観測していた。ただし、これらの観測点は計器による観測で観測員の目視によるものではない。

名瀬で雪が降った時間に近い時刻の天気図を見ると、日本付近は西高東低の冬型気圧配置となっており、特に西日本から南西諸島方面は狭い間隔で等圧線が南北に並んでおり、強い北風によってこの方面に強い寒気が氾濫していることを示している。

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気象衛星画像で見ると、黄海から東シナ海には強い寒気のはん濫により発生した筋状構造の対流雲列が広がっており、奄美大島や沖縄本島周辺も対流雲列に覆われている。

名瀬測候所の観測記録から降雪の状況を見る。気象庁HPには現象の変化の詳細を記録した記事がある(下の図)。これには、降水形態の変化が記載されている。この記事の中にある記号は、4桁の数字はその現象を観測した時分を24時制で示しており、「3」はしゅう雨性の雨、「4 」はしゅう雨性のみぞれ、「5」はしゅう雨性の雪で、「6」はあられを示している。天気記号の右の添え字は現象の強度(右上添え字)と 定時観測時刻(右下添え字)で示している。

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記事の中に赤枠で囲んだ部分が雪又はみぞれが降った時間である。雪やみぞれのあった部分を読み解くと13時13分にそれまで断続的に降っていた雨に雪片が混じる「みぞれ」が観測され、13時15分には雨と「あられ」に変わり、13時18分再び「みぞれ」となり、13時20分には雨のみとなった。さらに、14時30分にも「みぞれ」が観測され、14時32分には雪片のみの「雪」となったが、14時32分にはまた雨に変わった。そして、15時48分に雨から雪に変わり、15時50分に雨に戻っている。このように、目まぐるしく雨、みぞれ、雪、あられと変化しているのはセル状をした対流雲が次々と通過していたためで、雪片が観測された時間を合わせても10分であり、この稀有な現象の発現時間もわずかであった。

次に名瀬測候所の10分毎の気温、湿度、降水量の観測値をグラフにすると、降雪のあった時間帯は、気温は6℃前後で雪の降るような気温と思えないが、湿度が60%前後と乾燥していたため、落下する雪片が昇華する際に熱を奪われ、冷やされ解けずに地上まで落下したのである。また、気温と湿度が小刻みの変動しているのは、次々と通過した対流雲の動きに関連している。

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ところで、名瀬測候所の発表した情報の中にある115年前の降雪はどんな状況であったか調べてみた。中央気象台(現在の気象庁)発行の気象要覧第14号「明治34年(1901年)2月号」にこの稀有な現象について述べものがあったので、その部分を示すことにする。カタカナを仮名に、一部に句読点を加えるなどの修正をしている。送り仮名や用語の使い方が現在と異なる部分があるが、できる限り原文のままとした。

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この記事にも示されている通り、奄美大島では初めて雪を経験した。また、文章の中程に、「平均気温は概ね5℃内外で、最低気温は氷点下になった所がある」と記述があるが、この氷点下になったのは台湾の台北などで奄美大島や沖縄本島ではない。次の文章で「台北、大島においては遂に降雪を見るに至れり」とある。台湾は沖縄本島より南に位置しているのにと思われるかもしれないが、南西諸島に比べ台湾は大陸近いため、寒気の影響を強く受けるためである。これを裏付けるように今回の例を見ても、台湾北部でも雪が観測されており、24日の最低気温は名瀬で4.4℃に対して台北で4.0℃であり、上空約1500mの高さの気温で見ると、24日9時には名瀬で-4.5℃、台北で-7.1℃、24日21時には名瀬で-7.5℃、台北で-8.9℃と台湾北部の方が低かった。

気象要覧には南西諸島各地の観測記録も掲載されていた。その一部を示す。

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この記録に見られる大島での最低気温3.1℃は、現在も当地の最低記録として残っており、今回の最低気温4.4℃は第3位に当たる。これからも、今回の降雪が如何に記録的な寒さによって起こったか判る。付記の中に奄美大島では、農作物が凍枯死したとある。今回もこれと同様な被害が出ているのではと心配である。
なお、那覇の気温も示されているが、気象庁HPの過去資料を見ると、沖縄気象台の記録は1910年からの観測記録が示されており、これには、最低気温の第1位は4.9℃(1918年2月20日)で、今回2月24日の最低気温6.1℃は第5位となっている。1901年の記録はこの統計には入っていないが、第2位に相当するものものであった。この時、那覇では霰(あられ)も混じったとあるので、沖縄本島も今回と同じような状況であっただろう。

最後に、この時の天気図を示す。左上図は1901年(明治34年)2月11日午後10時、左下図は12日午前6時、右図が12日午後2時である。今回の天気図と比較すると等圧線の数が少ない。当時の天気図では、気圧はhPaではなくmmHg を使っており、等圧線の間隔も5mmHgと広いためで、現在の4hPa刻みの天気図の半分以下の本数しかない。また、周辺の観測資料がないため、日本付近に関係する部分しか等圧線が引かれていないことも等圧線の数が少ない原因です。

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暖冬が一変して、南西諸島から西日本には歴史的な寒波に匹敵する状況が現れた。このように変動が大きくなるのも、地球温暖化が一因である。あれこれ手を打ったとしてもその効果が現れるには相当長い年月を要する。これからも、このような大きな変動による極端な現象が現れる可能性が高くなるので、それに対応すべき備えが必要である。

執筆者

気象庁OB 市澤成介

気象庁OB
市澤成介

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